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屋敷

マジョルカニス家は代々王都防衛の為に尽くしてきた歴史ある家系である。

 他の貴族と違い領地を持たず領民もいないがその代わりに王都に多くの物件や店を持ちそこから資金を調達していた。

 そんなマジョルカニス家の当主、アルドラ・マジョルカニスは昨年から病に倒れ床に伏せていた。日に日に弱っていくアルドラはここ数ヶ月殆どをベッドのうえで過ごしていた。

 そんなアルドラはベッドに横になりながらシリウスから会議で聞かされた事を報告されていた。

「はっは!あの田舎貴族が死んだか!これはいい!」

 最近めっきり弱っていたアルドラだがこの時だけは満面の笑みでミランが死んだ事を喜んでいた。

 アルドラはとにかく他の貴族のことを下に見ていた。王都にいる自分は偉く、田舎にいる貴族は農民と同じで下品で下等な奴等と決めつけており、その事で度々貴族との揉め事に発展していた。

「父上あまり興奮しないでください。お体に障ります」

「奴は昔から何かと絡んできたからな。いい気味だ」

 シリウスが落ち着かせるがベッドの上のアルドラは横になっているとはいえ興奮しており、その勢いのまま立ち上がり駆け出すのではないかとシリウスは心配した。

 ひとしきり笑ったり騒いだりしたアルドラは一呼吸置くとシリウスを睨みつけた。

「そしてシリウス、お前がミラン領に行くのだな。失敗は許されないぞ。必ず成果を上げるのだ」

 アルドラの目は興奮からか血走っており、その言葉はまるで呪いの様な邪悪さを滲ませていた。病により痩せ細った手にコケた頬、土色の肌と飛び出した紅い瞳の父はまるで悪魔のようであった。

 そんな父の姿を見てもシリウスは冷静であった。

「分かっております。マジョルカニスの名に恥じない活躍をお約束します」

「これでマジョルカニス家の者が活躍すれば地獄にいるミランも悔しがるに違いない」

「私は準備がありますのでこれで失礼します。父上も医師の言う事を聞いてくださいよ」

「うるさい、さっさと行け」

 アルドラは戦場に向かう息子にも高圧的な態度である。もしかしたらシリウスが戦死するかもしれない等全く考えておらず、とにかく嫌っているミランにどれだけ屈辱を味合わせる事ができるか、それだけであった。

 シリウスがアルドラの寝室から出ると一人の少女が扉の前で待っていた。

 シリウスと同じ銀の髪に紅い瞳を持つアルドラの一人娘、ミルザ・マジョルカニスである。

「お兄様!戦地に行かれるというのは本当ですか!」

 ミルザの瞳からは今にも涙が溢れそうでシリウスを心配そうに見つめている。

 シリウスはミルザを落ち着かせるように肩に手を置きゆっくりと優しい声で話した。

「ミルザ、心配するな。ちょっとした小競り合いだ戦争ではない」

「ですがミラン伯爵は亡くなってしまったのでしょう?」

 ミルザは扉の向こうで二人の会話を聞いていたのだ。ただ本人は盗み聞きをするつもりは全くなくアルドラの声が大き過ぎただけである。

 知ってしまった以上誤魔化す事はできない。シリウスはなんとかミルザを安心させられる言葉を紡ぎ出した。

「大丈夫だ。こちらも相応な準備をしていくし将軍も兵を出してくださる」

「そうですか……」

 シリウスが説得するがミルザの表情は曇ったままだ。

「父上の事をよく見ておいてくれ、好き勝手に動くからな」

「分かりました。それでいつ頃お戻りで?」

「ミラン領は国境に接するからな……早くとも一ヶ月はかかるだろう」

 その言葉にミルザは残念そうな顔をした。

 王都からミラン領まで馬で十日は掛かり、そこからスウィストフ兵を討伐し十日掛けて戻ってくる。敵の情報が無く戦闘がどれほど長く続くか分からない為本来なら一ヶ月も甘い計算である。

「そうですか……そうなると開花に間に合いそうにないですね」

「ああ、もう直ぐ見れると楽しみにしていたが残念だ」

 二人は窓から見える庭園を眺めた。庭園には亡くなった母が好きであった木が植えられており、花を咲かせる頃になると二人で花を見ながら母の思い出話をするのが毎年の決まりとなっていた。

 父アルドラは傲慢な性格だが母は優しく思いやりのある人物であり、二人の子供は母の影響を強く受け育っていった。

 ミルザはシリウスに抱きつき顔を埋めた。

「それなら来年は必ず一緒に見ましょう。だから無事に帰ってきて下さい」

「約束しよう」

 シリウスもミルザを抱きしめ必ず帰ってくると固く誓った。

 しばらく兄妹で別れを惜しんでいると向こうから足音が聞こえてきた。この屋敷で働く老年の執事である。

「御坊ちゃま、迎えの兵が来ております」

「分かったすぐに向かう」

 ミルザは別れを惜しんだが遂にその時が来てしまった。

「ご無事を祈っております」

「必ず戻ってくる」

 シリウスは執事と共に玄関へ向かった。その後ろ姿をミルザは祈るようにジッと見つめていた。

「父上の容体はどうだ?」

「正直に申し上げますと長くはありません。もしかすると御坊ちゃまが遠征中に亡くなるやもしれません」

「その時は私を待たずに弔ってくれ。ミルザにも前々から話してある」

「分かりました」

 アルドラの死期は近いとシリウスは悟っていた為動揺する事は無かった。ただ遠征に重なるのは予定外の事である。

「それと自室から杖と旅行鞄を持ってきてくれ。私は客人を出迎える」

「はい」

 執事は頭を深く下げてシリウスを見送った。

 シリウスは一人屋敷の中を歩いていく。

 初めての戦場、怖くない筈がない。ただそれよりも残していく妹のミルザが心配であった。

 早くに母を亡くし、父も長くはない。その上兄であるシリウスまで戦死するとミルザだけが屋敷に残される事になる。

 シリウスはマジョルカニス家の存続なんてものはどうでもよかった。父と違いマジョルカニスの名に誇りを持ち合わせていなかった。だから家が潰れるならそれでもよかった。

 幸いマジョルカニス家は多くの資産を持っている。ミルザ一人が屋敷で使用人を雇いながら暮らしていくには十分過ぎる程である。そしてミルザと二人で暮らしていくには人生が何回あっても使い切れない程に。

 ただミルザは兄の事を何より慕っていた。それはシリウスも分かっている。シリウスの死はミルザに深い傷をつける事は明白であった。

「逃げ出してもいいか……ミルザと二人で遠くで暮らしても……」

 そんな馬鹿な事を呟きながら歩いていると玄関に着いてしまった。

 シリウスは深く呼吸をして玄関の扉を開けるとそこには一台の馬車が停まっており、その前に軍服を着た青年が立っていた。

「待たせたな。私がシリウス・マジョルカニスだ」

 シリウスの名乗りに青年は姿勢を改めて正した。

「私は第八小隊隊長ベルギウス・オリオーヌです!ガルバル将軍の命により参上しました。これからよろしくお願いします」

 これが後に語り継がれる二人が初めて会った瞬間である。

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