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開戦

六十年前、隣国スウィストフ王国と国境を接するインタリー王国の辺境、ミラン伯爵領。

 広大な平野を持ち、インタリー王国の穀物庫と言われるほど農業が盛んな土地である。スウィストフ王国との国境にあるアルパニア山脈から流れてくる川は平野に多くの実りをもたらし人々の暮らしを支えていた。

 穏やかでゆっくりとした時間が流れるこの広い平野、その外れにある林の中を腕から血を流し一人の騎士が走っていく。

 肺が破けるくらい走っているのに体は氷の様に冷たい。それは血を流しているからではない、純粋な恐怖である。

「はぁはぁ、なんだあれは」

 後ろから断末魔が聞こえては倒れる音がし、また次の断末魔が聞こえてくる。

 死に物狂いで走っていると彼の後ろには確かに多くの仲間がいた筈だが悲鳴も荒い息遣いも何も聞こえてこなくなった。振り返るのも恐ろしく騎士はただ前へ前へ走っていく。

 騎士の誇りである剣も盾もかなぐり捨て、邪魔防具も外してなんとしてでもミラン陣営に戻らなければならなかった。

 木の枝が顔を打ち、太い根に躓きながらも必死に走った先、林がなくなり目の前が開けるとようやく簡易なテントが張ってあるミラン陣営が見えてきた。

「おい!大丈夫か!」

 見張りの騎士がボロボロの騎士に気付き駆け寄ってきた。それを見たボロボロの騎士は安心したのかその場で膝から崩れ落ち倒れ込んだ。緊張の糸が切れたボロボロの騎士はもう起き上がる事すらできなかった。

 見張りの騎士は倒れ込んだ騎士を介抱しようとしたところ「私をミラン様の下へ!早く!」と弱々しいながら鬼気迫る表情でボロボロの騎士は懇願した。

 見張りの騎士はその迫力に圧倒され治療もしないままミラン伯爵の下へ彼を連れて行った。

 先遣隊として出立した筈の仲間が血だらけになり肩を貸してもらいながら歩いていく姿に周りの騎士は何事かと騒めいた。

「何が起きた」「他の仲間は?」「一人だけなのか?戻ってきたのは」

 騎士達は賊の退治と聞いていた。少々規模は大きいがいつもと同じように装備を整えた騎士達が賊どもを圧倒する簡単な任務であった。

 しかしどうだこの状況は。賊を探しに行った先遣隊は一人しか帰還せず、その一人も瀕死である。何か自分達の予想のつかない恐ろしい事が起きていると彼らは悟った。

 ボロボロの騎士はミラン伯爵が指揮を出していたテントに入るや否や叫んだ。

「ミラン様!お逃げ下さい!」

 突然の事にテントで寛いでいたミラン伯爵は驚いたが立ち上がるとローブを翻し杖をガツガツ突きながら騎士に詰め寄った。

「なんだ!逃げろとはどういうことだ!」

 騎士が血だらけであるがミラン伯爵気にしない。それよりもたかだが賊相手に逃げ帰ってきた事、そして逃げろと言われた事に腹が立っていた。

「魔法使いです!敵に複数の魔法使いを確認しました」

「そんな訳があるか!」

「真です!杖から岩石を放ち騎士団が壊滅に追い込まれました!」

「なら何処の家の魔法使いだ!」

 魔法を使えるのは貴族しかいない。そう考えると何故貴族が山賊まがいの事をしているのか分からなくなる。ミランは全く心当たりがなかった。

「敵の服を見るにスウィストフ王国の魔法使いかと」

「そんな馬鹿な話があるか!あの国に魔法使いがいる訳がない!なんせあの国は……!」

 ミランが叫んでいると非常事態を知らせる鐘が鳴り響いた。

「ミラン様!敵が迫ってきています!」

 外で見張りをしていた騎士がテントに勢いよく飛び込んできた。

 ミランはもう我慢ならなかった。スウィストフの人間が自身の領地を荒らしている事に。魔法という選ばれた者にしか使う事が許されない神聖な物を山賊行為に使われた事を。

「私を舐めるな!防御陣形を築け!奴らを私の魔法で殲滅する!」

「はっ!」

 ミランはテントから出ると杖を両手で握り目を閉じた。その周りを騎士達が大盾を構えて一切の攻撃が通らないように守りを固めた。

「天を覆う暗黒の雷雲よ!嵐を呼べ、轟け、大地を震わせろ!その強大な光をもって敵を裂き、焼き殺し……」

 ミランが呪文を演唱していると前方から悲鳴が聞こえてくる。

 何処からともなく鋭く尖った石が騎士めがけて飛んでくるのだ。それに当たった騎士の肉は裂かれ次々に倒れていく。盾も鎧も全く役に立たない。

 前方にいた騎士達はおそらく全滅したのであろう。ミランを取り囲む騎士の所にも岩石が届き始めた。

「うわ!」「くそ!」「ぐわぁぁぁ!」

 熾烈な攻撃により隊列が崩れてきた。それはミランの演唱にも影響を与えた。

「しっかりと守れ!また演唱をやり直すのだぞ!」

「無理です!耐えられません!」

 必死に耐えているが騎士達は守るべき君主を残し一人また一人と倒れていった。

 ミランはもう演唱どころではない。身を屈めて頭を上を岩石が通り過ぎるのを耐えてるだけである。

 次々に襲いかかる石の雨に視界を遮られながらもミランはその目にしっかりと敵の姿を見た。

 杖を構え、その先端の何もない空間から石が現れ宙に浮きそして放つ、そんな人間が何人もいる事を。

 魔法使いであるミランが見違えるはずがなかった。

「本当に……魔法使いなのか……奴らは……」

 その日ミラン伯爵は戦死した。

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