熱狂
岩肌が露出する山で魔法部隊は一匹のドラゴンを包囲していた。
近隣の村で山からドラゴンが降りてきて危険だと軍に出動要請があったのだ。
魔法部隊はドラゴンに気付かれない様に慎重にドラゴンを三方から取り囲み、茂みや木に身を隠していた。
獲物を貪り食うドラゴンの周りで身を屈め息を潜めて作戦開始の合図を待った。
ドラゴンが獲物の腹から顔を上げた瞬間、ドラゴンの眼に石の礫が飛んでいった。礫は眼に命中してドラゴンは眼から血を流して咆哮を上げた。
この攻撃が作戦開始の合図である。
草木の間から、岩の陰から次々に石の礫がドラゴンに放たれた。石の礫はドラゴンの羽を容赦なく貫き、一瞬でボロボロにし二度と飛べなくしてしまった。
「グギャアアアアアアアアア!!」
「翼の損傷確認!飛行能力の欠如が見られます」「次!後ろ足を狙って放て!」
部下の報告を受けたベルギウスは次の作戦指示を出す。
ベルギウスの指示に即座に反応した兵達はドラゴンの後ろ足目掛けて石の礫を浴びせた。
ドラゴンは何が起きているか分からずその場で暴れ回っているが兵達は遠くから魔法を放っている為全員無事である。
ドラゴンの後ろ足から大量の血が流れ、動きが鈍くなる。横に倒れて無防備な剥き出しの腹に兵は容赦なく魔法を放っていく。
「グギャアアアアアアアアア!!」
ドラゴンは断末魔を上げて首も尻尾も地面に力無く投げ出した。ドスンと大きな音が辺りに響き、地面も微かに揺れた。それ程の巨大をドラゴンは有していた。
「撃ち方止め!」
ベルギウスの指示にピタリと石の礫が止んだ。
そして長い静寂が訪れた。兵はジッとドラゴンを見つめているがドラゴンはピクリとも動かない。
兵の一人がベルギウスの指示の下、石の礫を一つドラゴンの顔目掛けて放つがドラゴンは何の反応もしなかった。
「標的の沈黙を確認。ドラゴンの討伐を完了した!」
ベルギウスが叫ぶと隠れていた兵達が一斉に立ち上がった。
「うおおお!!」「やった!」「倒したんだ!」
兵達は互いに抱き合い勝利を喜んだ。
「本当に小隊だけでドラゴンを狩ってしまうなんて!ベルギウス隊長!これは偉業ですよ」
「ああ、ドラゴン狩りなんて伝説の魔法使いのようだな」
興奮する部下に釣られてベルギウスも喜びのあまり表情が緩んだ。
魔法部隊の活躍は瞬く間に広がり、ドラゴンの遺体を引き連れての王都への凱旋はパレードの様な盛り上がりを見せた。
「見ろ!魔法部隊だ!」
「本当にドラゴンを狩ったんだ!それにだれも死んでいない!」
「すげー!つえー!かっけー!」
口々に魔法部隊への賞賛の声を上げて英雄達を出迎えた。
一小隊に対してあり得ない熱狂ぶりにベルギウス達は困惑したが手を振り堂々と進んでいく。
「本当にみんな魔法を使えるんだな!」
「スウィストフでは国民全員が魔法を使えるらしい」
「それじゃあ俺達も使えるのか!」
何故か魔法部隊の活躍と共にスウィストフの内情も市民の間で広まり、市民の魔法への関心は日に日に高まっていった。
ベルギウスはガルバル将軍に任務達成の報告をしていた。
「この度のドラゴン討伐、見事だ。まさか戦死者を一人も出さずに討伐するとは」
ドラゴンを小隊だけで討伐したのは勿論、被害が全くないのは初めてである。いくら貴族が魔法を当てようとも兵士は必ず何人かは命を落としてしまう。それだけドラゴンという相手は強敵であったのだ。
「はい、私も驚いております」
ベルギウスもドラゴン討伐を魔法部隊だけで行えると確信していたがまさか死者はおろか怪我人さえいない事は想定外であった。
「それに君達のおかげで兵の中でも魔法部隊に入隊を希望する者が殺到している」
「増員をするのですか?」
「いずれはな。しかし今はまだ安定して杖を作れていない。杖の量産に目処がついてからだ」
「シリウス様の話によれば試作品を近々持っていくと言っていました」
「そうか!そうか!それは吉報だ!」
にやけるガルバル将軍の頭の中では既に軍の全てを魔法部隊に変える大規模な計画が進んでいた。
そんな中、魔法部隊の活躍をよく思わない人間達も存在する。勿論、これまで魔法を使いその地位に独占してきた貴族達である。
何処かの屋敷に集まっている貴族達は険しく不満が顔に現れていた。
「全く平民のくせに」
「どうやらガルバルは我々を軍から遠ざけるつもりらしい」
「貴族である我々がこれまで国を守ってきたというのに」
「陛下は何を考えておられる」
「それより誰があんな下品な物を作ったのだ」
「とにかくこの状況をどうにかしなければならない。奴等には身の程を弁えてもらおう」
一人の貴族の言葉に周りの貴族は賛同し醜い笑みを浮かべていた。
数日後、ベルギウスがいつもの様に兵舎に行くと突然見知らぬ騎士達に行く手を塞がれた。ベルギウスはその姿を見ただけで誰だか分かった。貴族に仕える騎士であると。
「ベルギウス・オリオーヌだな」
「そうだが、何か」
高圧的に話す騎士に臆せず答えるベルギウスだが、周りを見るとすでに後ろにも騎士が立っており完全にベルギウスは囲まれてしまった。
「ベルギウス・オリオーヌ。お前を拘束する」
ベルギウスは有無も言わさず騎士達に拘束されて連れてかれてしまった。
シリウスが屋敷に作った工房で一人作業をしていると突然扉が開かれてミルザが飛び込んできた。
「兄様!大変です!」
「どうしたミルザ息を切らせて」
シリウスは慌ててミルザに駆け寄ったがミルザは息が荒く中々話し出せないでいる。
ミルザは大きく息を吸って何とか喋り出せるまで息を整えた。
「はぁ、はぁ……ベルギウス様が捕まりました!」
「何だと!ベルギウスが何をしたと言うんだ」
「はぁ……貴族への反逆で」
平民が魔法を使う。それは貴族の地位を揺るがす反逆とみなす、あまりにもこじつけな罪でベルギウスが拘束されたとミルザは語った。
しかしそれを貴族達は堂々と恥ずかしげも無く主張してベルギウスを拘束したのだ。
「奴等もう動いたのか」
考え込むシリウスをミルザは心配そうに見つめている。そしてその目は今にも涙が溢れそうである。
「兄様……私どうしたら」
「私は将軍の下へ行く。ミルザは屋敷に残ってくれ。もしかしたら魔法部隊が逃げ込んで来るかもしれない。その時に対応できるのは貴族であるミルザだけだ」
「分かりました」
ベルギウスが捕まった以上、他の魔法部隊の兵も捕まる恐れがある。だが少なくとも貴族の屋敷の中に入れば向こうも無理に押し入る事は出来ない。
「では行ってくる」
シリウスは急いで支度を済ませると馬車ではなく、馬に自ら跨り王城に向かった。
城に着きにガルバル将軍の執務室に乗り込んだシリウスはガルバル将軍に詰め寄っていた。
「ガルバル将軍!これはどういう事ですか!」
「私も先程聞かされたばかりだ。奴等は独断でベルギウスを拘束した。もちろん陛下は全くの無関係だ」
「将軍はどう対応するのですか」
言いづらそうな表情をしているガルバル将軍をシリウスは睨みつけた。その瞳は必ず何とかしろと言う圧を感じさせた。
「こちらとしても勝手に軍の者を連れてかれたのだ、それ相応の抗議はする。だが……」
「何かあるのですか?」
「奴等もそれを承知の上で捕まえたのだろう。このままお互い引かなければ貴族と軍は衝突するかもしれない」
「内戦ですか?」
内戦、貴族の私兵と国の兵士が争う最悪の状況である。数では国軍が圧倒的に有利だが、貴族には魔法がある。
この両陣営の全面衝突となると一体どれだけの被害が出るか計り知れない。
「その可能性は十分にある。そして陛下がそれを許すかどうかだ。あまりにも貴族の抵抗が激しければ引いてしまうかもしれない」
そしてその被害が大きさが甚大であると予想出来れば国王は戦闘の道を止めて貴族に配慮する可能性がある。魔法部隊を作りたいのはガルバル将軍の思惑であり、国王としてはこのまま貴族が魔法を独占していても早急な問題はない。
何より国王が嫌うのは国が乱れて体制が揺らいでしまう事である。それだけは何としても避けたかった。
「その時は私も無事で済まないでしょう……」
貴族側が勝利すれば平民に魔法を授けたシリウスは間違いなく処刑されるであろう。
シリウスは苦々しい面持ちで執務室を後にした。




