交渉
ベルギウスの体力も戻り、王都への帰路に着いているとマジョルカニス家の使いがわざわざシリウスに手紙を届けに来た。
「シリウス様、ミルザ様からお手紙を預かっております」
「ご苦労」
使いから手紙を受けとるシリウスだが内容はあらかた想像がついていた。手紙を確認してみるとやはりシリウスの予感は当たっていた。
ほんの少しだけ眉間に皺ができたシリウスは手紙をゆっくりと噛み締める様に読んだ。
「なるほど、父が亡くなったらしい」
そばでそれを聞いたベルギウスは勢いよく頭を下げた。
「申し訳ありません、私が寝込んでいたせいで」
「いや、もっと前に亡くなっている。どのみち間に合わなかった」
その後シリウスは使いに手紙を託して王都に向かわせた。
父の訃報を知ってから数日経ちシリウスはようやくマジョルカニス家の屋敷に帰ってきた。王都に着く少し前に先触れを出していた為玄関にミルザが待っていた。
馬車から降りたシリウスにミルザは人目も憚らず駆け寄り抱きついた。
「お兄様!お帰りなさい!」
「心配をかけた。そして大変だったろう」
シリウスはミルザの頭を優しく撫でながら労った。シリウスがいない間にミルザは父の葬儀を一人で取り仕切っていた。その負担がこの小さな体にのしかかったのだ。
「いえ、お兄様の事を考えればなんともありません」
シリウスの胸の中で涙ぐむミルザの後ろには執事が立っていた。
「お帰りなさいませ旦那様」
執事がシリウスの事を旦那様と呼んだ。それはシリウスがマジョルカニス家の当主になった事を意味する。
「まだどちらが当主になるか決まっていないだろう」
「いえ、亡くなる直前にアルドラ様がシリウス様を次期当主に指名しました。これからシリウス様がマジョルカニス家の当主でございます」
先代の当主であるアルドラが指名したなら絶対であり、ミルザの様子からもシリウスが当主になる事に不満は無いようである。
「分かった。では早速当主として将軍に報告をしに行く」
馬車からてきぱきと荷物を下ろすとシリウスは直ぐに馬車に乗り込んだ。帰ってそこそこで行ってしまうシリウスにミルザは不満そうな顔をした。
「もう行ってしまうのですか?」
「すまない、必ず帰ってくるから待っていてくれ」
「え?……分かりました……?」
なにやら意味深な発言をするシリウスにミルザは疑問を感じたがそれを言及する事は出来なかった。
シリウスとベルギウスはガルバル将軍の下へ赴き今回の任務の報告をしていた。
執務室でドンと座るガルバル将軍の前にシリウスが立ち、その一歩引いた所にベルギウスが待機していた。ただの戦果の報告なのに執務室は異様な緊張感があった。
「さて、ミラン家からの報告と君からの報告が随分と掛け離れているがこれはどういう事か?」
ひとしきりシリウスから報告を聞いた将軍はミラン家からの報告が書いている書類に目を落とした。
「ミラン家からどの様な報告がなされているか承知していませんが私からは嘘偽りなく報告したつもりです」
シリウスもある程度予想をしていたが将軍の話によるとミラン家はスウィストフの大軍と渡り合いそれ撃退したと言っている。
ここまで盛るとシリウスも怒りを通り越して呆れてしまった。しかしそれを否定するだけの証拠をシリウスは持ち合わせていない。
「スウィストフ軍と戦ったミラン家と平民が魔法を使っていたと報告してきた君ではミラン家の報告の方が信憑性があるのだが」
ガルバル将軍の心境はよく分かる。シリウスの報告はこれまでの戦争の常識からあまりにもかけ離れているからだ。
「なので敵が使用していた杖をお持ちしました」
シリウスが目配せすると後ろで待機していたベルギウスが布に包まれていた杖を取り出して将軍に渡した。
杖をまじまじと見つめる将軍だが彼には何も理解できない。
「これが……私は魔法を使えぬからこれがどれ程の物か判断しかねる。これを使うだけでただの平民が騎士団を壊滅させられるのか?」
「はい、可能です。この杖により戦争は大きく変わるでしょう。剣や盾を持った戦争は終わり兵士一人一人が魔法を放つ全く新しい戦争に」
「軍も変革を強いられのか」
「時間の問題かと」
シリウスの提言に将軍は黙り考えた。
既にスウィストフ王国ではこれを平民が使用している。その時点でインタリー王国は大きく遅れをとっているのだ。このままいけばその差は更に開くのは明白であった。
「なるほど……報告書に書いてあった重大な事案とはこの事であったか」
「いえ、違います。その杖を作ったのが私の叔父、フルード・マジョルカニスである事が確認出来ました」
突然の告白に将軍どころかベルギウスまでも驚愕した。
「待って!どういう事だ!」
「フルードは当主争いに敗れスウィストフに渡り魔法の知識を授けたと推測されます」
「何故そんな事が分かるのだ」
「フルードの研究室に残された資料と杖に刻まれた呪文が酷似しておりました」
あまりにも淡々と話すシリウスにガルバル将軍は正気を疑った。
「いいか、それが事実ならマジョルカニス家は責任をとる事になる。今は当主は君なのだろう?」
「いずれ判明する事実です」
「国を裏切り牙を剥いたのだ。お取り潰しどころか一族皆が処刑されるぞ」
脅す様なまたは心配する様な態度のガルバル将軍に対してシリウスはいたって冷静であった。
「そこで将軍に提案なのです。この杖は貴族にとって非常に都合が悪い物です。戦場では魔法が使える貴族が何よりも重要でした。もしこの杖を軍に配備すれば貴族からの反発は免れないでしょう」
ガルバル将軍はシリウスが言わんとすることを必死に理解する事に努めた。
「そしてその杖は敵から回収した物で二十二本しかありません。それだけで戦力を賄う事は不可能であり、かと言って貴族が杖を製作するなんてありえません」
ここまで話すとようやくガルバル将軍はシリウスが言わんとする事が見えてきた。
「そこで君が作ると言うのか?」
「はい、フルードの残した資料を元に私が軍に配備できるだけ製作します。貴族でそれが出来るのは私だけです」
そう断言したシリウスにガルバル将軍は頭を悩ませた。
――騎士団を圧倒する力、そしてなにより貴族の顔を伺わなくて良くなるのは軍としてこれ以上いい話はない……
しかしそれは簡単な事ではないのはガルバル将軍はよく分かっていた。これを導入すれば貴族からの反発は確実である。妨害に裏工作、ありとあらゆる手段を用いて杖の配備を邪魔してくるだろう。魔法は貴族の特権だからだ。
貴族を敵に回すという事は国家運営にも大きく影響する。
「私だけでは判断しかねる。国王陛下に進言する」
「分かりました。それとこれを」
シリウスは懐から小さな板の様な物を取り出しガルバル将軍にで手渡した。
「なんだこれは?」
「傷を回復する道具です。敵から奪いました。ベルギウス、見せてくれ」
「失礼します」
そう言いベルギウスは服を捲り上げて脇腹にできた大きな傷跡を露わにさせた。
「そのような傷跡が……」
「ベルギウスは私を庇い瀕死の重症を負いましたがこうして傷が塞がり立って歩いています。それを国王陛下に」
板を渡されたガルバル将軍はそれ興味深そうに眺めている。
「これも研究資料に?」
「はい、これを量産できればインタリー軍は不死身の軍隊へと変貌するでしょう」
これはシリウスの提案を確実にする為の最後の一手である。フルードから託された時に使う時が来ると言っていたが今がその時であるとシリウスは理解した。
そしてその思惑は当たっていた。ガルバル将軍の顔色が明らかに変わっている。シリウスの言葉は軍を預かる者にとってあまりにも甘美で魅力的な言葉であった。貴族の魔法を超越する力に加えて、傷を瞬時に治す事も出来る。そんな軍隊がいれば他国を圧倒するなんて容易な筈である。
そして何より、その杖も板も全てスウィストフから奪った物である。つまりスウィストフには既に配備されているのは確実である。それは由々しき事態であった。
こうなればガルバル将軍の心は決まっていた。
「分かった。必ず陛下には承認させる。この事は最高機密として扱う。誰にも他言しないように」
「は!」




