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魔道具

それからフルード・マジョルカニスは自らをゼタと名乗りスウィストフ王国に定住した。

 初め魔法使いであるフルードに国民は嫌悪感を示した。魔法使い、即ち貴族である。どんな理由でこの国に来たかは知らないが元貴族であるフルードに国民は冷たかった。それはこの国の歴史上仕方がない事であった。

 フルードに対する見方が変わったのは初めての冬であった。

 薪を使わず暖を取る為の魔道具を作り、城の中に設置した。この国では燃料の節約の為に冬になると一つの大きな建物の中に集まり冬を越す習慣がある。

 王城も国民に解放され、そこに集まった人々に魔道具を提供した。大部屋の中でも寒かったが一家族に一台、魔道具を渡した事により魔道具を囲む形で暖をとった。どんなにフルードを嫌っていても冬の寒さには抗えなかった。

 夜になるとフルードが動き回り魔道具に魔力を流し去っていく。それが冬の日常となった。

「私でも魔道具を動かせますか?」

 ある夜一人の少女がフルードに質問した。家族は少女に何か言いたげだが何も言わずにジッとフルードを睨みつけている。

 しかしフルードは少女の質問に笑顔で返した。

「はい、コツさえ掴めば誰でも動かせます」

「私にもそのコツを教えて下さい」

「分かりました。夜の見回りが終わった頃に戻って来ます」

 フルードは各家庭の魔道具に魔力を流した後、再び少女の下へやってきた。

「今から貴方に魔力を流します。それを感じ取って下さい」

「はい」

 フルードが少女の両手に触れると少女の両手から暖かな感覚が流れ込んできた。それは今まで感じた事の無いような不思議な感覚であった。

「何か暖かいモノが手の平に……」

「それを胸の真ん中に持っていって下さい。手から胸の真ん中に線を引いてその上を辿る、そんな感覚です」

 言われた通りに少女は想像してみるが全く魔力が動いている様には思えなかった。手の平は暖かいが胸の感覚は全く変わらない。

「どうやってやるのですか?」

「その感覚を掴む為の訓練です。冬は長いですから少しずつやっていきましょう」

 少女の家族は何か騙されているんじゃないかと怪しんだが、少女に目立った異変はないので黙っている事にした。

 それから毎日フルードは夜の見回りが終わると少女の下へやってきて訓練をしてくれた。

 少女の訓練を初めて二週間が経った頃、ようやく少女は胸の真ん中に魔力を動かす感覚を掴んだ。

「ゼタさん!出来ました!」

「はい、確かに。今度は真ん中の魔力を手に戻して下さい」

「はい」

 少女は集中をして真ん中に集めた魔力を手に戻した。一度コツを掴めば魔力を移動する事は容易かった。

「出来ました……」

「はい、大丈夫です」

 フルードの一言に少女はホッと胸を撫で下ろした。

 続いてフルードは少女の手を離してランプを渡した。

「ではこの魔道具に魔力を流してみましょう。同じ感覚で出来ます」

 少女が魔道具を手に取り魔力をランプに流すように意識するとランプの灯りが灯った。それは弱々しいが確かに夜の部屋を照らす光であった。

「光りました!」

 少女は驚きと喜びの入り混じる幸せそうな笑顔をフルードに向けた。

「はい、これで貴方も魔法使いです」

 微笑みながらフルードがそう言うと少女はランプを改めてジッと見つめた。

「私が魔法使い……」

 少女は暖かな光を放つランプを見つめて呟いた。

 その光景をこれまで遠巻きに眺めていた人達がフルードに話しかけてきた。

「俺にも教えてくれよ」「私も」

 本当は誰もが魔法を使いたかったのだ。

「ええ、構いません」

 フルードは快く引き受けて魔力を流す訓練を始めた。あっさりと感覚を掴んだ者はその日のうちにランプに灯が灯った。

 そうして魔力を流せる者がまた誰かにそれを教えていき、冬を越す頃には城に滞在していた殆どの人が魔力を流せる様になった。

 そうなるとフルードは魔力を流す為に見回る必要が無くなり、魔道具の開発と作製に多くの時間を費やせた。

 厳しい冬が終わり春が訪れると農民は畑を耕す。平地が少なく山の斜面に畑を作る必要がある。

 フルードは水が吹き出す魔道具を作り、どの場所でも簡単に水を撒ける様にした。これまで水源が遠く放置されていた手付かずの地にも水が届くようになり作物を育てられるようになった、

 夏には冷風を出す魔道具を各家庭に配り、家の中で快適な時間を過ごせるようにした。そのおかげで毎年夏に体調を崩して倒れる人がいたがその年は誰一人倒れず暑い夏を乗り切った。

 秋になると冬を越す為の準備に入る。若い衆に狩りをする為の杖を渡した。これまで逃げる事しかできなかった大型の魔物も石が発射される杖を使い簡単に狩ることができた。

 そうして一年経つ頃にはフルードは皆から受け入れられ、頼りにされる存在となっていた。

「ゼタ、君のおかげでこの国は暮らしやすくなった。本当に感謝する」

 グリエルは窓の外を見ながらフルードに話しかけた。毎年秋は冬に備えて国民は備蓄を作ろうと必死に働いている。しかし窓から見える国民の表情は明るく冬に対する怯えは全く感じ取れなかった。

 そんな幸せな光景をフルードも一緒に並んで見ている。

「いいえ、私の方こそ何の役に立てなかった知識がこうして皆の笑顔に代わりに感無量です」

「だが本当にこの魔道具を秘匿にしたままでいいのか?これ広めれば君は多くの財産を築けるぞ?」

 ここまで大々的に魔道具を配ったフルードだがそれに一つの条件をつけていた。決して魔道具を他国に話さない事。

 国民はフルードには何らかの事情があってこの地に来たと分かっていた。そしてこれまでの恩を返す為に誰にもこの事は言わなかった。

「私はインタリー王国を裏切った身です。表に出れば必ずやこの国に迷惑をかけます」

「そうか……」

「陛下や民には煩わしい思いをさせますがどうかご理解下さい」

 フルードはグリエルに頭を下げたがグリエルは直ぐに頭を上げさせた。

「暮らしが良くなったのだ。秘密にするくらいどうてことない」

 そうしてフルードがスウィストフ王国に来て九年が経った頃、スウィストフ王国に飢饉が訪れた。

 春に育てた作物を夏の前には収穫するのだが例年より早く猛暑がやってきた。どんなに水を撒いても作物はみるみるうちに枯れていく。そして秋になっても猛暑は続き秋に収穫する筈の作物は全く成長せず実る事はなかった。

 いくらフルードでも気候を変える事はできなかった。

 畑を見てきた農民は集まり畑の様子を報告しあっていた。

「駄目だ……作物は全滅だ……」

「今年の冬は越せない」

「冬が来る前に魔物を狩ろう、それでなんとか食い繋ぐんだ」

「インタリーから買うのは?」

「あの国からから逃げて来たんだ!それじゃあ昔と同じだ」

「そんなの簡単な事です」

 突然農民の会話の中に聞き馴染みのある丁寧で穏やかな声が聞こえた。農民達が声を方へ一斉に顔を向けた。そこにはいつもの穏やかな表情でフルードが立っていた。

「先生?」「ゼタさんどうしてここに?」

 驚く農民を見渡しながらフルードは子供に教えるような穏やかな口調で話した。

「貴方達にはあるじゃないですか。一人で魔物をも圧倒する脅威的な力が。騎士団をも壊滅できる絶対的な武器が」

 フルードの言葉に農民の目の色が変わった。彼等の手の中にはどんな敵にも負けない力があった。魔物にも、騎士団にも。

 もう自分達は搾取されるだけの民ではなかった。

「陛下!若い衆が!インタリー王国へ攻め込みに行くと!食料を奪いに!」

 執務室で仕事をするグリエルに部下が息を切らせながら報告にやってきた。

「そんな訳がないだろう!どうやって戦うのだ!」

「それが狩り用の魔道杖を持ち出しました!」

 この時グリエルは一瞬で理解した。

「奴は最初からこれを狙っていたのか」

 国民の誰もが魔道具を使えるようになり、剣の代わりに魔道杖を持たせる。それだけで誰でも兵士になれてしまう。知らず知らずのうちにフルードは国民の誰もを兵士に育て上げていたのだ。

 自分を捨てた国に復讐を果たす為に。

 この国ではもはや王であるグリエルよりフルードの方が実質的な力を持っていた。グリエルに男衆を止めるだけの力はない。

 グリエルは己の無力さを噛み締めながら城の中で悲劇的な結末にならない事だけを祈るしか出来なかった。

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