第19話「取引」
槍が一斉に突き出されるその寸前、謁見の間の大扉が重々しく開かれ、その音だけで空気が裂けるように変わると同時に鋭い声が響いた。
「良い加減にして下さい王様!」
その場の全員の視線が一斉に向く中、そこに立っていたのはカイルであり、そのまま一切の躊躇もなく謁見の間を真っ直ぐに突き進んでくる姿に、場の緊張は一瞬別の方向へと張り詰めた。
「カイル!今は任務中の筈だぞ、控えろ!」
王の叱責が飛ぶが、カイルは歩みを止めることなく、そのまま兵士たちの間を割って進みながら静かに言い放つ。
「私は証人になった覚えはありません、それよりも王、この国を救って下さった恩人を我が子愛しさの余り試し、あまつさえ謀反者に仕立て上げる等、少々度が過ぎるのではありませんか?」
その言葉は静かでありながら、場の空気を真っ向から否定する強さを持っていて、兵士たちの動きが一瞬止まり、次の命令を待つように視線が揺れる。
カイルはそのまま手を軽く振るだけで伏兵たちに下がるよう示し、まるで当然のようにレオンの隣へと立つと、槍の包囲はわずかに後退し、完全ではないにせよ空間に“間”が生まれた。
「だが其奴が我が兵士を屠ったのもまた事実だ!」
王の声が激昂するが、それに対してカイルは僅かに目を細めるだけで、まるでその感情を計算の内に入れているかのように淡々と続ける。
「それもそうです、ですので彼には隣国のギルド“快光”に迎えさせましょう、そうすれば隣国との繋がりも一層強固になりますし、今回の件を“外交的成果”として処理することも出来る、一石二鳥でしょう」
その言葉に、場の空気がざわつく。
処刑か、利用か。
その選択肢が、今まさに天秤にかけられているのが誰の目にも分かった。
だが王はなおも睨みつける。
「認められるか、その様な都合の良い話が通ると思うな、今すぐ――」
「出来なければ」
カイルの声が、それを遮った。
静かだが、確実に刺さる声音。
「徴兵した兵士の人数、八十六人…到底罪人一人では背負い切れないでしょう」
その一言で、場の空気が変わる。
王の表情が僅かに歪む。
「ならば」
カイルは一歩だけ前に出る。
「罪人と主従関係を結んでいる王女様にも償って貰うのが道理というもの」
次の瞬間、抜かれた剣が空気を裂き、そのまま迷いなく振るわれると、鋭い音と共に王女の頬をかすめ、細い赤い線が走り、一筋の血がゆっくりと伝い落ちた。
場が完全に凍りつく。
誰も動けない。
声すら出ない。
ただ、その“意味”だけが全員に伝わる。
これは脅しではない。
提示だ。
選べという。
どちらを取るかを。
王はしばらく沈黙したまま動かず、その間にも空気は重く沈み込み、やがてゆっくりと息を吐くと、まるで何かを押し殺すように口を開いた。
「……分かった」
低い声だった。
だが、確かに。
「その提案、受けよう」
完全な承諾ではない。
だが拒絶でもない。
それだけで十分だった。
⸻
こうして、レオンの処刑は回避されることになったが、それは赦しではなく“価値としての延命”に過ぎず、王女の頬に残った一筋の血が示す通り、その選択には確かな代償が刻まれていた。




