第16話「限界の向こう側」
「……殺します」
その言葉を聞いた瞬間、メルセデスは愉快そうに肩を震わせながら笑い、まるで待っていたかのように一歩踏み込んできた。
速い。
だがさっきまでとは違う。
見える。
読める。
そう思った瞬間、腹に衝撃が走り、視界が一瞬で白く弾けた。
「がっ……!」
体が浮き、そのまま壁に叩きつけられると背中に鈍い痛みが走るが、今はそれどころじゃないと無理やり足に力を込めて立ち上がる。
息が荒い。
肺が焼けるように痛い。
そしてそれ以上に。
「……っ」
身体の内側が、熱い。
いや、違う。
痺れている。
さっきの毒。
血を通って、確実に回っている。
指先の感覚が鈍い。
足の踏ん張りも甘い。
時間がない。
明確に。
「どうしたぁ?」
メルセデスがゆっくり歩いてくるが、その足取りには余裕しかなく、俺が削れていくのを楽しんでいるのが分かる。
「もう終わりか?」
挑発。
だが乗るしかない。
時間をかければ、毒で終わる。
なら。
短期で仕留めるしかない。
踏み込む。
自分から。
メルセデスの目が僅かに細くなる。
次の瞬間、拳が飛んでくる。
だが避けない。
肩で受ける。
肉が裂ける。
だがそのまま距離を詰める。
腕を掴む。
「――転写」
発動。
だが。
手応えがない。
メルセデスが笑う。
「効かねぇって言ったろ?」
魔力差。
通らない。
分かっていた。
それでも。
確認した。
なら。
やることは一つ。
至近距離。
そのまま頭突きを叩き込む。
鈍い音。
だがメルセデスは微動だにしないどころか、逆に膝を腹に突き上げてきて、内臓がひっくり返るような衝撃に思わず膝をつく。
「遅ぇ」
そのまま掴まれる。
持ち上げられる。
首。
締まる。
呼吸が奪われる。
「根性は認めてやるよ」
顔を近づけてくる。
「でもな」
にやりと笑う。
「それだけじゃ勝てねぇ」
そのまま地面に叩きつけられ、後頭部に衝撃が走り視界が揺れるが、それでも意識だけは繋ぎ止める。
立て。
まだだ。
終わるな。
体が言うことを聞かない。
痺れが広がる。
視界の端が暗くなる。
それでも。
動く。
腕を動かす。
床に手をつく。
血で滑る。
それでも。
立つ。
「……まだ立つか」
メルセデスが少しだけ感心したように言う。
だがその目は冷たい。
次で終わらせるつもりだ。
足音。
近づく。
遅い。
避けられない。
分かっている。
なら。
合わせる。
踏み込まれる瞬間に、こちらも踏み込む。
真正面。
ぶつかる。
拳が顔に入る。
歯が折れる感触。
血が飛ぶ。
だが。
その内側へ。
さらに一歩。
入り込む。
「……なっ」
メルセデスの声が初めて揺れる。
至近距離。
ゼロ距離。
ここなら。
もう一度。
「――転写」
無駄だと分かっている。
だが違う。
狙いは。
“本体じゃない”
視線を落とす。
地面。
黒く変色した血。
毒。
そして。
そこに突き刺さった、あの歪な刃。
「――そこか」
発動。
対象。
刃。
“形あるもの”
影縫で作られたものと同じ。
なら。
通る。
次の瞬間、手応えが変わる。
確かに。
通った。
「は?」
メルセデスの表情が歪む。
初めて。
明確に。
刃が、揺れる。
黒く変色していた血の流れが、一瞬だけ止まる。
ほんの僅か。
だが確実に。
“制御”が乱れる。
その隙で十分だった。
俺は全力で体をぶつける。
バランスを崩す。
メルセデスの体勢が一瞬だけ揺れる。
そのまま。
掴む。
押し倒す。
「――ッ!」
初めて、メルセデスが力を込める。
だが遅い。
もう一度。
「転写」
今度は。
“自分の弱さ”を。
直接。
押し付ける。
もちろん通らない。
だが。
ゼロ距離。
崩れた体勢。
刃の制御が乱れた一瞬。
すべてが重なる。
そのほんの僅かな“隙”に。
俺は。
拳を叩き込む。
顔面。
一発。
二発。
三発。
血が飛ぶ。
骨が軋む。
止まらない。
止めない。
毒で意識が飛びそうになる。
視界が歪む。
それでも。
腕を振るう。
「――終わ……れぇ!!」
最後の一撃を、全力で叩き込む。
⸻
その瞬間、洞窟の中に鈍い衝撃音が響き、すべての力を出し切ったレオンの身体はそのまま崩れ落ちるが、それでもなお目だけは閉じず、倒れたメルセデスの先を見据え続けていた。




