第13話「踏み越える一線」
メルセデスが踏み込んだ瞬間、空気が弾けたように揺れ、次の瞬間にはもう目の前にいた。
速い。
そう認識した時には、拳が腹にめり込んでいた。
「――がっ!」
息が強制的に吐き出され、体が浮く。
そのまま後方へ叩きつけられ、背中に鈍い衝撃が走ると同時に視界が揺れ、肺が空気を求めて悲鳴を上げるが、それでも倒れたままでは終わると分かっているため、無理やり体を起こす。
「おいおい、もう終わりか?」
メルセデスは笑いながら近づいてくるが、その足取りには一切の油断がなく、遊んでいるようでいて確実に仕留めに来ているのが分かる。
横から兵士が斬りかかってくる。
反射的に腕で受ける。
刃が肉を裂き、熱い痛みが走ると同時に血が噴き出すが、構わずその腕を掴んで引き寄せ、額を思い切り叩きつけた。
鈍い音が響き、兵士の意識が一瞬飛ぶ。
その隙に体を押し倒すが、完全には倒しきれない。
「甘ぇな」
別の兵士の蹴りが横から飛び込み、脇腹に直撃する。
骨が軋む感覚。
体が横に吹き飛び、地面を転がると同時に口の中に鉄の味が広がる。
血だ。
「……っ、は……」
呼吸が浅い。
視界が揺れる。
だが止まれない。
止まれば終わる。
立ち上がる。
足が震える。
それでも前を見る。
囲まれている。
逃げ場はない。
リュナは動かない。
守るしかない。
兵士が再び距離を詰めてくる。
剣が振り下ろされる。
今度は避けない。
踏み込む。
刃が肩を裂く。
熱と痛みが一気に広がるが、それよりも先に腕を伸ばし、相手の喉元を掴む。
そのまま、力任せに地面へ叩きつける。
鈍い音。
動きが止まる。
呼吸はある。
だが、戦闘不能。
それでも。
それでもまだ足りない。
「いいねぇ」
メルセデスが笑う。
「やっとその気になったか?」
次の瞬間、また視界が消える。
拳。
顔面。
衝撃。
歯が軋む音。
そのまま地面に叩きつけられ、石が頬を裂き、血が広がる。
「でもよ」
メルセデスが見下ろす。
「それじゃ足りねぇ」
足が振り上げられる。
踏みつけ。
胸に直撃。
骨が悲鳴を上げる。
呼吸が止まる。
意識が遠のきかける。
その中で。
ぼやけた視界の端に。
リュナが見えた。
動かない。
無防備。
このままなら。
確実にやられる。
その瞬間。
何かが切れた。
⸻
「……どけ」
声が出る。
自分でも驚くほど低い声だった。
メルセデスが足を止める。
「お?」
俺はゆっくりと立ち上がる。
全身が痛む。
血が流れる。
だが。
関係ない。
「そこから」
一歩。
踏み出す。
「離れろ」
短い言葉。
だが。
そこに迷いはなかった。
兵士が動く。
斬りかかる。
今度は避けない。
そのまま踏み込む。
刃が腹を裂く。
だが止まらない。
そのまま相手の腕を掴み、引き寄せ、膝を顔面に叩き込む。
骨が折れる音。
倒れる。
動かない。
一人。
また一人。
気付けば、呼吸は荒く、視界は赤く染まり、手の感触も自分の血か相手の血か分からなくなっていたが、それでも体は止まらず、ただ前へ前へと動き続けていた。
「……はは」
メルセデスが笑う。
「いいじゃねぇか」
楽しそうに。
心底。
「それでこそだ」
構える。
今度は本気。
分かる。
次で終わる。
だが。
それでもいい。
ここで止まるよりは。
ずっといい。
俺は構える。
視線を合わせる。
一歩も引かない。




