第12話「覚悟の重さ」
メルセデスは、こちらの動きを見て楽しそうに笑っていたが、その目の奥には確かな確信が宿っており、まるで最初から結果が決まっているかのような余裕があった。
「無駄だぜ」
軽く首を鳴らしながらそう言われた瞬間、俺の中に嫌な予感が走る。
「お前の能力、聞いてる」
その一言で理解した。
「魔力差がある相手には効かないんだろ?」
図星だった。
思わず言葉が詰まると、メルセデスは肩をすくめて笑う。
「王様直々の言伝だ、ありがたいだろ?」
つまり、完全に対策されている。
こちらの切り札は、最初から封じられているということだ。
次の瞬間、近衛兵たちが一斉に動いた。
統率の取れた動きで間合いを詰めてくるその様子は、明らかに素人ではなく、個々の力量も高い上に連携まで完成されており、まともに相手をすれば一瞬で押し潰されると直感する。
俺は即座に後方へ跳び、迫る刃を紙一重で避けながら距離を取るが、それでも次の攻撃はすぐに飛んできて、考える暇すら与えてくれない。
「……速いな」
小さく呟きながらも、足を止めることはできない。
避ける、躱す、逃げる、その繰り返しで時間を稼ぎながら、頭の中では必死に打開策を探していた。
「どうしたどうしたぁ? 逃げてばっかじゃ終わるぞ?」
メルセデスの軽い声が響くが、そんなことは言われなくても分かっている。
だが、今はそれしか選べない。
一瞬だけ視線を横に向けると、倒れたまま動かないリュナの姿が目に入り、呼吸があることに僅かな安堵を覚えるものの、同時に現実を突きつけられる。
守りながら、この数を相手にするのは無理だと。
理屈では完全に詰んでいる。
それでも思考だけは止めなかった。
兵士には効かない。
魔力差。
能力は通じない。
なら対象を変えるかと考えるが、周囲に魔物はいないため転写できる相手も存在せず、自分に使っても意味はない以上、今の状況では能力はほぼ封じられているに等しい。
刃が迫る。
避ける。
次が来る。
躱す。
だが徐々に追いつかれ、ついに腕を掠めて血が滲むと、余裕が確実に削られていることを嫌でも実感する。
「……ちっ」
このままでは削り切られて終わる。
「なあ」
メルセデスの声がまた響く。
「まだ迷ってんだろ?」
その言葉に、動きながらも一瞬だけ思考が揺れる。
見抜かれている。
完全に。
「殺せば楽だぜ?」
軽い口調のまま核心を突かれ、胸の奥がざわつく。
そう、分かっている。
一番簡単なのは、殺すことだ。
一人でも倒せば穴ができるし、そこから抜け出せる可能性もある。
だが、それは――
一瞬の躊躇。
その隙を敵が見逃すはずもなく、刃が目前まで迫るが、咄嗟に腕を掴んで軌道を逸らし、そのまま力任せに押し返して体勢を崩させる。
視線が交差する。
ほんの一瞬。
そこにあったのは敵意ではなく、迷いのようなものだった。
だが、それは相手ではなく、自分自身の中にあるものだとすぐに理解する。
次の攻撃が来る。
今度は避けきれない。
ならばと踏み込み、相手の懐に入り込んで体ごとぶつかることで無理やり崩し、そのまま距離を取ると、荒くなった呼吸が自分の限界を告げていた。
「……まだ甘いなぁ」
メルセデスの声が、楽しそうに響く。
「殺す気ねぇだろ?」
図星だった。
俺は息を整えながら、はっきりと言う。
「……当たり前です」
その言葉に、メルセデスは笑みを深める。
「だよなぁ、だから詰んでる」
そう言って一歩前に出た瞬間、空気が変わった。
それまでとは比べ物にならない圧が空間を満たし、本能が危険を告げる。
「俺が相手してやるよ」
軽い動作で構えるその姿には隙がなく、兵士とは明らかに格が違うと一目で分かるほどの強さがあった。
俺は一瞬だけリュナを見るが、当然動かない。
守れない。
このままでは、二人とも終わる。
なら、どうする。
息を吸い、ゆっくりと吐くと、頭の中で何かが切り替わり、迷いが少しずつ形を変えていく。
守るために、生きるために、必要なことは分かっている。
俺は静かに構え、メルセデスを見据える。
「……やります」
短い言葉だったが、その中に迷いはなかった。
守るためには同じだけの覚悟が必要であり、その覚悟が“奪うこと”と隣り合わせであると知った時、人は初めて戦う理由を自分の中で定義するのだと、レオンはようやく理解し始めていた。




