第11話「選択の無い選択」
洞窟の奥。
異様だった。
魔物の気配が、まるでない。
代わりに目に入るのは、黒ずんだ血溜まり。
乾ききっていないものもある。
新しい。
つい最近、ここで何かが起きた証拠だった。
「……おかしい」
小さく呟く。
本来なら、巣の中心に近づくほど気配は濃くなるはずだ。
だが。
何もいない。
静かすぎる。
違和感だけが、積み重なる。
その横で。
リュナが、わずかに足を止めた。
「……?」
次の瞬間。
力が抜けるように、その場に崩れ落ちた。
「リュナ!?」
慌てて支える。
意識はない。
だが。
呼吸はある。
「何が――」
そこまで言いかけた時だった。
「はいおつかれちゃーん」
軽い声が、背後から響いた。
振り向く。
そこに立っていたのは――
上半身裸の男だった。
無駄のない筋肉。
細マッチョと呼ばれる体型。
だが、その目は軽薄で、笑っている。
場違いなほどに。
「安心しろよ」
男は肩をすくめる。
「そのメスは眠らせただけだから」
軽い。
あまりにも軽い言い方だった。
俺はリュナを庇うように立つ。
「……誰だ」
男はニヤリと笑う。
「おっと、自己紹介まだだったか」
一歩近づく。
「メルセデス」
名乗る。
「しがない盗賊だ」
嘘だ。
その背後。
洞窟の入口付近に、複数の気配。
視線を向ける。
そこにいたのは――
近衛兵。
王宮で見た顔。
間違いない。
数も多い。
包囲されている。
逃げ場はない。
⸻
頭の中で、状況を整理する。
魔物の巣。
血溜まり。
魔物の気配なし。
リュナが倒れる。
盗賊。
そして。
王宮の近衛兵。
「……仕組まれたか」
小さく呟く。
メルセデスは笑う。
「察しがいいな」
否定しない。
つまり。
これは――
試験じゃない。
排除。
もしくは。
選別。
⸻
「さて」
メルセデスが手を広げる。
「ここで問題です」
ふざけた口調。
だが。
空気は重い。
「お前、どうする?」
一歩、近づく。
「そいつ抱えて死ぬか」
顎でリュナを指す。
「それとも」
少しだけ声を落とす。
「俺たちとやり合うか」
背後の近衛兵が、無言で武器に手をかける。
圧が増す。
現実が突きつけられる。
⸻
勝てるか?
無理だ。
数が違う。
質も違う。
しかもリュナは戦えない。
この状態で戦えば。
確実に終わる。
なら。
逃げる?
不可能だ。
囲まれている。
選択肢は。
ない。
⸻
いや。
一つだけある。
俺はゆっくりと息を吐く。
そして。
前に出る。
メルセデスは笑みを深くする。
「いいねぇ、その顔」
楽しそうだ。
完全に。
遊んでいる。
⸻
だが。
俺の中で、恐怖は薄れていた。
代わりにあるのは。
冷静な思考。
相手は強い。
数も多い。
正面からは勝てない。
なら。
やることは一つ。
通す。
この能力を。
どんな形でも。
⸻
「……一つ聞いていいですか」
俺は言う。
メルセデスは肩をすくめる。
「いいぜ」
余裕だ。
「全員、敵でいいんですね」
その言葉に。
一瞬だけ。
空気が変わる。
メルセデスは笑う。
「当然だろ」
即答だった。
⸻
なら。
遠慮はいらない。
俺は視線を落とす。
地面。
血溜まり。
そして。
ゆっくりと顔を上げる。
「分かりました」
一歩、踏み出した。




