第8話「王の不信」
王城、謁見の間。
朝だというのに、王の機嫌は最初から最悪だった。
玉座に腰掛けたまま、肘掛けを指で叩く。
一定のリズム。
だがその音には、はっきりとした苛立ちが滲んでいた。
理由は一つ。
レオン。
あの男の存在だった。
最初に報告を受けた時、王は確かにその能力を評価していた。
“ステータスを相手に押し付ける”
聞いた瞬間は半信半疑だったが、実際に魔物相手に効果が確認されたことで、その価値は理解していた。
使い方次第では戦局を左右する。
そう判断していた。
だが。
問題はそこではなかった。
「……あの娘は」
低く呟く。
王の脳裏に浮かぶのは、エリシアの姿だった。
やけにあの男に肩入れしている。
部屋を与えたのもそうだ。
書庫への出入りも許している。
あれではまるで――
「気に入っているどころではない」
そこまで考え、王は眉間に皺を寄せる。
嫌な想像がよぎる。
否定したい。
だが。
否定しきれない。
エリシアは王にとって、ただの王女ではない。
戦で先に天へと旅立った妃。
その、たった一人の忘れ形見だった。
産まれたその日から。
いや、それ以前から。
王は溺愛していた。
誰よりも大切な存在。
守るべきもの。
それを。
「どこの馬の骨とも知れん男に」
吐き捨てるように言う。
しかも。
「……奴隷契約、だと」
その言葉に、明確な嫌悪が混じる。
あり得ない。
王族が。
王女が。
奴隷契約を結んだ相手に、あそこまで肩入れするなど。
常識では考えられない。
「ふざけている」
静かに怒りが積もる。
能力がどうこうではない。
実績がどうこうでもない。
そんなものは関係ない。
問題は。
「気に入らん」
それだけだった。
⸻
側に控えていた近衛が、慎重に口を開く。
「陛下、レオンの件ですが」
王は視線も向けずに言う。
「聞いている」
「昨日も書庫の奥へ無断で侵入したとの報告が」
王の指が止まる。
「……ほう」
わずかに興味が乗る。
「警備室の警報が作動しましたが、王女殿下の判断で不問に」
その瞬間。
再び苛立ちが戻る。
「やはりか」
予想通りだった。
守る。
庇う。
甘やかす。
すべてが気に食わない。
王はゆっくりと立ち上がる。
玉座の間に、重い足音が響く。
「功績は認める」
それは事実だ。
「だが」
次の言葉に力がこもる。
「それとこれとは別だ」
王の目は冷たかった。
「王女に近づく理由にはならん」
明確な線引きだった。
⸻
王は歩きながら考える。
排除するか。
遠ざけるか。
利用するか。
選択肢はいくつかある。
だが、今はまだ決定打に欠ける。
ならば。
「試すか」
小さく呟く。
真に価値があるのか。
ただの偶然か。
王は振り返る。
「次の任務を用意しろ」
近衛がすぐに反応する。
「どの程度のものを?」
王は一瞬だけ考え。
そして言う。
「死にはせん程度でいい」
その言葉の裏にある意図は明白だった。
「だが」
続ける。
「無能なら、そこで終わる」
冷酷な判断だった。
⸻
その頃、王宮の一室では、何も知らないままレオンが次の成長を模索していたが、その裏では既に、王による“選別”が静かに動き始めていた。




