第6話「届かないもの」
書庫の奥。
誰も来ない静かな場所で、俺は何度も呼吸を整えながら外部の魔力を取り込む練習を繰り返していたが、最初のような暴走は起きなくなり、少しずつだが確実に制御できる感覚が身についてきていた。
ゆっくりと目を閉じ、体の内側と外側の境界に意識を向ける。
外にある魔力。
それを掴む。
流れ込ませる。
自分の魔力と合わせる。
以前よりも、明らかに自然にできる。
「……いけるな」
小さく呟きながら、もう一度取り込む。
流れる。
馴染む。
崩れない。
そして。
確かな変化を感じた。
俺は目を開ける。
手を握る。
中にある魔力が、前よりも“重い”。
「……増えた」
数値で言えば、ほんの僅かだろう。
だが。
確実に増えている。
何度か繰り返した後、感覚的に理解する。
魔力。
15。
たったそれだけ。
だが。
思わず、口元が緩む。
「……は」
こんなことで。
こんな小さな上昇で。
こんなに嬉しいとは思わなかったが、それでも抑えられず、その感情はそのまま顔に出ていた。
その時。
視界に影が差す。
顔を上げると、すぐ近くにリュナがいた。
「……何ですか」
そう言いかけて、言葉が止まる。
リュナが、こちらを覗き込んでいた。
そして。
ほんの少しだけ。
笑っていた。
いつもの無表情でも、淡々とした視線でもない。
柔らかい。
ほんの一瞬の変化。
だがそれは、今まで見たことがない表情で、不意に胸の奥が強く鳴る。
「……」
言葉が出ない。
俺は思わず視線を逸らす。
リュナはそれを気にした様子もなく、少しだけ距離を取ると、静かに言った。
「良い顔してる」
短い言葉。
だが妙に残る。
俺は軽く咳払いをする。
「……そうですか」
落ち着かない。
理由は分かっているが、あまり考えないことにした。
⸻
少しの沈黙の後。
リュナが本棚の方を見ながら、ぽつりと話し始める。
「魔力は」
そして続ける。
「どうとでもなる」
俺はそちらを見る。
「どうとでも?」
リュナは頷く。
「増やせる」
「鍛えられる」
「時間があれば、いくらでも」
それは、ここ数日の実感と一致していた。
だが。
リュナは続ける。
「でも」
その一言で空気が変わる。
「魔法は違う」
俺は少し眉をひそめる。
「……違う?」
リュナはゆっくりとこちらを見る。
「魔法は」
「血で決まる」
静かな言葉だった。
「古い民族」
「神羅」
聞いたことのない名前だった。
俺はそのまま聞く。
「神羅?」
リュナは頷く。
「昔から魔法を使ってきた一族」
「その血を引く者だけが」
「魔法を扱える」
俺は考える。
つまり。
「……後天的には覚えられない?」
リュナは即答する。
「無理」
迷いがない。
それだけで、この世界の常識だと分かる。
俺は小さく息を吐く。
「なるほど」
だから本に載っていたのは、理論や補助ばかりで、“新しく覚える魔法”が存在しなかったのかと納得がいった。
リュナは続ける。
「私は」
一瞬だけ、言葉が止まる。
そして。
「魔法使いになりたかった」
初めて聞く話だった。
俺は何も言わず、ただ聞く。
リュナは視線を少しだけ下げる。
「魔力はあった」
「だから出来ると思った」
短く区切られる言葉。
だが、その中に十分な感情があった。
「でも」
少しだけ間を置く。
「使えなかった」
俺は静かに頷く。
「血が違ったからですか」
リュナは答える。
「そう」
それだけだった。
それ以上の説明はない。
だが十分だった。
リュナは続ける。
「だから弓」
「遠距離」
「代わり」
代わり。
その言葉が少しだけ引っかかる。
だが。
それ以上踏み込むべきではない気がした。
俺は言う。
「……でも強いですよね」
リュナは首を振る。
「魔法には勝てない」
即答だった。
それがこの世界の現実なのだろう。
⸻
少しの沈黙。
書庫の静けさが戻る。
俺は手を見る。
魔力は増えた。
だが。
使える魔法は一つだけ。
ステータス転写。
そしてそれも、まだ完全じゃない。
リュナが言う。
「レオンは」
俺は顔を上げる。
リュナは続ける。
「使える」
短い言葉。
だが意味は分かる。
俺は少し考える。
「……特殊なだけです」
リュナは首を振る。
「それが強い」
俺は少しだけ笑う。
「そうなれるようにします」
リュナは何も言わない。
だが少しだけ頷いた。




