第5話「禁書」
書庫の奥は、明らかに空気が違った。
人の出入りが少ないのか、埃の匂いが濃く、並んでいる本もどこか古びているが、その中で確かに“普通ではないもの”が混ざっている気配があった。
俺は棚をゆっくりと見て回る。
基礎でも理論でもない。
もっと極端なもの。
もっと危険なもの。
「……あるだろ」
小さく呟きながら、指で背表紙をなぞる。
魔力強化。
強化。
増幅。
禁術。
その単語が混ざり始める。
そして一冊。
手が止まった。
黒い装丁。
他の本よりも明らかに古い。
題名は薄れているが、辛うじて読める。
「魔力増幅と代償」
俺はそれを手に取る。
軽く埃を払うと、横からリュナが覗き込んだ。
「それ」
声はいつも通り短いが、少しだけ警戒が混ざっている。
俺はページをめくる。
中身は、これまで読んできた本とは明らかに違った。
綺麗に整理された理論ではなく、実験記録のような内容で、成功例と失敗例、そしてその末路が淡々と書かれている。
魔力を一時的に増幅する方法。
代わりに身体への負担。
精神への影響。
最悪の場合、崩壊。
俺は読み進める。
その中で、一つの記述に目が止まった。
「外部魔力の取り込み」
俺は小さく呟く。
「……外から取り込む?」
リュナが答える。
「危険」
短いが十分だった。
俺は頷く。
確かに危険だ。
だが。
今のやり方では足りない。
いくら効率を上げても、圧縮しても、元の量が少なければ限界があるが、それなら外から持ってくるという発想は理にかなっている。
俺はページをめくる。
方法は単純だった。
周囲に存在する魔力。
空気中の魔力。
それを取り込み、自分の中で循環させる。
だが問題は。
「制御できない場合、暴走する」
俺はその一文を読んで、少しだけ息を吐いた。
分かりやすい。
そして面倒だ。
リュナが言う。
「やる?」
俺は少し考える。
危険。
当然ある。
だが。
やらなければ変わらない。
俺は本を閉じる。
「試します」
リュナは止めない。
ただ一言だけ言う。
「死なない程度に」
俺は苦笑する。
「努力します」
⸻
書庫の隅。
人が来ない場所を選ぶ。
椅子に座る。
目を閉じる。
意識を内側へ向ける。
自分の魔力。
流れ。
それはもう分かる。
次は外。
周囲。
空気。
……分からない。
何も感じない。
俺は少しだけ意識の向きを変える。
内から外へ。
広げる。
探る。
その瞬間。
わずかに。
違和感。
空気の中に、何かある。
微細な何か。
「……これか」
意識を向ける。
掴もうとする。
逃げる。
散る。
もう一度。
ゆっくり。
慎重に。
触れる。
次の瞬間。
一気に流れ込んできた。
「――ッ」
体が強張る。
熱。
いや、違う。
圧。
外から何かが入ってくる。
制御が追いつかない。
暴れる。
俺は必死に押さえ込む。
「……止まれ」
意識を集中する。
自分の魔力の流れに合わせる。
外から来たものを。
無理やり合わせる。
拒絶。
反発。
それでも押し込む。
数秒。
いや、体感ではもっと長い。
そして。
すっと。
馴染んだ。
「……」
静かになる。
さっきまでの暴れが嘘のように消え、代わりに体の中に、明らかに今までより多い魔力が存在しているのを感じた。
俺はゆっくりと目を開ける。
「成功……か」
リュナがこちらを見る。
「どう」
俺は手を握る。
中にある。
確かに。
増えている。
「……増えました」
リュナが小さく頷く。
だがその目は少しだけ鋭い。
「安定してない」
言われなくても分かる。
今もわずかに揺れている。
崩れればどうなるかは、本に書いてあった。
俺は息を吐く。
「……危ないな」
だが。
同時に分かる。
これなら。
届く可能性がある。
俺は立ち上がる。
少しだけ足元が不安定になるが、すぐに踏ん張る。
「もう少し慣らします」
リュナが言う。
「やりすぎると壊れる」
俺は頷く。
「分かってます」
分かっている。
それでも。
止める気はなかった。
足りないなら取り込めばいい。
その単純な答えが、今の俺には一番しっくり来ていた。




