第2話「書庫と弓使い」
王宮の書庫は、思っていたより広かった。
高い天井。
壁一面の本棚。
古い紙の匂いが漂っている。
俺は入り口で少しだけ立ち止まる。
「……多いな」
軽く見渡しただけでも、どこに何があるのか分からない。
とりあえず歩き出す。
魔法関連の棚。
それらしい場所を探す。
背表紙を指でなぞる。
「魔力理論」
「基礎魔術」
「魔術回路」
……分からない単語ばかりだ。
適当に一冊抜き取る。
開く。
読めないわけではない。
だが、理解できる気もしない。
俺は本を閉じる。
「……効率が悪いな」
その時。
後ろから小さな足音がした。
振り返る。
リュナがいた。
俺は少し驚く。
「……どうしたんですか」
リュナは少しだけ本棚を見上げる。
そして言う。
「調べ物」
短い。
それ以上は言わない。
俺は特に深く追求しない。
「そうですか」
少しの沈黙。
リュナが一冊、本を抜く。
ぱらぱらとめくる。
そして別の棚へ移動する。
また一冊。
さらに一冊。
何冊か手に取った後、俺の方へ差し出してきた。
「これ」
俺は受け取る。
表紙を見る。
「基礎魔力操作」
「魔力蓄積の理論」
「魔力循環の初歩」
さっきより、分かりやすそうな名前だった。
「……詳しいですね」
リュナは小さく首を振る。
「有名」
それだけ言う。
俺は一冊開く。
さっきよりは、少しだけ理解できる。
魔力は体内に流れるもの。
意識で動かす。
循環させることで効率が上がる。
……なるほど。
リュナが言う。
「まずそこ」
「基礎」
俺は頷く。
「分かりました」
⸻
しばらく無言で本を読む。
時間が過ぎる。
ページをめくる音だけが響く。
ふと気付く。
リュナはまだいる。
隣で別の本を読んでいる。
俺は言う。
「……帰らないんですか」
リュナは視線を本から外さないまま答える。
「まだ」
短い。
俺は少し考える。
そして言う。
「手伝ってくれてるんですか」
リュナは一瞬だけ手を止める。
だが、すぐにページをめくる。
「別に」
否定。
だが、さっきの本の選び方を考えると違う気がする。
俺はそれ以上は言わない。
⸻
本を読み進める。
魔力は鍛えられる。
だが、時間がかかる。
少しずつ増える。
地道に。
俺は眉をひそめる。
「……遅いな」
これでは意味がない。
魔族には届かない。
リュナが言う。
「普通は」
「それで十分」
俺は首を振る。
「足りません」
「もっと必要です」
リュナが少しだけこちらを見る。
「理由」
俺は少しだけ間を置く。
そして言う。
「強い相手に効かないので」
リュナは少しだけ目を細める。
理解している顔だった。
「魔力差」
俺は頷く。
「そうです」
少しの沈黙。
リュナが言う。
「なら」
そして本を一冊、閉じる。
「増やすだけじゃ足りない」
俺は聞き返す。
「どういう意味ですか」
リュナは答える。
「使い方」
「効率」
「無駄を減らす」
俺は考える。
魔力を増やすだけじゃない。
使い方。
制御。
無駄。
つまり。
同じ量でも。
結果は変わる。
「……なるほど」
リュナは小さく頷く。
⸻
その後。
俺は本に集中した。
魔力を感じる。
体の中。
流れ。
意識を向ける。
最初は何も分からない。
だが。
少しずつ。
何かがある気がしてくる。
微かな感覚。
「……これか」
俺は目を閉じる。
その感覚を動かそうとする。
だが。
うまくいかない。
散る。
まとまらない。
「……難しいな」
リュナが言う。
「最初はそう」
俺は何度も繰り返す。
集める。
流す。
止まる。
崩れる。
またやる。
時間が過ぎる。
気付けば。
さっきよりも。
ほんの少しだけ。
動かせるようになっていた。
俺は目を開ける。
「……少し」
リュナがこちらを見る。
「出来た?」
俺は頷く。
「少しだけ」
リュナは言う。
「それでいい」
短い言葉。
だが、悪くない評価だと思った。
⸻
夜も深くなっていた。
俺は本を閉じる。
「今日はこのくらいにします」
リュナも本を閉じる。
「ん」
立ち上がる。
出口へ向かう。
並んで歩く。
静かだ。
だが、悪くない。
ふと聞く。
「……なんで来たんですか」
リュナは少しだけ間を置く。
だが、結局言わなかった。
「気分」
それだけだった。
俺はそれ以上は聞かない。
⸻
書庫を出る。
廊下に出る。
リュナは別の方向へ歩き出す。
「おやすみ」
短く言う。
俺も返す。
「おやすみなさい」
背中を見送る。
そして一人になる。
少しだけ考える。
魔力。
増やす。
使い方。
どれも必要だ。
だが。
それだけじゃ足りない気がする。
もっと。
決定的な何か。
俺は呟く。
「……探すか」
部屋へ戻る。
静かな夜。
だが確実に。
一歩進んでいた。




