鉄血女帝アナスタシア 第六十話
1914年6月初旬
ロシア帝国政府はセルビア政府に対し、セルビア民族過激派組織“黒手組”の行動を強く監視するように要請。オーストリア皇太子の暗殺計画があることを伝える。
セルビア政府もこの時点で黒手組による暗殺計画を把握しており、ロシア帝国からの要請もあって実行犯になるはずだったプリンツィプら3人を逮捕。しかし、黒手組のリーダーであるディミトリイェヴィチはセルビア陸軍の現役幹部で有力派閥の首領だったため、口頭での注意に留まる。
1914年6月24日
サンクトペテルブルク バルチック造船所
空母への改装が終わったガングート級四隻の竣工式典が執り行われていた。この空母への改装は全世界に発表され、現時点での友好国であるフランスやイギリス・アメリカ・日本の使節団も見学に訪れている。また、極秘にドイツやその他の国もスパイを潜入させていた。
ガングート級空母
・ガングート
・ペトロパヴロフスク
・セヴァストポリ
・ポルタヴァ
基準排水量 18,100トン
甲板長193メートル
甲板幅34メートル
速力26ノット
搭載機 ファルマンMF.7爆撃機31機(フランスから輸入)※欺瞞のために搭載
※主砲や装甲を外して軽量化したため速力が向上している。搭載機のファルマン爆撃機は全幅が15.5メートルある複葉機のため舷側エレベーターにそのままでは乗らない。その為主翼を取り外せるように改造が施されていた。爆撃装置は輸入後に取りつけている
「お久しぶりですわ、叔父様」
「皇帝陛下、このような素晴らしい式典にお招き頂誠にありがとうございます。お会いするのは3年ぶりですかな?本当にお美しく成長されました」
イギリスから来ているのは海軍卿で私の叔父アレクサンダー・バッテンベルクよ。マリアお姉様のストーカーをしているルイス兄様のお父様ね。ドイツ出身なんだけど今はイギリスに帰属している。奥様はヴィクトリアさんといって私のお母様のお姉さんなの。とっても美しい方なのよね。
「これが世界中の海軍を震え上がらせている航空母艦ですか。素晴らしい威容ですな。航空機から敵戦艦に対して爆弾を投下すれば十分な足止めになるでしょう。駆逐艦クラスなら撃沈もあり得る。さすがは先見の明がありますな。ロシアの叡智と呼ばれるだけのことはある」
叔父様のバッテンベルク卿はドイツ出身にもかかわらず、イギリス海軍制服組のトップに上り詰めたすごく優秀な人なのよね。空母に対しても理解がありそうだわ。でも、航空機の進歩については想像出来ていないようね。この空母に載せるキュウナナシキカンコウは日本語的には九七式艦上攻撃機というそうだ。中身は別物らしいけど。単発の艦上機で魚雷か爆弾を積んで敵艦を攻撃するの。急降下爆撃も可能で搭載量はオリジナルの二倍あるんだって。イチシキリッコウは全幅27メートルもある双発中型機よ。3トンの爆弾を積んで3000キロの航続距離がある。スペイン以外のヨーロッパ全土が作戦範囲になるわ。そしてこのイチシキリッコウを1年間で2000機生産する予定なのよ。これからは空母機動部隊と航空機の時代になるのよね。
「はい、叔父様。ロシアにとってはバルト海に侵入してくる敵艦が最大の脅威ですから。それを防ぐための装備なんです。もうロシアにとって戦艦は必要ありませんからね。七つの海の平和はイギリスに守ってもらうつもりですのよ。そうすれば軍事費も節約できますし」
「ははは、皇帝陛下は我がイギリスを用心棒にされるおつもりのようですな。しかし、先日のハーグ(平和会議)ではイギリス代表と義弟(ニコライ二世)をこっぴどくやり込めたそうではないですか」
「やり込めただなんて非道いですわ、叔父様。ただ私は謂われも無く人が人を差別し奴隷のように支配する事を嫌悪しているだけですのよ。世界中の全ての子供たちが何の心配も無く明日を夢見ることのできる世界にするつもりですの。ロシアだけでは無く世界中の子供たちがそうできるように」
平和会議の内容はほぼ全て新聞やラジオで報道されたのよね。私が各国代表を侮辱したって論調がほとんどだったけど。完全に悪役令嬢って感じの報道だったわ。それでも一応人種差別撤廃と戦争の違法化を訴えたことは伝えられたと思う。でも、こんな事を言っても今の時代じゃ夢物語も良いところなのよね。だけど私の前世ではそれが実現できてたんだから今回も絶対に実現させるわ。
「皇帝陛下はとても13才とは思えませんな。本当ならまだ親に庇護される年齢でしょうに。義弟(ニコライ二世)の家族を呼んで何回かホームパーティーをしたのですよ。しかしどうしても皇帝陛下の話題には触れにくかったのですが、今度のパーティーでは世界の子供達の事を真剣に考えていらっしゃるのだと自信をもって伝えることが出来ます。義弟たちもきっと喜びますよ」
家族ぐるみでの付き合いをしてくれてるのね。お姉様達も異国でつらい思いをしてるのかと心配していたけどちょっと安心したわ。でも、お父様とお母様は仲良くしてるのかしら?聞いてみたいけどちょっと怖い。それともお父様、NTRに目覚めたのかしら?
叔父様の話だと、ルイス兄様はマリアお姉様に会う度に求婚しているらしい。そして求婚の回数だけ顔にアザを作って帰ってくるのだとか。
「ふふふ、ルイスお兄様にお伝え下さい。私の大切な人を泣かせたらイギリスに宣戦布告しますよと。本気ですよ」
「ははは、我が愚息に世界平和がかかっているのですね。それは重責だ。息子にはよく言っておきます」
イギリス人ってこうやって個別に会うといい人が多いのよね。あのデイヴィッド(後のエドワード8世)以外はみんな普通の人だったわ。でも、その普通の人たちの集合が植民地を支配して、毎年何十万人も何百万人も餓死させているのよね。人間の業って本当に深いわ。
「よろしくお願いしますわ、叔父様。あ、それと週明けにロシアの国会で一つの法律が成立しますの。この法律は人類史にとって画期的な法律ですのよ」
「ほう、人類史にとってですか。やはり人種差別撤廃とかですかな?」
「そうですね。でもそれはロシア憲法にも入れましたし関連法も施行されているのです。我が国では制度上差別は存在しません。もし差別が発覚したら刑事罰が与えられるんですのよ」
「それはすばらしい。少なくとも50年は時代を先取りしておりますな。我がイギリスも見習いたいものです。では、今回の法律はさらに先進的な内容ということですか?」
「はい、その通りですわ。この地球上から一切の差別や戦争犯罪や虐殺を無くすための法律です。“人道に反する犯罪の処罰法”と言いますの。ロシア国内での反人道犯罪だけでなく、地球上のあらゆる場所であらゆる国籍の人間に対しても適用させます。例えば植民地における人種差別や虐殺、不作為による飢餓の発生を犯罪と定義してロシアによって処罰することが出来るようにします。また、ハーグ陸戦条約違反もロシアの法律で裁けるようになりますのよ」
「え・・・・しかし皇帝陛下、国外の外国人を裁くのは国家の司法権の原則に反しますよ?ロシアが人権を重んじるのは良いと思うのですが・・・・・・」
「叔父様、そんなに困った顔をなさらないで下さい。他国がロシアの法律を受け入れ無いと言うことは理解していますわ。だったら、有無を言わさず受け入れさせれば良いだけのことですよ。私、“大切な人を泣かせたら宣戦布告しますよ”って言いましたわよね」
「えっ?」
「私にとっては地球上の全ての子供たちが等しく大切なんですのよ」
「ははは、大切な人の為に宣戦布告とは古の神話を彷彿とさせますな。皇帝陛下はなかなか冗談がお上手だ。しかし、皇帝陛下の平和と人権に対する熱い想いは受け止めさせて頂きましたよ」
「あら、冗談では無くてよ。私が“鉄血女帝”と呼ばれているのはご存じ無いのかしら?うふふ」
◇
「皇帝陛下、バッテンベルク卿がお帰りの際、顔が真っ青でしたよ」
式典が終わってルスランが冷たいレモネードを持って来てくれた。ルスランは少し離れたところで護衛をしていたから、私と叔父様との会話が聞こえなかったのね。
「“人道に反する犯罪の処罰法”について脅してたのよ。植民地人を大切にしないと宣戦布告するわよって」
「そうでしたか。それでバッテンベルク卿があんなに真っ青に震えていたんですね」
「まあそうならないための唯一の解決策も示してあげたわ。今すぐ海外植民地を独立させて、今後100年間国家予算の10%を世界の貧困対策に投じなさいって。そうしなければイギリスはその何倍ものコストを支払わないとならなくなるわよってね」
アフリカやアジアの植民地に送った親衛隊から次々に届けられるレポートは、ちょっと信じられないくらい非道い内容で目を覆わんばかりのものだらけだった。こんな非人道的なことが日常的に繰り返されてるなんてありえない。宗主国人による拷問、レイプ、根拠の薄い事件での死刑、中にはスポーツハンティングをうかがわせる殺人など。レポートを読んだとき、私本当に過呼吸になって倒れちゃったのよ。完全に飢餓や差別の無くなった世界を経験している私には、今の時代は本当に耐えられない。植民地支配の歴史においてこの時期が一番惨いのかもね。工業化の原材料を強制的に作らせるから農地や労働力が偏って、ちょっとしたことで大量の餓死者が出るのよ。前世の私は植民地がこんな事になってるなんて知らなかったけど、知ってしまった以上放置できないわ。大戦が始まってしまったら、さらに食料の徴発が強化される。だから、出来るだけ早期に大戦を片付けて植民地の解放を迫らなきゃね。史実なら来月には大戦が始まっちゃうわ。
次回更新は水曜日予定です




