鉄血女帝アナスタシア 第五十九話
1914年6月15日
ウラル山脈近くの外国人立ち入り禁止区域
「皇帝陛下、これが本当に飛行機なのですか?」
シコールスキイ技師が制作したレイシキのデモンストレーション飛行を見ているルスランが、唖然とした顔で空を見上げている。口をあんぐりと開けてちょっと間抜けな表情よ。
空には銀色に輝く低翼単発飛行機が3機で編隊飛行をしている。レイシキ試作3号・4号・5号機ね。垂直尾翼に3・4・5とだけペイントしてあって国章なんかはまだ描かれていない。東の空から速度を上げつつ近づいてきて目の前で急上昇をする。そして見え無くなるくらいの高度まで上昇してから宙返りをした。
「そうよ、これが蒼龍の“ぼくの考えた最強のレシプロ戦闘機”なのよ」
星形14気筒エンジンで1800馬力あるらしい。最高速度は650km/h、急降下制限速度880km/hなんだって。武装は新開発の12.7mm機関銃を4丁装備していて控えめに言っても世界最強ってシコールスキイ技師が自慢していたわ。
この時代の飛行機の最高速度って150km/hくらいだからルスランが驚くのも当然ね。ちょっとオーバースペック過ぎるんじゃ無いかって思うんだけど「一人でも友軍兵士の犠牲が少ない方が良いでしょ」って蒼龍が譲らなかったのよ。本当は蒼龍が作りたかっただけなんだろうけど。エンジンや油圧機器なんかはルスランの実家の会社で開発した。ヤンコフスキー・グローバル・エレクトリック(JGE)社は今やロシア最大のコングロマリットに成長してしまったわ。もしかすると世界最大かも。傘下には製鉄・石油・鉱山・発電・電子・エンジン・造船・航空・自動車・農機具・肥料・穀物・新聞・ラジオ放送・ロケット・軍事部門・宇宙開発etcと幅が広い。一部では“JGEは国家なり”なんて呼ばれてるのよね。ルスランのお父さんが首相に就任したから、JGEの総裁は長男のギルベルト・ヤンコフスキーが務めてるわ。次男のドナーリドと三男のガヴリーラも幹部として力を振るってくれている。頼もしい限りね。
「エンジンや補機類をJGEで開発してくれたからです。全ての機体に無線機を用意してくれたのもすばらしい。おかげで機体の製造に専念できました」
シコールスキイ技師が言うには、設計図の通りにジュラルミン板を切ってプレスしてリベットで止めただけなんだって。エンジンや操縦系統の機器はJGEで生産するので良い感じに分業体制が出来てるのね。
ネジや合金の材質とかの規格統一もこの一年間でほぼ完了してる。蒼龍の策定したISO規格ね。この規格通りにネジや部品を作れば、どこの工場で作っても同じ製品が出来るようになった。まあ、実際はそうじゃ無いケースもあるんだけど工業省の役人が監査に入って指導をしているわ。おかげで工業生産は飛躍的に向上したわね。イギリスやフランスもこのISO規格を導入してくれたの。これで何処の国で作った部品でも同じように使えるはず。工業生産のグローバル化の始まりよ。
無線機の技術も飛躍的に進歩したわ。クーデターの時に使った無線機の量産型はヨーロッパにも大量に輸出されている。ロシアの技術(蒼龍の技術)によってヨーロッパの各国でラジオ放送が始まった。急速に安価なAMラジオも普及してきたわ。
「ラジオ技術をこんなに解放しても良いの?軍事に使われない?」って蒼龍に聞いたら「一般家庭にラジオが普及したら、戦争の恐ろしさが今まで以上に伝わってきますよ。前線の惨状を知れば厭戦ムードになるかもしれません」だって。やっぱり先の先まで考えてるわね。さすが蒼龍だわ。
「キュウナナシキカンコウとイチシキリッコウは今月末に初飛行予定です。地上でのねじり試験や耐衝撃試験もクリアしているので必ず成功します」
イチシキリッコウをベースにした輸送機型や旅客機型も製造予定だ。欧州大戦が起こらなければ、旅人を乗せて世界中の空を駆け巡るのよね。JGE傘下の航空会社で先ずは国内線から運行開始ね。日本まで航空路線が開通すれば毎週勝巳に逢えるわ。あーあ、戦争なんか起こらなければいいのに。
戦争を見据えて様々な兵器が開発されつつあって大量生産の準備も進めてるんだけど、本当はそういう投資が全部無駄になってくれればどんなに良いだろう。オーストリアも帝国内の各民族の独立を認めて、イギリスやフランスも植民地を解放してアジアやアフリカの発展に力を注いでくれれば戦争なんかしなくてすむ。誰も死ななくていいのよ。
そんな簡単なことが、蒼龍が作ってくれた20世紀後半の世界ではみんな当たり前にできていたことが、今の時代じゃどんなに望んだとしても大きな代償を支払わないと実現できない。人間ってなんて愚かなのかしら。
「アナスタシア、珍しく深刻な顔をしてどうしたんですか?」
量産化の打ち合わせに行っていたシャール(蒼龍)が戻ってきた。相変わらず一言多いわね。
「前世の祖国解放戦争(第二次欧州大戦)じゃ日本が主導してロシアがついていくって感じだったの。でも今回は私が先頭に立たないといけないのよね。それに、場合によってはイギリスとも戦火を交えるかもしれないんでしょ。そうしたら日英同盟で日本がロシアに宣戦布告する可能性もあるのよね?勝巳と戦うことになるわ。勝巳のお父さん、陸軍でしょ。戦闘で勝巳のお父さん殺しちゃったら、勝巳に合わせる顔が無いわ」
蒼龍はその可能性に一度も言及しないけど、実際の所どうなんだろう?露日戦争の時にはイギリスは参戦しなかったけど、同じように日本は参戦しない確証があるのかしら?
「そんな事考えてたんですか?日英同盟が発動する前にイギリスを降伏に追い込めば良いんですよ。イギリスが無くなれば日英同盟も自然消滅です。問題ありませんよ」
「・・・・・・・あのイギリスを一瞬で降伏?」
「そうですよ、一瞬です。ブリッツクリーク(電撃戦)ですよ」
「うふふ、そうね、ふふ、その通りね。ごめんね、ちょっと弱気になってたかも。そうよね、一瞬で蹴散らせばいいのよね。今ものすごく霧が晴れたような気がするわ。ありがとう、蒼龍」




