鉄血女帝アナスタシア 第五十八話
「グレイ代表。残念ですが私はあなた以上にイギリスのやってきたことや現状に詳しいんですのよ。ベルギーによる大虐殺の次の資料を開いて下さい」
資料を開いた参加者達は一様に眉根を寄せて顔をしかめているわ。資料にはアナスタシア親衛隊から数名インドに派遣して、現地の実情を取材してこさせたのよ。
「この写真はインドで今年の3月に撮られたものです。見て下さい。このやせ細った子供たちの姿を。取材に応じてくれた家族は食べるものが無くて7人生まれた子供のうち4人が餓死したそうです。次の写真は路上で死亡したまま放置されている女性の写真です。しかし、彼らが小麦やコメを作っていないわけじゃ無いんです。作った食料のほとんどは強制的にイギリスによって取り上げられて輸出に回されています。イギリスは本国の利益のため、インドで餓死者を出しながら食料を輸出に回しているんです。このような蛮行が今この瞬間にも行われているんですよ。これがグレイ代表のおっしゃられる“人間的な植民地経営”なのですか?」
グレイ代表がワナワナと震えながらページをめくったり戻したりしているわね。蒼龍の知識と親衛隊の行動力を舐めないで欲しいわ。
「バカな!これはねつ造だ!我がイギリスはこのような残酷なことを放置するはずがありません!」
グレイ代表はどうも本気で怒っている感じがするわ。インドの状況を本当に知らないのかもね。現地総督府によってこういう失政はひた隠しにされてるのかしら。
「グレイ代表、知らなかったのなら教えて差し上げましょう。1845年から1849年にアイルランドで起こったジャガイモ飢饉では100万人以上の人が餓死しました。ジャガイモの不作によってです。しかし支配者のイギリスはアイルランド人からジャガイモを奪って本国で消費しました。100万人以上を餓死させてもです。そしてその教訓が活かされないままインドで同じ事を繰り返しているのですよ。1866年には500万から800万人、1876年には700万から1000万人、1896年には200万人が餓死しています。このような大規模な飢饉はイギリスが支配するようになってからですよ。なぜなら、麦やコメの農地を強制的に綿花やジュートなどへ転作させたからです」
私の言葉を聞いてグレイ代表が顔を青ざめさせているわ。この人、イギリス人にしては意外とまともな人なのかもね。
「イギリスからの様々な抑圧に対して蜂起するインド人もいます。1872年にはマレル・コトラで牛の屠殺に反対する暴動が起きました。それに対しイギリス軍は無差別に発砲。数百人の死傷者を出して首謀者50人を逮捕。そして裁判を行うことも無く首謀者全員を大砲の前に縛り付けて、その大砲で粉々に粉砕したのです。生きた人間をですよ」
会場の参加者達もかなりドン引きしてるわね。資料にはかなり精密なイラストでその様子を描いてるのよ。蒼龍に絵の才能があって本当に良かったわ
「インド人にとって牛は神からの使い、神聖な生き物ですからね。そして昨年1913年末にもマンガルで集会を開いていただけの民衆を包囲して発砲しました。この事件では数百人から1000人の犠牲者が出たと言われていますわ。つい数ヶ月前の話ですよ」
「こ、これはインド総督府に確認します。こんな事が行われているなんて・・・何かの間違いに決まっています」
この時代には写真を電送する方法がほぼ無いわ。そしてイギリス本国とインドほども離れていれば、情報を遮断することなどたやすいのよね。
「グレイ代表、是非とも確認して下さい。このように海外植民地では非人道的な事が恒常的に行われております。私と、私の愛するロシア国民はこのような不条理を非常に憂いておりますわ。この会議において私は、ヨーロッパにおける平和のみならず全世界の人々の解放を訴えたいのです。ここに戦争それ自体の違法化に関する“不戦条約”と“人種差別撤廃条約”を提案いたしますわ」
蒼龍とルスランが議長の許可を得て条約の草案を各国の代表に配る。こういう国際会議だと普通は事前に根回しをするんだけど、そうすると開催前に握りつぶされちゃいそうだったのよね。だからイレギュラーな方法をとったの。
ロシアが提案した草案は突然だったので各国が持ち帰ることになった。日本やシャム(現タイ)なんかの有色人種国家は全面的に賛同の意を示してくれたけど、ヨーロッパ諸国やアメリカはあからさまに難色を示していたわね。まあこの会議で決まるなんて最初から思ってなかったからいいわ。今回の目的は民族問題によって大きな戦争が起こりうるとの警告と、ロシアが本気で自由と平等と平和を求めているという宣言を突きつけることだからね。その目的は十分に果たせたと思う。
会議はその後、紛争解決のルールの強化とか毒ガスの使用や非武装の市民に対する攻撃の禁止なんかのハーグ陸戦条約の一部改訂(規制の強化)が採決されて、一週間の日程が終了した。
◇
「ヨーロッパ諸国でも海外植民地を持ってる国とそうじゃ無い国でかなり温度差があるのよね。今回の会議じゃドイツやオーストリアの方がまともに思えてくるわ」
「ドイツとオーストリアは海外植民地を持っていませんからね。もし持っていたら同じ事をしてますよ。まあ、植民地獲得競争に出遅れたドイツとオーストリアがヨーロッパで勢力を伸ばす事を画策したのが欧州大戦という見方もありますけどね」
「出遅れたからって他国を侵略して良い理由になんかならないのにね。蒼龍、会議ではあんな感じで良かった?各国の代表をかなり怒らせちゃったけど」
「いいですよ。ロシアが平和と民族の解放に本気だって事が伝わったと思いますよ。それにアナスタシアの覇道の前じゃどうせみんな敵になるんですから」
「覇道ねぇ。短期間で諸問題を解決するには仕方がないのよね。イギリスが率先して植民地の解放をしてくれたら盟友になれるんだけど。そう簡単にはいかないのかしら?」
「“1000万人の飢えた人々を助けましょう“って言ったらみんな賛同するんですけど”助けるために食事を20%減らして下さい“って言ったら誰も賛同しないんですよ。見たことも無い人の為に不利益を受け入れる人はほとんど居ません。でも、今身を切る行動をしなければどうなるか、結果でわからせれば良いんです」
私の前世でこの時期蒼龍はミッチー達と机を並べて勉強をしていたのよね。つまりは普通の学生。外国人のほとんどいない日本だと植民地人の事があまり解らない。でも今世だと、虐げられている人たちのことをより身近に感じることが出来ている。ヨーロッパに来ていろいろな人に接してるから。オランダやフランスでも植民地人が奴隷のようにこき使われてるのよね。だからロシアを使って、無理をしてでもこの大戦で全てに片を付けようとしているような気がするわ。
「ねぇ蒼龍、バルカン半島の緊張状態はもう限界に達してるのよね。もし史実通り大戦が起こったら、起こらない方がもちろん良いんだけどもし起こったらね、この大戦を最後の世界大戦にしようね。それまで、最後まで一緒に戦ってね。絶対よ」
「もちろんですよ、アナスタシア。オレ達は共犯者です。リリエルも最期まで付き合うって言ってますよ」
「うふ、ありがと、蒼龍。あ、もちろんルスランもね。三人で必ず世界を平和に導きましょう」
「はい、皇帝陛下」




