鉄血女帝アナスタシア 第五十六話
1899年にオランダのハーグで開かれた第一回万国平和会議って、お父様のニコライ二世が呼びかけて開催されたのよね。1853年クリミア戦争、1877年露土戦争、トルクメニスタン征服なんかでロシアが疲弊してきたから列強を巻き込んで軍縮を目指したの。国際紛争平和的処理条約が締結されて常設仲裁裁判所が設置された。それにもかかわらず1904年には日露戦争が起こっちゃったんだけどね。
※常設仲裁裁判所 2026年現在も存続
1907年の第二回万国平和会議では戦争の方法が定義された。最後通牒と宣戦布告の義務が謳われたのよね。でもこの会議のせいで、最後通牒をすれば戦争をしてもOKみたいな雰囲気になっちゃった気がするのは私だけ?
1914年5月下旬
オランダ ハーグ
「参加国のみなさん、ここに、第三回万国平和会議の開催を宣言します」
なんとか欧州大戦が起こる前に平和会議の開催に漕ぎ着けることが出来たわ。史実では1915年に開催が予定されていたけど、大戦が始まってそれどころじゃ無くなったのよね。今日この会場には世界49カ国の代表が集まってる。前回の44カ国から五カ国増えてるわね。呼びかけ人は私だけど、議長はオランダの外務大臣がしてくれてる。ロシアからは皇帝の私と外務大臣が参加してるけど、他の国は外務大臣や駐ヨーロッパ大使の参加ね。日本からは本郷陸軍中将と駐オランダ大使が来てるわ。まあ国家元首が出てくるような会議じゃ無いんだけど、私としては平和に対する断固とした決意を発表する必要があるから来たわよ。もちろんアズナヴール男爵子息にもオブザーバーとして来てもらってる。
そして大国イギリスからはグレイ外務大臣が参加してるんだけど、その隣に座ってる人物が私の事を親の仇でも見るような目で睨んでるわ。お父様、何でこんな所に来てるの?
「初めましての方も多いと思いますが、わたくし、イギリス代表の外務大臣エドワード・グレイと申します。そしてイギリスのオブザーバーとして第一回万国平和会議を呼びかけられたニコライ二世閣下にもお越し頂いております」
紹介されて立ち上がったお父様は他の参加メンバーにバウ(ヨーロッパ式のお辞儀)をするわけでも無く右手を軽く挙げてまるで皇帝のような挨拶をしているわ。見ていてちょっと痛々しい。
お父様はイギリスでロマノフ大公(公爵)の爵位をもらっている。公爵は王族の親族に与えられる爵位なんだけど、実際イギリスの現国王ジョージ5世とお父様って従兄弟同士なのよね。ちなみに、お母様とジョージ5世も従兄妹同士なの。さらにドイツ皇帝のヴィルヘルム二世はジョージ5世とお母様と従兄弟同士なのよね。ヨーロッパ王族の血縁関係って複雑怪奇だわ。
つまり第一次欧州大戦って、ロシア・イギリス・ドイツの従兄弟同士で大戦争をしたのよね。ほんとバカなことを良くやるわ。しかも、お父様とジョージ5世は一卵性双生児かってくらいそっくりなの。私が見ても一瞬見間違えるくらいよ。
実の父親が娘の私のことを親の敵を見るような目で見てるって変な言い回しだけど、実際それくらいの視線を送ってきてるわ。欧州大戦が終わった後に素知らぬ顔をしてふらっと会いに行こうと思ってたんだけど、まさかこんな形で再会するなんてね。まあでもここは公人として、ただのイギリスのオブザーバーの人として対応しましょうか。
「私の呼びかけに世界中の国々が応えて頂き感謝いたします。一昨年の伊土戦争、昨年一昨年のバルカン戦争では多くの人たちが犠牲になりました。万国平和会議で設立された仲裁裁判所があるにもかかわらず、機能しなかったことは誠に残念でなりません」
今回の会議には、これらの戦争の当事者になった国の代表も参加している。一番不満を持ってるのはオスマン帝国なのよね。伊土戦争とバルカン戦争でかなりの領土を失ってるから。まあ、オスマン帝国最盛期にヨーロッパやアフリカにまで領土を広げていたツケを払わされただけなんだけど。
「よろしいかな?」
発言を求めたのはオスマン帝国の代表エンヴェル・パシャ陸軍大臣ね。
「そもそもバルカン戦争ではロシアがバルカン諸国を煽ったから戦争が起きたのをお忘れか?ロシアは自国での南下政策が頓挫したかわりに、バルカン諸国を使って我が国の領土を侵した!さらにセルビアと密約を結んでボスニアのセルビア人地域を独立させようと画策しているとの情報がある!平和と国際協調を国是とする我が国は良心的なオーストリアとドイツと連携し、ロシアの野望を押さえ込もうとしているのだ。世界の平和を乱している元凶が平和会議などと笑わせる」
あー、それね、ロシアの陰謀説ね。実はね、その通りなのよ。バルカン戦争はロシアがバルカン諸国を焚きつけたのよね。だからまあオスマン帝国の言いたいことも解るんだけど、それは過去の話よ。
「バルカン戦争をロシアが影で操ったなどと謂われの無い誹謗は止めて頂けるかしら?オスマン帝国の武力によって不当に支配されているバルカン諸民族から助けて欲しいと請われたので助けたまでです。そもそも、他民族を武力によって飲み込んでおきながら本国と同等の公民権を許可しないという卑しい体制に問題があるのではなくて?」
私が皇帝になってからはロシア帝国内の少数民族に対して法律的な差別は一切無くなったわ。ウクライナ語やポーランド語の禁止令も撤廃したし。それに各民族は自治区への移行が進みつつあるのよ。
「卑しいだと?」
「ええ、醜く卑しい行為ですわ。武力で他国や他民族の地域に攻め入って占領し支配する事に、何の正統性がありましょうか?そういう輩のことをどう言うか知らないようなので教えて差し上げましょう。一般的には“強盗団”と言うのですよ。国家ぐるみの強盗団ですわ。いえ、強盗団が国家を運営していると言った方が良いのかしら?」
「ふざけるな!“武”を示し世界に“覇”を唱えることの何処が卑しいのだ!それならばイギリスやフランス、この平和会議などと言う茶番を開催しているここオランダの海外植民地はどうなのだ!?ロシアも領土を東に拡張してきただろう!」
オスマン帝国のパシャ陸軍大臣、ヒートアップが早いわね。さっきは国際協調を国是としているって言ってたような気がしたんだけど、世界に覇を唱えることと矛盾しない?カルシウムが不足してるんじゃ無いかしら。




