第7話 リングサイクロトロン旭
午前11時
核理研管理棟2階会議室。
跡夢ツアーのプレゼンテーションが行われている。
黒須君が立ち上がった。
「黒須友麻です。大宮総合高校から来ました。
帝大理科一類を目指しています。
志望は原子力です。
将来、核理研に入りたいと思って参加しました。
よろしくお願いします!」
古ぼけた会議室に大きな拍手が上がった。
偉い
参加目的が正当。
梨奈と須藤。
不純な動機で参加した女二人。
座ったまま名前と学校名を告げ頭を下げただけ。
「黒須、帝大に入ったら、すぐに来い!
核理研には、寮がある。跡夢寮だ。
部屋は空いてる。飯も美味いぞ!」
司会役の仁科さんが嬉しそうに叫んだ。
早くも呼び捨て。
「岡林、須藤。お前らもだ。
アホ親父に愛想が尽きだろう。
跡夢寮に住め。
ジョージさん、オッケーですよね?」
個人情報を晒さないででもらいたい。
黒須君が怪訝な顔をしている。
「仁科さん、もうすぐお昼だよ」
所長のジョージさんが飄々と応えた。
「早いとこプレゼンをして千鶴さんと彩佳さん特製の跡夢弁当、食べようよ」
ジョージさんは室内なのにサングラスを掛けたまま。目が悪いのだろうか。
「そうだ、跡夢弁当だあ!」
仁科さんは窓に視線を向けた。
窓の向こう、守衛室の裏手に見える四階建てのお化けがでそうな建物が跡夢寮。
隣には核理研の食堂がある。
「千鶴さんと彩佳さんは、核理研の食堂を40年もやっているんだ。
跡夢弁当。久しぶり、楽しみだあ」
ずる
涎? 仁科さんが口を拭った。
仁科さんは超美人。胸も大きい。
しぐさがもったいない。
「さっさとやっちまおう」
仁科さんがパソコンをタップした。
SHOW MUST GO ON
会議室に英文が浮き上がった。
「ショー・マスト・ゴー・オン。
核理研のスローガンだ。
ショーが始まったら、なにがあっても続けなければならない。
研究も同じってことだ」
SHOW MUST GO ON
文字が回転した。
うわ!
会議室に放射状に並べられた5つの箱が浮かび上がった。
3D映像。
赤 青 黄色 緑 紫
箱は5色に分けされ、銀色のパイプで繋がっている。
「戸山にあるリング・サイクロトロン旭だ」
凄い
3D映像がリアル。
ゴーグルなし。目の前に装置があるように見える。
「旭は5つの電磁石でイオンを加速してターゲットにぶつける。
最大の加速エネルギーは陽子で500eMV。
光速の70%まで加速できる」
旭
3D画像がロゴに変わった。
赤 青 黄色 緑 紫
旭のロゴが5つの色に変異。回転する。
「核理研の3Dディスプレイは、旭で得られた原子核のデータを立体的に視るために作ったんだ。
開発したのは、あそこに座っている技官の小岩和也。
趣味はゲーム。28歳独身。跡夢寮に住んでいる。
服はネット・ゲーム仲間からの貰い物。
カズナリ、何かある?」
「何もねえよ」
部屋の隅から声がした。
痩せた男の人。目が大きい。
上下が合わない奇抜な服を着ている。
「なんだよ、せっかく若い子が来たのに」
仁科さんは呟くとパソコンを叩いた。
映像がサイクロトロンに戻った。
「旭の電磁石は常伝導だけどポテンシャルが凄いんだ。
それでは、旭のリーダー、三鷹智教授。
ご挨拶と旭の紹介をお願いします!」
パチパチパチ~
仁科さんが拍手をすると小岩さんの右手に座っている男性が軽く頭を下げた。
「どうも」
俯いたまま黙っている。
「どうもだけ?」
仁科さんがずっこけた。
「あなた、リーダーでしょ。
もっと、旭の紹介、してくださいよ」
「だって、こういうの苦手だもん」
なんなの? この人
三鷹教授は梨奈の父より若い。
グレーのTシャツ。
髪はサイドを刈り上げてツー・ブロック。
前髪を上げて七三に分けている。
「しょうがないんじゃねえ、この人は」
小岩さんが苦笑いを浮かべている。
「三鷹教授は、ぼ~としているけど、ホントは凄い人なんだ」
仁科さんが梨奈たちに顔を向けた。
「教授はウランの採掘の研究で海外に派遣されていたんだ。
教授が開発した高性能の火薬は、智火薬って呼ばれているんだぞ」
ウランの採掘に火薬を使うの?
3D映像が変わった。
わあ~
青い海と海岸の映像が会議室に広がる。
綺麗~
砂浜に連なる松林の奥に建物が見える。
「高萩研究センターだ。
センターは、高速増殖炉の研究、使用済み核燃料の処理方法の研究、プルトニウムの有効利用の3つの分野に分かれている」
映像がズーム。
円筒形の建物が映し出された。
「高速増殖炉の研究炉ジュニアだ。
高速増殖炉研究開発事業団さんと共同で造った」
Jr
側面に大きな文字が描かれている。
「ジュニアはデビュー前の研究生。
指導しているのは、センター長の八王子秀明教授で~す」
うわ!
古ぼけた会議室にイケメンが出現した。
白眉最良
イケメンが微笑んでいる。
「ハッチ―も戸山に来ればいいのにねえ」
お婆さんの声がした。
「だめだよ、あの子、出不精だし」
隣に座るお婆さんが応じている。
何者?
「明美ちゃん、私らの紹介もしてよ」
最初に声を上げたお婆さん。
「ジョージに押し付けられた仕事、やっと、終わったんだからさ」
所長を呼び捨て。
ピンク キラキラ お花
お姫様衣装
「失礼しました」
仁科さんが慇懃にお辞儀をした。
「ポンコツ対応はお任せ。
核燃料再処理の専門家、中井速星教授、で~す」
「黒須く~ん、よろしく~!」
中井教授が黒須君に手を振った。
黒須君を見る目がいやらしい。
「お隣はプルトニウム成形の達人、渡辺春野教授です」
渡辺教授がにっこりとほほ笑んだ。
美魔女
年齢不詳
「高萩に入るには、IDカードと静脈認証が必要だ。
後で写真と人差し指のデータを取る」
仁科さんが須藤に顔を向けた。
「須藤、髪型、それでいいか?」
「ありがとうございます」
須藤が嬉しそうに応えた。
「助かりました。とっても気に入っています」
須藤は可愛いショート・カットになっている。
「忍さん、相変わらず、腕がいいわねえ」
美魔女、渡辺教授が呟いた。
「ナイトメアのスタイリストだけあるよ」
中井教授が相槌を打つ。
忍さんは戸山団地に住んでいるお婆さん。
須藤のギザギザ頭を整えてくれた。
ナイトメア
どこかで聞いた。
なんだっけ。
映像が変わった。
「高萩へはこのトレーラーに乗せてもらう」
トレーラーが浮かび上がっている。
「海生研、国立海洋生物研究所のトレーラー。エリカ号だ」
側面にはクジラの大きなイラスト。
「ドライバーは、あちら、井草エリカちゃん、で~す」
仁科さんが小岩さんの隣に座っている若い女性を指さした。
小麦色に焼けた綺麗な人が、小さく手を振る。
胸が大きい。白いTシャツのクジラのイラストがゆがんで見える。
映像は青い海に浮かぶ白い船。
「海生研の調査船トキオ丸Ⅱだ。建造に核理研も協力した。核爆発に耐えられる」
のっぺらぼうな船。つるんとしている。
「エリカ号は研究者や物資を、あちこちに寄港するトキオ丸に運んでいる。
獲れた魚を運ぶ生簀もあって、揺れないようにダンパーが付いているんだ。
原爆だって運べるんだぞ。
今、核理研では、すっごいプロジェクトが進んでいるんだ。もうすぐ、げん」
「ゴ、ゴホン!」
何?
大きな咳払いがした。
「ゴホ、ゴホ」
ジョージさんが口に手を当てている。
「うん、うん」
ジョージさんは拳を口に当てるしぐさをすると仁科さんに顔を向けた。
「仁科さん、先、進めて」
あれ? どうしたんだろう。
仁科さんが固まっている。
まるで、犬のうんち、踏んだみたい。
「すみません、気を付けます」
仁科さんはジョージさんに頭を下げると座った。
「え~と、なんでしたっけ」
焦っている
「そうだ、これでした」
仁科さんがパソコンに顔を落とした。
「エリカ号は大洗に寄港しているトキオ丸Ⅱから茨城沖で獲れた魚を運んできました」
棒読み。
どうしたんだろう。
中井教授、渡辺教授の表情も固い
「え~と、戸山には海水と同じ濃度に保たれているプールがあります。
核の廃棄物を海に捨てることを想定して、どんな容器がいいのかを検証しています」
ごまかしているみたい。
映像が青いプールに変わった。
パラソル
麦わら帽子
釣りをしている人が映っている。
「エリカ号が運んできた魚は、プールに放たれて飼育されています。
海洋投棄実験の一環です。管理しているのは三鷹教授です」
仁科さんがパソコンから顔をあげた。
あれ?
仁科さんの顔が明るい。
「教授、釣れました?」
画像が変わった。
三鷹教授の笑顔
麦わら帽子を翳している。
「おう! 釣れたぜ!」
会議室に三鷹教授の明るい声が響いた。
「彩佳さんに渡しといた。
お昼にみんなで食べてくれ」
「お腹が空きました」
美魔女が呟いた。
「ジョージ、早く食堂に行こう。
千鶴さん、待っているよ」
中井教授が続く。
「了解です」
ジョージさんが応え、プレゼンテーションはお開きになった。
食堂には梨奈の祖母くらいの女性が待っていた。
千鶴さん
彩佳さん
食堂を切り盛りしているお婆さん。
跡夢弁当はとても美味しかった。
三鷹教授が釣った魚は金色。
不気味。
誰も箸を付けない。
「三鷹教授の魚なら私が食べる!」
仁科さんが全部、平らげた。
お腹、こわさないかしら。
仁科さんは何を言いかけたのだろう。
もうすぐ、げん
ひっとして、原爆?
衣偏に谷の杉沢裕がアナウンスしていた。
『原爆なんか団地の前の核理研で簡単に造れます』
核理研で原爆を作っているの?
まさかね
梨奈は食堂を見渡した。
核理研は管理棟も中央研究棟もぼろい。
食堂も古ぼけている。
中井教授、渡辺教授もお婆さん。
三鷹教授は、若いけれど、釣り地蔵。
原爆なんか作れるはずがない。




