第6話 プルトニウムを分けてください
はい?
須藤、なにを言い出す。
援交。援助交際
淫行
小さい女の子とアレ、すること?
「親父の奴、スマホ、開き放しでトイレに行ったんだ。
そしたら、LINEが鳴ってさ。
何気に見たら、裸の女子がピースサインしてやがんの。
なにこれ! って叫んだら、ママが通り掛かって、大騒ぎ」
男の人たちはみんな黙り込んでいる。
セミの声だけがしている。
誰かなんか言ってよ。
空気が重い。振り払わなきゃ。
梨奈は口を開いた。
「それは、いつ頃の、話、なんですか?」
相手はハサミ女。
顔色を伺いながら尋ねる。
「今週の月曜日」
須藤は淡々とした口調で答えた。
「海の日の夜、10時ころだったかな。おかげで、その夜は眠れなかった」
電車ジャックと同じ日、同じ時間。
梨奈も15日の夜は、心配で、一睡もできなかった。
「お父さんにも困ったものだねえ」
所長さんがのんびりとした口調で須藤に話し掛けた。
「なんで、中学生ってわかったの?」
所長さん!
困った、で済む問題ですか!
「写真の子、中学の水泳部の2年後輩だったんです」
須藤が唇をかんだ。
「顔と胸みて、すぐに判りました。
昔から胸がでかい奴だった。
インスタで知り合ったそうです」
涙ぐんでいる。
悔しかったのだろう。
梨奈の父が同じことをしたらスマホを折るくらいでは済まさない。
「親父はなんにもしていない、写真だけだって言っているだけど、家ン中、もう、ぐしゃくしゃ。
家に火、付けて家出してやろうかなって思って学校に行ったら、このパンフが掲示板に貼ってあったんです」
跡夢ツアー
涙を拭うと須藤は足元のスポーツ・バッグから、パンフレットを取り出した。
「親に行きたいって話したら、なんにも聞かずにハンコ、押してくれました。
親父も、おじいちゃんも医者で、後を継げって言われているんですけどね」
医者の家系か。
よく見ると須藤は賢そうな顔をしている。
「そりゃよかった」
所長さんが麦わら帽子を被った。
なにが、いいんだ!
「実は参加者、ずっと一人だけだったんだ。
おととい、須藤さんと岡林さんの申込書が届いて、これでツアーができるって、みんな、喜んだんだよ」
え?
参加者は3人だけ?
「岡林さん、帰らないでよ。
文系の人、大歓迎。いろんな人に研究所、見てもらいたいんだ」
所長さんが梨奈に笑顔を向けた。
「茨城はお米も魚も美味しいよ。
常陸牛のバーベキューも用意している」
ごくり
梨奈は唾を飲み込んだ。
常陸牛、美味しそう。
でもなあ
参加者が少なすぎる。
姿が見えないもう一人の参加者は、たぶん、理系。
理系二人がつるんだら梨奈は独りぼっち。
梨奈は人数合わせ
やっぱり、帰ろうかな。
「おじさん!」
ビク
大きな声。
須藤が所長さんに詰め寄っている。
「おじさん、所長さん、ですよね?
私に原爆をください!」
須藤、また何を言い出す
所長さんの顔から、笑顔が消えた。
「プルトニウムでもいいです。
私に分けてください!」
須藤は唇を震わせている。
「放射能、浴びてもいいように、髪、切ってきました。
自分で、原爆を造ります!」
高校生でも造れるの?
「こら! お前!」
大きな声がした。
「真昼間から、国家機密を暴露するんじゃない!」
背の高い若い女の人が立っている。
わあ~
綺麗な人
Tシャツ、ショートパンツ、スニーカー。
すらっとした長い脚が夏の太陽に輝いている。
跡夢
白いTシャツの赤いロゴが大きな胸で、はちきれそう。
「私は仁科明美。
この研究所の助教、昔の言い方だと助手だ」
帝大の先生?
「今日から5日間、お前らをアテンドする。
よろしくな」
真っ黒なショートボブ
ぱっつん前髪
整った顔立ち
モデルさんみたい。
仁科さんは須藤の足元のスポーツ・バッグに視線を向けた。
「お前、善光寺高校から来たのか。須藤だな。
原爆を造る?
お前、造って、どうするつもりだ」
仁科さんは腰に手を当てると須藤を覗き込んだ。
須藤より頭一つ大きい。
言葉遣いは乱暴。
大きな目で見つめられると、ちょっと怖い。
「家で爆発させます!」
須藤は顔を上げると、きっぱりとした口調で答えた。
「私、親父ごと、吹き飛ばしてやりたいんです!」
「やめとけ」
仁科さんがひらひらと手を振った。
「長野で核実験をしたら、善光寺が消える。
極楽往生ができないって、爺さん婆さんが悲しむぞ」
消えたら困る
善光寺はマミクトイの聖地。
千葉さんが口に手を当てて囁いた。
「仁科さん、言葉使いは丁寧に」
「わかっているよ、千葉ちゃん。
名前に、さん、君付けだな」
仁科さんが梨奈に顔を向けた。
「すると、お前、じゃない、あなたが岡林、さんか」
ぞく
なんか、ちくはぐ。
「セーラー服か、いいねえ。
アトムちゃんは、元気か?」
え?
仁科さん、亜十夢ちゃんを知っているの?
「亜十夢ちゃんとは、学生の時、高萩で一緒に実験をしていたんだ。
参加者が一人じゃツアーが出来ないんで、先週、亜十夢ちゃんに電話をしたんだ」
帝大の研究所にいる亜十夢ちゃんの友達
仁科さんだったんだ。
「そしたら、凄いな、3人も応募があったんだって?
親友ってのは、ありがたいね。
さっすが、亜十夢ちゃん。
教育者の鑑だよ」
やばい
埼玉一女の応募者3名の目的。
梨奈は逃亡
茜は梨奈の水着姿
香はナンパ
梨奈は物理に疎い。
亜十夢はどんな教育をしているんだ
ツアーで頓珍漢な受け答えをしたら亜十夢ちゃんが悪く思われる。
どうしよう。
やっぱり帰ったほうがいいかな。
あれ? 誰か来た。
「跡夢ツアーに申し込みました大宮総合高校の黒須友麻です。
受付、こちらでよろしいですか?」
守衛所にリュックサックを背負った男子が立っている。
「受付は管理棟だけど、ちょうどよかった。
私は仁科明美、跡夢ツアーのアテンダーだ。
そこにいるのが所長のジョージさんと管理部の千葉ちゃん、守衛の箕面さんだ」
仁科さんが梨奈と須藤に顔を向けた。
「こっちの二人が跡夢ツアーの参加者、岡林と須藤。
両手に花。いいねえ」
うっそ
梨奈は、ぽかんと口を開けた。
小学校と中学が一緒だった黒須君?
「そういや、黒須と岡林の住所、さいたま市見沼区薄野って同じだけど、知り合いか?」
黒須友麻
名前は校内テストや北辰テストの成績優秀者でよく見掛けた。
キャーキャー騒いでいる女子もいた。
梨奈の家は、薄野1丁目の住宅街。
黒須君は、5丁目の新しいマンション。
1丁目と5丁目は通学路も別。
遊ぶ公園も仲間も違う。
クラスも違った。
黒須君が進んだ大宮総合高校は、帝大に毎年何人も合格者を出している埼玉でも有数の県立進学校。
言葉を交わしたことはない。
でも
チャンスだ!
梨奈は前に進み出た。
「岡林梨奈です。
薄野中の黒須君だよね?
小学校も一緒だった」
ニコ
黒須君が微笑んで頷いた。
サラサラの髪。
すっきりした体型。
綺麗な瞳。
帰るのは止めた!
お地蔵さま、機会を与えてくださってありがとうございます。
梨奈は、がんばって黒須君を彼氏にします。
どうか、見守ってください。
梨奈は心の中で、赤いキャップを被ったお地蔵さまに手を合わせた。




