第3話 地下鉄千代田線国会議事堂前駅
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7月15日月曜日
海の日
21時52分
東京メトロ千代田線国会議事堂前駅。
我孫子行が、動かない。
今夜は赤坂ACTシアターでのマミクトイのミュージカル仕立てのライブだった。
やばい
家に着くのが23時を過ぎる。
母に叱られる。
出かけるとき、母から嫌味を言われた。
「高校生が夜の赤坂なんか歩いていいの? 校則違反でしょ?」
いちゃもんだ。
埼玉一女の校則には、スカート丈は膝下が推奨とある。
夜の赤坂を歩いてはいけない、なんて、書いていない。
母は「お父さんの転勤で家が大変なのに、マミクトイのライブなんか行って」と、やっかんでいるんだ。
大宮は北関東随一の歓楽街。
ホストクラブがひきしめいている。
大宮駅西口には駿台と代々木ゼミナール、東口には河合塾がある。
赤坂がダメなら、埼玉の高校生は夜間講習に行けない。
あれ?
梨奈は地下鉄の窓に目を向けた。
赤い帽子
赤いマスク
赤いTシャツ
赤いパーカー
マミクトイのリーダー飯縄優子仕様に赤く纏めた梨奈の姿が映っている。
なんだろう
窓の向こう、ホームをたくさんの人が駆けている。
ゴフノフさん
マミクトイのファン。
赤 黄 緑 ピンク 紫
ホームがマミクトイのメンバーカラーに染まっている。
人身事故でも起きたのか
なんで車内アナウンスをしないのだ。
うわ! なんだ?
黄色いパーカーを着た男が梨奈の車両に駆け込んできた。
ハーフパンツ
スニーカー
黄色。
マミクトイの若大将、カスミン、妙高架純カラーの色で全身を纏めている。
「なに、している! 早く逃げろ!」
カスミン推しの男が大きな声で叫んだ。
「ハイジャックだ!」
ハイジャック?
カスミン推しのおっさん、なにをほざいているの。
逃げろって
どこに?
「あ~あ~、聞こえますか?」
車内に間延びしたアナウンスが響いた。
「千代田線にご乗車の皆さん、夜分遅くに失礼致します。
私、スギサワユタカと申します。
ユタカは、衣偏に谷です。
スギは花粉症の原因と嫌われていますが、水を呼びます。
沢を作り谷をうがち田畑を潤します」
杉沢裕
自己紹介が諄い。
「都営戸山団地に住んでいます。
建物も住んでいる人も古ぼけています。
UFO基地みたいな給水塔が目印です』
爺さんの声。
誰?
カスミン推しの黄色のおっさんもあたりを見渡している。
「今日は団地の自治会の役員会でした。
会長のトクダさんはお酒が大好きです。
役員会が終わった後、一升瓶が出てきました。
私は冷や酒が苦手なんですけれど、どんどん飲まされちゃいました。
食堂の賄をやっているサヤカさんが作ったおつまみも美味しかったです』
「だから、なんなんだよ」
笑顔が一番
レミちゃん
梨奈の隣、レミちゃん、斑尾レミ推しの紫の男性が苛立たし気に呟いた。
まったくだ
杉沢裕は何を言いたい。
「飲んでいて思い出しました。
今日はミユキーの誕生日です。
皆さん、ミユキーを覚えていますか?
ナイトメアのセンターでした。
ミユキーと言えば三権分立の時計塔。
私は、モモエちゃんが好きだったんですけど、いてもたってもいられず駆けつけてきました」
話が諄い!
ミユキーって誰?
知らないんですけど。
生理は終わっていない。
イライラしてきた。
ナイトメア?
悪夢だよ。
「国会前庭は真っ暗で入れませんでした。
5時半で終わりなんですね。
無駄足でした。ははは~」
何がおかしい!
梨奈は立ち上がった。
「帰ろうと思ったんですけど、いい機会なので、車掌さんにお願いして、マイクをお借りしています」
ライブの気分が台無し。
爺さん、勝手に演説するんじゃないわよ。
文句を言ってやろう。
梨奈はホームに降りた。
ホームは緩くカーブしている。
梨奈が乗っていた車両からは車掌のいる後ろの車両は見えない。
「皆さん、ご存じですか?
国会議事堂前駅は核シェルターなのです。
真上で原爆が爆発しても大丈夫です。
国会議員や官僚の避難所なのですが、皆さんも避難しましょう」
ますます腹が立ってきた。
大宮の梨奈の家から国会議事堂前駅に来るのに、2時間、掛かるんだよ。
杉沢は助かるかもしれない。
梨奈は間に合わない。
どうしてくれる!
後ろの車両が見えてきた。
人だかりができている。
なんだ、こいつら。
なんで誰も注意をしないんだ。
「奈良首相は憲法を変えました。
自衛隊は国防軍になりました。
奈良さんが次に狙うのは日本の核武装です」
ホームにも杉沢の声が響いている。
なんで、奈良首相の野望を、地下鉄を止めてまでアナウンスをする。
梨奈に関係ないでしょ。
「核武装を奈良さんは否定しています。
騙されてはいけません。
日本にはプルトニウムがたくさん貯蔵されています。
原爆なんか団地の前のカクリケンで簡単に造れます。
ただ、核実験を行う場所がありません」
「だから、なんなんですか!」
梨奈が叫ぶと、一番後ろの車両を囲むように立っている男どもが振り向いた。
「いいかげんにしてください!
迷惑なんですけど!」
かまきりオカリナの声はよく通る。
「みんな、早く帰りたいんです!
言いたいことがあったら、国会で言ってください!」
「伏せろ!」
大きな声
梨奈はとっさにしゃがみこんだ。
バーン!
閃光と爆音が響く。
「確保!」「制圧!」
怒号が飛び交っている。
なんだかわからないけれど、やばい。
梨奈はホームを駆け出した。
白煙が立ち込めている。
地下鉄の車両から残っていたゴフノフさんたちが飛び出してくる。
「そこの人、ちょっと待って! 赤い人!」
後ろから大きな声がした。
梨奈のこと?
私、悪いことした?
注意したのが、まずかったかしら。
だって生理なんだもん。
逃げよう
「あっちだ! 国会議事堂方面に向かえ!」
前を走るピンクのおじさんが指さした。
マミクトイ最年少、黒姫綾瀬推し。
国会議事堂方面改札 出口1ー4
カーブしたホームの先に黄色い看板。
エスカレーターは止まっている。
狭い階段、踊り場。
赤 黄 緑 ピンク 紫
贔屓のメンバーの色を纏ったゴフノフさんで溢れている。
丸ノ内線にたどり着いた。
ダメだ。
止まっている。
どうしよう、家に帰れない。
梨奈は泣きそうになった。
夢なら覚めて。
ナイトメア、まさに悪夢だよ。
「日比谷線は動いているぞ!」
ガラガラ声がした。
「霞が関駅に行こう。2番出口だ!」
黒いおじさん。
太ってメガネをかけている。
箱推し
全員を推すおじさん。
「改札口はオープンだ!」
緑のニット帽、緑のマフラータオルの男性が叫んだ。
緑の法被に戸隠桃花の笑顔が躍る。
「Suicaを翳さないで通れるぞ!」
赤 黄 緑 ピンク 紫
プラス黒
梨奈はゴフノフさんに埋もれて地上に出た。
あれ? 国会議事堂
ライトアップされ、暗い夜空に煌々と輝く国会議事堂を見上げて梨奈は腹が立ってきた。
国民なんかどうなってもいいの?
誰も逃げ惑うゴフノフさんを誘導しようとしない。
誰か原爆をください。
国会議事堂、吹き飛ばしてやる。
梨奈はゴフノフさんに囲まれて日比谷線霞が関駅に向かった。
家に帰ったのは零時近かった。




