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第2話 跡夢ツアー

「損な性格だねえ。

 黙っていればいい女なのに」


 教室に戻った茜が梨奈の前の自分の席にどかっと腰を下ろした。


「校長、怒っていたぞ。生理(あれ)か?」


 生理(あれ)ですよ生理(あれ)。

 

 梨奈の生理は軽いが、始まってから二、三日は、イライラが酷い。


 討論会は梨奈の叫びにより解散。

 ホーム・ルームを受けて下校になる。


 梨奈は左手に握ったシャープ・ペンシルをノックした。


  夏休み予定表


 全日程空白。


 茜は親指と人差し指でフレームを作った。


「卵型の輪郭。

 透けるような白い肌。

 二重の瞼。

 ストレートの長い黒髪。

 姫カット。


 オカリナ、

 君は一女始まって以来、

 百年に一度の美少女だよ。


 左利きってのが、最高だね」


  岡林梨奈

  略して、オカリナ


 長い髪は自慢だ。

 左利きは不便。

 ナプキンも右側に縛り目があるタイプを探さなくてはならない。


「4月6日生れ牡羊座。

 身長158センチ。

 体重54キロ。

 すっきり伸びる長い脚」


  52キロだ


「血液型AB型。

 全校生徒を敵に回しても怯まない性格。


 反逆の処女。


 我ながらいい題名だ」


  馬鹿言ってんじゃねえ


「討論会の写真を投稿するつもりか? 

 投稿するなら、モデル代をよこせ。

 払わないなら、消去しろ」


  反逆の処女だと? 


 おかしな題名を思いつきやがって。お前だってバージンだろうが。

 

  男なんかに負けてたまるか! 


 梨奈は小さい頃から男子と張り合ってきた。


  カマキリおかりな


 梨奈の小学校の綽名。


 反逆の処女が加わったら、一生バージン間違いなし。


「突っ懸かるなよ。写真部の合宿、考えてくれた? オカリナの参加費は無料だぞ」


 ショート・カットに黄色いカチューシャ。


 茜が身を乗り出した。

 写真部の合宿は7月29日から。

 場所は江の島。


 茜の狙い。

 梨奈の水着姿


  誰が行くか


 胸がない梨奈は水着が嫌い。


「江の島なんか行っている暇はない。転校するかもしれないんだ」

 シャープ・ペンシルで頭を叩きながら梨奈は呟いた。


 父が7月に福岡に転勤になった。

 取締役九州支店長。父の実家は小倉。


「みんなで九州に戻るぞ!」


 父は、家を売り、母と一人娘の梨奈を連れて福岡に引っ越す計画を勝手に立てた。


 母の要介護の両親、梨奈の祖父母は埼玉県営住宅に二人暮らし。


「私の親の面倒は誰が見るのよ!」

「特養に入ればいいんじゃん」


「せっかく入った埼玉一女を辞めたくない!」

「一女なんてダサいたま。福岡にはいい学校がたくさんあるよ」


  ばかたれ!

 

 父は一人で福岡に向かった。


「独りは寂しい」「早く一緒に住もう」

 単身赴任となった父から毎日のように電話がくる。


「なんで、九州(こっち)に来ないんじゃ」

「清子さんは、浩を可哀そうと思わないんか?」

 小倉の祖父母からも電話が来る。


 母は電話に出ない。

 応対するのは梨奈。


  うっとうしい


 家に居たくない。逃げ出したい。


  お金がない


 お年玉と小遣いは推し活に使った。


 15日月曜日、海の日の祝日。赤坂ACTシアター。

 アイドル・グループ、北信五岳マミクトイのライブ。


  北信五岳マミクトイ


 長野県北部出身の女性アイドル五人組。


  マミクトイ


 善光寺平から望む北信五岳、斑尾山、妙高山、黒姫山、戸隠山、飯縄山の頭文字。


 梨奈の推しはリーダーの飯縄優子。

 イメージカラーは赤。


 梨奈は、マミクトイのライブ、イベントに参加したい。

 束縛される部活はパス。


 高二の夏休み、予定なし。


 来年は大学受験。

 予備校の夏期講習に行きたい。

 イライラしている母に言い出せない。


「なんだって? 誰が転校するんだ? 主語をはっきり言え」

 茜が耳に右手を当てて聞き返してきた。


  うざい


「私だ。お前と会うのは終業式が最後かもな」


  バーン! 


 黄色いカチューシャが落ちてきた。


  なんだ?


 茜が立ち上がっている。


「なんだと! オカリナが、転校する?」


  教室のざわめきが消えた


 茜はカチューシャを着け直すと、掴み懸からん勢いで梨奈に顔を寄せた。


「なろうフォト大賞に入選したらヌードを撮らせてくれる約束はどうなるんだ!」


 なんじゃそりゃ。


  え~!


 梨奈の席に女子どもが押しかけて来た。


「オカリナが、転校!」

「なんで?」

「どこへ?」

「ヌード、私もまぜて!」


  落ちる!


「寄るな! 

 お前ら、私を殺す気か!」


 開けっ放しの窓から落ちそうになった梨奈を、アニメ研究部部長の松井香が抱き止めた。


「オカリナ! 一緒に飛び降りよう! 

 お前と死ねたら、本望だ!」


  離せ、腐女子が! 


 梨奈は香を振りほどくと、叫んだ。


「みんな、落ち着け。まだ決まっていない。

 親父が福岡に転勤になったんだ!」


 梨奈は茜に指を突き立てた。


「茜、言っとくが私はヌードになんかならないぞ! 

 水着もだ。モデルは他を探せ!」


「こら、なに騒いでいるの」

 亜十夢ちゃんが教室の入口に立っている。


「ホーム・ルーム、始めるわよ。席に着きなさい」


  やっば


 女子どもも、慌てて席に戻る。


「まったく、なにを言っても許されるのが一女の伝統だけど、節度は守りなさい」


  ギクッ


 討論会で言い過ぎたか。


 亜十夢ちゃんは埼玉一女の出身。

 東北科学技術大学卒業。

 28歳、独身。


 ショートヘアー、丸い眼鏡。

 いつも白衣を着てボタンを止めている。


 清楚で綺麗な先生。


  ツキヨミ


 埼玉一女近くの調(つき)神社のご祭神。

 男の神様みたいだけれど、梨奈のイメージは亜十夢ちゃん。


 身長、165センチ。靴は、ぺったんこ。

 胸は、あまりない、と思う。

 

「夏休みの予定は決まっているかしら? 

 亜十夢ちゃんは連絡事項を告げると教室を見渡した。


「帝都大学の研究所からサマー・キャンプの案内が来ています。

 研究所にいる先生の友達からの紹介です。


 帝都大学原子核物理学研究所。


 カクリケンって呼ばれています」


  隔離研? 


 違う。

 亜十夢ちゃんが黒板に板書している。

 

  核理研


 だろうね。

 日本の最高学府、帝都大学に隔離研なんて名前の研究所があったら笑える。


「原子力の分野ではパイオニア的な研究所です。

 高校生に原子力への関心を持ってもらいたくて企画されました。

 4泊5日で、新宿区戸山の本部と茨城県高萩にある研究センターを見学します」


  なんだ、原子力の研究所か


 梨奈は校庭に目を向けた。

 亜十夢ちゃんには悪いが、梨奈には関係ない。


 梨奈は私立文系、法学部志望。

 受験科目に物理はない。


「ツアーは7月25日からです。

 集合と解散は高田馬場から歩いて10分の核理研の本部です。


 参加費は無料です。食事もつきます。


 レクレーションで、海水浴やバーベキューもあるようです。

 参加する人は水着を忘れないでください。


 ツアーの名前は、笑わないでよ、アトムツアーです」


  ぷっ


 女子どもから笑い声が上がった。


  亜十夢ちゃんツアー?


 梨奈は黒板に顔を戻した。


  跡夢ツアー


「跡夢は核理研のニックネームです。


 広島長崎の悲劇を繰り返してはいけない。

 核兵器は科学者の夢の跡にしよう。

 研究所を創った長岡先生が名付けられたそうです。


 皆さんも跡夢ツアーを機会に原子力への関心を深めて欲しいです」


 今や原子力の平和利用も夢の跡。


 しっかし、アトムの力か。


  原爆、欲しいなあ


 誰か梨奈に原爆をください。 


  E=mc2


 エネルギーE=質量m×光速度cの二乗。


  質量とエネルギーの等価性


 アインシュタインが特殊相対性理論から導き出した物理学的関係式。

 高一の物理で亜十夢ちゃんから教わった。


 質量欠損によって生ずる膨大なエネルギーを瞬間的に発現させたのが原爆。

 ゆっくりと取り出したのが原発。

 

 埼玉一女はいい学校だけど女子同士のつまらない諍(いさか)いが多い。


 校長は陰険、討論会は最低。


  加えて


 父の転勤、金欠、彼氏なし、夏休み予定なし。

 

 国会は自独党の一党独裁。奈良首相は在職期間最長記録を更新中。

 6月に行われたマミクトイやアイドルが多数参加する首相主催の『菖蒲を観る会』は、奈良たか子後援会が独占。


  ちくしょ~


 カマキリおかりな、反逆の処女。

 梨奈の悪評と一緒に、校長の岩倉、ついでに、奈良たか子も原爆で吹き飛ばしてやりたい。


  あれ? 


 前の席の茜が後ろ手で梨奈の席にメモを置いた。


  海水浴、バーベキュー


   いいね! 


  アトムちゃんツアーに行こう!


 梨奈は教壇に顔を向けた。


  サマーキャンプ 

  跡夢ツアー


 亜十夢ちゃんが赤い字で大きく書かれたパンプレットを掲げている。


 家から逃げ出すいい機会かも。

 参加しようか。


  いや、やめよう。


 梨奈は数学と物理が苦手。Σや∫は見るだけで頭が痛くなる。


 アインシュタインの質量とエネルギーの等価性を平気で理解できる理系の人たちとは話が合わない。


「参加を希望する人は、先生のところに来てください。

 都合がついたら先生も高萩に行くかもしれません」


 茜が、またメモを置いた。


  浦和パルコに水着、買いに行くぞ。

  大宮アルシェがいいか?


 諦めの悪い奴め。

 梨奈はお金がない。

 持っているのはスクール水着だけ。


 原子力の研究所なんか、どうせ、腹の出たオヤジだけ。

 海で遊ぶスク水の女子高生をニタニタ眺めるオヤジたち。


  やだね~

  虫唾が走る


 17歳の夏休み。 彼氏なし、お金なし、予定なし。


 仕方がない。

 クーラーの使用が認められている埼玉一女の図書館で勉学に勤しもう。


 寂しいなあ。

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