第1話 原爆をください
「え~と、
にっぽんには、非核三原則っていうのがあります。
原発を、持たず、作らず。
え~と、
もう一つはなんだったかなあ。
まあ、いいや!
だから、原発は廃止で~す」
アホか
巻き舌、セーラー服の襟が新しい。
一年生だ。
岡林梨奈は、右手を挙げた。
「2年3組、岡林梨奈です。
私に、原爆をください。
今の人を、吹き飛ばしてやります」
お~
埼玉一女。
埼玉県立埼玉第一女子高等学校の体育館に、どよめきが広がる。
「非核三原則は、
核兵器を、持たず、作らず、持ち込ませず、です。
中学に戻って、公民の授業を受け直してください!」
得意げに意見を述べていた一年生の顔が引きつっている。
こんなアホ頭で県立女子校で唯一残ったナンバー・スクール、埼玉一女によく受かったものだ。
今日、7月13日土曜日は埼玉一女伝統の討論会。
埼玉一女では半年に一度、全校生徒が体育館に集まって討論会を行う。
今回のテーマ。
原子力発電所の新増設を認めるか
討論会はテーマに賛成、反対で生徒がグループに分かれて座る。
認める
梨奈を含めて6人。
認めない
ほぼ全校生徒。
「原爆と原発の区別がつかない人が多すぎます。みなさん、物理や理科の授業をちゃんと受けてきたのですか」
数学、物理。
梨奈の苦手科目。
「吹き飛ばしたい人は他にもいます。
数を頼みに、いい加減な発言をする人たちです。
昨日、関東地方は梅雨明けしました。
今年も災害レベルの酷暑が予想されています。
クーラーなしで生活できる人は手を挙げてください」
どうだ、雑魚ども、手をあげてみろ
挙手、なし。
「原発の新増設を認めない。
では、どうするのですか。
快適な生活を送るには電気が必要です。
火力発電は大量の二酸化炭素を放出します。
地球の温暖化が進みます。気温はますます上がります。
皆さん、この暑さが続いてもいいのですか」
暑いぞ。
イライラしてきた。
教室と体育館にはエアコンが設置されている。
校長の岩倉がクーラーの使用を認めない。
「石油、天然ガス、石炭。私たちは貴重な資源を子供たちに残さなければなりません。快適な生活を続けたい、だけど原発の増設は認めない。
そんな自分勝手な人は、日本で唯一校だけ残った女子ナンバー・スクール、埼玉一女の生徒ではありません。
今すぐ体育館を出て行ってください!」
ピカ!
フラッシュが焚かれる。
茜だ。
同級生の荻野茜は写真部長。
大きなカメラを構え、胡坐をかいている。
校則違反の短いスカート。
パンツ、丸見え。
学校のホームページに載せる写真、撮影中。
「あなたこそ、出て行ってよ。
何様のつもり?」
認めないエリアから声が飛んだ。
「発言するなら手を上げなさい!
原発に反対する人たちはこれだからダメなんです」
イライラが募る。
匿名に隠れた卑怯者ども。
喧嘩なら買うぞ。
梨奈は朝から生理だ。
「原発に反対する人たちが賞賛する太陽光発電や風力発電は環境や景観を破壊しています。
皆さん、知っていますか?
太陽光発電の光の反射で、たくさんの人が迷惑しています。
風力発電の大きな風車に巻き込まれて渡り鳥が犠牲になっています。
原発はこれ以上、環境を壊しません」
今回のテーマが決まったのは今月の初め。
ネタは期末試験の勉強をしながら集めた。
「そんなに推薦が欲しのか~」
匿名のヤジがまた飛んだ。
「アトムちゃ~ん、私を見て~」
ははは~
認めないエリアの雑魚どもから笑い声が上がる。
「今、発言した人に、申し上げます。
私は文系です。物理Ⅱは取っていません。
柏木先生に媚びる必要は、一切、ありません」
雑魚ども、亜十夢ちゃんを巻き込むな。
アトムちゃん
柏木亜十夢先生
梨奈の担任。28歳、女性。
担当科目は物理。
学生時代は原子力を専攻していた。
梨奈は亜十夢が大好き。
原子力も推し。
「私は、こんなテーマを選ぶ学校と生徒会がおかしいと思います。
認めない、が結論となるのは、やる前からわかっています。
責任回避、事なかれ主義。やる気が全く感じられません!」
討論会のテーマは生徒会と学校が話し合って決める。
「一月の討論会のテーマは、憲法改正を認めるか、でした。
自独党、自主独立党の奈良たか子首相は憲法9条を改正して自衛隊を国防軍にしました。
私たちの出した結論は、認めない、です」
茜がカメラから顔を上げると首を振った。
黙れ、か。
ご忠告、ありがとう。
「新聞やテレビは、埼玉の名門県立女子高校、奈良首相を痛烈批判と、大きく報道しました。
そしたら校長の丸山正男先生が三月に馘首になりました。
赴任されてからわずか一年の異動は異例です。
埼玉県が奈良首相に忖度をしたのです」
頷く生徒もいる。
丸山先生はいつもニコニコ。
講話も短い。
生徒の人気は高かった。
「奈良首相は10年、首相を続けています。
一強独裁です。誰も逆らえません。
先生たちは丸山先生みたいに馘首になるのが怖いのです」
壁際に座っている校長の岩倉敏男が口をへの字に曲げた。
岩倉は四月に赴任してきた。いつもネクタイを締め、スーツを着ている。
岩倉が暑さを感じないからクーラーを使わせないんだ。
生活指導も厳しくなった。
スカートは膝下。
茶髪、指輪、ネイル、色付きリップ不可。
眉毛は地毛。
丸山先生が校長のときは黙認されていた学校内でのスマホ、自分のタブレットの使用は厳禁。
見つかったら即没収。
息苦しいったらありゃしない。
岩倉の顔を見たら腹が立ってきた。
体育館はざわざわしている。
枝毛探し。
ひそひそ話。
「生徒会もダメです。
原発反対は稲垣首相の方針に反しているように見えますが、認めないが大勢を占めるのは、やる前からわかっています。
結論ありき、時間の無駄です!」
認めないエリアに集まっている連中は最初からやる気がない。
ますます腹が立ってくる。
「こんなテーマを押し付ける学校と、それを許す生徒会があるから、埼玉一女なんかなくしちまえ、共学にしろって言われるんです!」
時間と電気の無駄。
早くナプキンを替えたい。
討論会なんかとっとと止めてトイレに行きたい。
「皆さん、私に原爆をください!
こんなくだらない討論会を吹き飛ばしてやります!」
「そうだ!」
「そのとおり!」
「オカリナ! 偉い!」
「異議なし!」
「吹き飛ばせ!」
梨奈が叫ぶと体育館は大きな歓声と拍手に包まれた。




