第19話 准一さん
准一さん?
梨奈は亜土夢ちゃんの視線の先に顔を向けた。
海生研、海洋生物研究所の所長
牧方准一さん
観覧席の中央に設けられた通路をゆっくりと歩いている。
「しっかし、いつ見ても、いい男だねえ。御捻りをあげたいよ」
恵理子さんが感嘆の声を上げた。
「あら、イケメン」
「誰?」
「アイドルかしら」
会場のあちこちから声が上がる。
牧方さんを見ようと、席から立ち上がる人もいる。
目立っているなあ
ジャーナル会場の注目を一身に集めている。
牧方さんは彫りが深い顔立ち。
微笑みを浮かべている。
今日はスーツをきっちりと着て、ラップトップを右手に抱えている。
視線は正面。蓮沼に向けている。
主客転倒
牧方さんの登場。
蓮沼たち協和党の存在感が一挙に薄れた。
あれ
牧方さんは何で、一般の人たちの出入口から入ってきたんだ?
前橋翔さんや山上の入場は、蓮沼が入ってきた校舎に続くドアからだった。
「先生、牧方さんは何で、一般の人たちのところから入ってきたのでしょう?
午前中は、研究所の人たちは、蓮沼さんが入ってきたドアだったんですよ」
准一さん
亜十夢ちゃんは親しげ。
何か知っているのかな。
「秋山先生のご指示かしら」
亜十夢ちゃんが呟いた。
「准一さんは、いえ、牧方さんは」
亜十夢ちゃんが言い換えた。
「選挙が終わってから秋山先生の指導を受けていました。
秋山先生はショー・プロデュースの神様なのよ」
顔が赤い。
ひょっとして
亜十夢ちゃん。
牧方さんと付き合っている?
「さや姉、先週、あの人が所長やっている海洋なんとかっていうところから、トラックが来たでしょ」
恵理子さんが彩佳さんに話しかけた。
彩佳さんは、団地の人から、さやねえと呼ばれている。
「クジラの絵が描いてあるでっかいトラック。
また、魚、運んできたの?」
海生研のトレーラー
エリカ号
「サメ、運んできたんだよ」
席に着いた彩佳さんが答えた。
「サメとカメとウミヘビ、名前がわからない魚。ボルネオで捕まえたんだとさ」
エリカ号には生簀が付いている。
「お昼のフライの魚、海洋が捕まえた、その名前がわかんない魚なんかい?」
「そうだよ。サメに食べられる前に、って三鷹教授が釣ったんだ」
うえ!
食べちゃったよ。
弁当を運ぶ時、プールに麦藁帽子が見えた。
プールは旭のリーダー三鷹教授の釣り堀。
教授、核理研が削除されるかもしれないのに、釣りなんかしていいんですか!
「そういや、さや姉、あのトラック運転してきた女、原子さんの寮にいる男の子と、ラブホから出てきたよ」
理恵子さんが人差し指を口に当てて、にやっと笑った。
「寮に住んでいる人? 誰?」
「おかっぱみたいな頭、した子だよ」
「その人、入間 慧さんです」
絵里が振り向いた。
「ホント、ですか?」
入間さんは核理研の助教。
技官の小岩さん、浜松 侑李さんと跡夢寮の三階に住んでいる。
「間違いないね。この間、私、巣鴨に行ったんだ。そんとき、巣鴨の駅の近くにあるラブホから、入間君って言うの? おかっぱの男の子とトラック運転してきた女が腕組んで出てきたんだよ。
あの女、まるでAV女優だね。おっぱい、でかいし、顔もケバい。尻もでかい」
エリカさんだ
いいなあ、胸が大きい人は。
梨奈は胸に目を落とした。
ぺったんこ
黒須君は視線すら向けない。
「民活ジャーナルを再開します。
海洋生物研究所、お願いします。持ち時間は10分です」
蓮沼の声が響いた。
梨奈は顔を上げた。
スクリーンにタブレットにコードを繋ぐ牧方さんが映っている。
いかん
ジャーナルに集中しよう。
牧方さんは余裕の表情。
説明をしなくてもいいのですか?
午前中のペースで進められたら海生研もさっさと削除される。
「その前に、皆さんに見て頂きたいものがあります」
逢坂の声がした。
「私、これを見て、本当に腹が立ったんですよ」
逢坂がパネルを取り出した。
ほら、始まった。
「海洋生物研究所の人、これは何ですか?」
白い船が海に浮かんでいる。
むか
逢坂は牧方さんを人呼ばわり。
見下している。
「トキオ丸Ⅱ、ですな」
バン!
牧方さんが答えると、逢坂がパネルを叩いた。
「そうです、海洋生物研究所のトキオ丸。
2年前に就航。建造費300億円。
ステルス性に優れ、核攻撃に耐えることができる。
どんな環境でも一か月は生存可能。
こんな船、何に使うのですか?」
逢坂は甲高い声でまくしたてる。
「海洋生物の研究です」
牧方さんは静かに答えた。
牧方さんの声は低い。よく響く。心が落ち着く。
「あんた、何、言ってんの?」
逢坂の声は気分を苛立たせる。
「海洋生物を研究する船が、なんで、対核仕様なの?
怪獣と戦うつもり?」
「あはは~」
「ばっかじゃねえ?」
協和党のアホ議員どもがすかさず反応。
「つぶせ! つぶせ!」
「削除や~!」
うるさい!
「核爆発に耐えることができれば、地球上のどんな場所にも観測に行けるからです」
牧方さんはゆっくりと話し始めた。
「たとえば、火山島です」
会場のスクリーンに噴煙を上げる島が映し出された。
「トキオ丸Ⅱは、今、この沖乃島新島付近におります。
沖乃島新島は東京の約1400キロ南にあります。
西之島の400キロ南、小笠原の父島南西450キロです」
画像が二画面になった。
火山島と日本列島を映し出している。
「入間君、牧方さんの船に乗っているんだよ。浜松君も一緒」
彩佳さんがスクリーンを指差した。
「原子さんから出たゴミを、南の島に置いてくるんだって。先週、魚、運んできたトラックに積んで行った」
仁科さんによるとエリカ号は原爆も運べる。
「画像は2年前に噴火したときのものです。
今では火山活動は落ち着いています。
トキオ丸Ⅱは周辺海域の環境調査と」
「ちょっと待ってよ。この映像は何?」
逢坂が牧方さんを遮った。
「誰に断ってこんな映像を流しているの?
ちょっと、どうなってんの?」
逢坂は立ち上がって体育館の二階を指さした。
機器が並んでいる。音響や映像の操作エリア。
スタッフが「わかりません」のポーズをしている。
梨奈を晒したのは、こいつらか。
誰に断って、梨奈の映像を流しやがるんだ。
「昼休みに配線をしてもらいました。
戸山団地にはコンサートの設営で神様と呼ばれていた方がいらっしゃいます。すぐに工事をやって頂きました」
「神崎さんだね」
恵理子さんが呟いた。
「勝手に工事なんか、するんじゃないよ!
ここをどこだと思ってんの? ジャーナル会場だよ!
何で、こんなことしたの?」
「ここは区立の小学校です。協和党の持ち物ではない」
牧方さんの口調は興奮気味の逢坂を諭すようにゆっくり。
「正確には元です。子供が減って今年の3月に廃校になりました。
昔は戸山団地にも子供がたくさんいました。紙芝居が盛んだったそうです」
「あった、あった。
私、飴、貰ったりしたよ」
戸山団地のお婆さんが嬉しそうに呟いた。
「映像を禁止して、紙のパネルを振り回す。
戸山地区が選挙区の代表がいる、阿呆馬鹿政党は、さすがですな。
紙芝居の伝統をしっかりと守っていらっしゃる」
わはは~
蓮沼が牧方さんを睨みつけると会場から笑い声が上がった。
やった
午前中は一方的だった民活ジャーナル。
午後第一ラウンドは海生研の勝利だ。




