第17話 跡夢弁当の出前
関係者以外の立入を禁じます
核理研の正門は閉められ、A4の紙が貼られている。
「箕面さん、通りますよ。岡林さん、須藤さん、黒須君も一緒です」
梨奈たちはジョージさんに連れられて核理研に入った。
いつもは顔パス
今日は違う。警戒厳重。
守衛所で『外来者』のバッジをもらう。
構内清掃補助員
秋山さんと杉沢は核理研のIDカードを箕面さんにかざしている。
ジョージさんと秋山さんは、牧方さん、河上、有安さんと中央研究棟に向かった。
困ったなあ、杉沢はこっちかよ。
「BWRはやっぱり美しいよ。
圧力容器はバーナーで火入れをしながら熔接するんだ」
戸山南小学校から核理研までの道すがら、杉沢は黒須君に熱心に話し掛けていた。
黒須君にぴったりくっついている絵里も会話に加わっている。
梨奈は無言
集団の後ろをひっそりと歩いている梨奈に、黒須君が時折、気遣わしげな視線を向けている。
やばい
原子力に関心のない暗い子と思われる。
BWR
沸騰水型原子炉。
梨奈もそれくらいはわかる。会話に加わりたい。
だめだ
声を出したら、梨奈が千代田線の国会議事堂前駅で叫んだ女だと杉沢にばれる。
考えすぎかもしれない
梨奈は杉沢の声を覚えていた。言葉を発してはいけない。
あ~、息苦しい
梨奈が暗い気分で核理研の食堂に入ると調理場の電話が鳴った。
「跡夢弁当を2個追加。中央研究棟の二階会議室に全部で7個、明美ちゃんと秋山さんもいるんですね。忍さん? わかりました」
彩佳さんがホワイトボードに書き込んでいる。
「取りに来る? 何とかします。会議、続けてください」
電話を切った彩佳さんは「忍さん、中央研究棟に来てくれってさ」と調理場に声を掛けた。
今日の食堂当番は、元スタイリストの忍さんと、理恵子さんと呼ばれているお婆さん。
「弁当7個。一つは仁科盛り。どうやって運ぼうかな」
「彩佳さん、私、お手伝いします!」
彩佳さんが思案気に呟くのを聞いた絵里が右手を挙げた。
「出前、やらせてください!」
私も行きます
梨奈も黙って左手を挙げた。
杉沢がいる。
食堂から逃げ逃げ出すチャンスだ。
「そうかい、ありがとう。お礼だ。好きなの、食べていいよ」
やった!
今日のスペシャル・メニューはオムライス、白身魚のフライ付き。
急にお腹が空いてきた。
しっかり食べて、午後のジャーナルに備えよう。
♪キン、コン、カン、コン。コン、カン、キン、コン♪
どこかで正午を告げるチャイムが鳴っている。
「セーラー服なのに、済まないねえ。梨奈ちゃんにもお弁当、運ばせて」
前を歩く彩佳さんが振り返った。
「汚さないかい?」
彩佳さんは割烹着を着て、味噌汁の入ったステンレス製の容器とお椀を載せた台車を押している。
「気にしないでください。こんなの、軽いです」
梨奈は開放感でいっぱい。
食堂を離れて、やっと会話ができるようになった。
杉沢は食堂に残って黒須君を相手に原子力の話を続けている。
身体も心も軽い。
お昼のスペシャル、白身魚のフライは美味しかった。なんの魚なのだろう。彩佳さんに聞いてみよう。
「こっちは重いぞ。仁科盛りは、すごいな。秋山さんの弁当は軽いけど」
梨奈は5個、絵里は2個、合計7個の弁当を風呂敷に入れて、核理研の食堂から中央研究棟に運んでいる。絵里が運んでいる弁当はサイズが異なる。
明美ちゃん
付箋が貼ってあるのは仁科さんが食べるメガ盛り弁当。
秋山さん
付箋がある弁当は、幼稚園のお弁当みたいに小さい。
「彩佳さん。秋山さんって、ナイトメアっていうアイドル・グループの社長さんだったんですね。メイク、してもらっている時に、忍さんから聞きました」
「そうだよ」
絵里が尋ねると彩佳さんが肯いた。
ホントかい
「新橋に劇場を造ったのも秋山さん。すごい人気だったけれど、つぶれちゃった」
中央研究棟入口のスロープで彩佳さんは「よいしょ」と台車を傾けた。
「ОMGの国民投票だって、ナイトメアの人気投票の真似さ。
ネットなんてなかったから、毎年7月、新橋の劇場に投票箱を置いてね、CDを買った人が投票をしていたんだよ」
ОMG634
大宮の繁華街南銀に専用劇場を持つ人気女性アイドル・グループ。
国民投票
ОMGのセンターを選ぶ年に一度のイベント。築地新聞も開票結果を速報する。
「人気投票の一等賞はずっとミユキーさ。
ナイトメアには淳子と百恵もいたんだ。二人とも人気があってね、二番手争いをしていたんだよ」
なんと
たまに食堂に姿を見せる淳子さんと百恵さんは元アイドル。道理で綺麗な訳だ。
「ナイトメアが潰れた後、秋山さん、ホームレスになっちゃってさ。
身体もボロボロになって高田馬場のガード下にいたのを原子さんの所長だった長岡先生が見つけたんだ。
生活保護や団地に入れるよう手配したのも、長岡先生なんだよ」
天使みたいな所長さんだ
研究棟に入った彩佳さんはエレベーターのボタンを押した。
「長岡先生は10年前亡くなったけれど、ジョージさんが引き継いでくれた。
食堂もやらせてくれる。徳田さん、杉沢さん。団地には、長岡先生やジョージさんに助けられた人が、たくさんいるんだよ」
エレベーターで二階に上がると彩佳さんは会議室の扉をノックした。
立入厳禁
仁科さんの字で赤く書かれた紙が貼ってある。
「彩佳さん、大変だったでしょう。岡林さんと須藤さんも運んでくれたんだ。ありがとう」
笑顔で出迎えたジョージさんは三人を会議室に招き入れた。
「ジョージさん。忍さん、先に出たけど、会えました?」
「忍さんは仁科君と地下に行っています。弁当は、ここに置いてください」
ジョージさんは中央の机を指さした。
「お弁当、ありがとうございます」
高速増殖炉研究開発事業団の前橋翔さんが手を差し出した。
「僕が並べます。プレゼンの準備してきたのに、出番、もう、ないからね」
声に元気がない
事業団は秒殺。お気の毒。
「体育館のお客さんに、キャーキャー、言われたかったなあ」
そっちかよ
会議室には技官の小岩和成さんもいる。
小岩さんは壁際に座ってパソコンを弄っている。
仁科さんの姿はない。
中央研究棟の地下にはナイトメアの衣装を保管している核シェルターがる。
忍さんは仁科さんのメイクをしているのかな。
SHOW MUST GO ON
会議室には大きなボードが掲げられている。
ショーが始まったら、なにがあっても続けなければならない。
核理研のスローガン。
「和成君、ユウコはモニター、できている?」
「オッケーす。見ますか?」
スーツを脱いでネクタイを外した河上さんが小岩さんに話し掛けると、会議室に青い球体が浮かび上がった。
地球だ。
「トキオ丸Ⅱとの回線もクリア。ユウコ、モニターしています」
ユウコをモニター?
何だろう。
河上はマミクトイのファン。ストーカーかな。
「それでは、ごゆっくりお召し上がってください。器はあとで取りに来ます」
彩佳さんがお辞儀をして台車に手をかけた。
「彩佳さん、台車は私が押します」
梨奈は声をかけた。絵里が会議室のドアを開けて、梨奈たち三人は廊下に出た。
そうだ、聞いてみよう。
「彩佳さん、ミユキーは戸山団地に住んでいたって聞きました。
どんな方だったんですか?」
「可愛い子だったよ」
彩佳さんが微笑んだ。
「ミユキーは私と同じ棟だった。小さい頃からお転婆な子でねえ。男の子と張り合っていた。怪獣ミユキーって呼ばれていたんだ」
うふ
カマキリおかりなに似ている。
「もうすぐミユキーの命日だねえ。
梨奈ちゃん、ミユキーは文鳥に殺されたんだよ」
なんですと? ジョージさんは事故と言っていた。
「誰が殺されたの?」
絵理が振り向いた。エレベーターのボタンを押している。
「ミユキーって子。ОMGの壬生敦子みたいな子だったんだよ。戸山団地の人たちはみんな応援していた」
壬生敦子
ОMG不動のセンター
国民投票で三連覇中
「警察はロクに捜査もしないで、ミユキーが自分で滑り台から落ちたって決めつけやがった。
馬鹿言ってんじゃないよ。戸山北公園はミユキーの縄張りさ。目をつぶっていたって歩けるよ」
梨奈と同じ。カマキリおかりな、怪獣ミユキーに死角なんかない。
「文鳥はミユキーが邪魔だったのさ。ミユキーが戻ってきたらナイトメアは復活できた。どこかで頭、殴られて、捨てられたんだよ」
ゴゴゴ~
エレベーターが一階に着いた。
「怖いなあ。いつ頃の話なんですか? うわ!」
絵里が大声をあげた。
扉の前に杉沢が立っている。
「おや、みなさん。ちょうどよかったです。迎えに来たんですよ。
次は海生研です。トキオ丸Ⅱ、美しいですねえ。世界に誇れる造形
遅れたら大変です。早く行きましょう」
話が諄い。
よかった、杉沢だ。幽霊じゃない。
あ~、怖かった。
「杉沢さん、やだねえ、驚かさないでよ。お化けが出たと思ったよ」
彩佳さんが杉沢の肩をポンと叩いた。顔がひきつっている。
40年前に建てられた中央研究棟はエレベーターもロビーも薄暗い。青白い顔の杉沢は更に不気味。杉沢の後ろには黒須君もいる。
ロビーの時計は12時20分。
早いぞ、杉沢。ミルキーの話をもっと聞きたかった。




