第16話 核兵器を 持たず 作らず 持ち込ませず
今日はなんて日だ。
国会議事堂前駅電車ジャックの当事者が次々と現れる。
「こうゆうのを杞憂って言うんだよ。
ねえ、畑さん」
左側の画面が変わった。
角ばった顔の男の人を映している。
畑惣一郎
予備校の有名講師。
「そうですね。
中国の杞という国の人が、天が落ちてくるって右往左往したという話です。
ありえない事象を心配する喩えですね」
畑はクイズ番組の人気者。
帝大の理学部を卒業したあと、文学部に入り直した。
畑も協和党から出馬して当選している。
「山上さんに伺います。
小惑星に到達した後、どうするのですか?」
「その後、ですか?」
「はい、到達した後です。
サンプルを持ち帰っただけじゃダメです。
破壊しなければダメ。
そうでしょ?」
逢坂と違って畑の口調は柔らかい。
「はい」
山上さんが頷いた。
戸惑っている。
「小惑星は岩石、彗星は氷の塊です。
ダイナマイトや通常兵器では破壊できません。
核兵器が要る。違いますか?」
「仰るとおりです」
山上さんは黒いハンドタオルで汗を拭うと頷いた。
「破壊に使う核兵器は、どこから調達するのですか?
我が国は核兵器を保有していません。
どうするつもりですか?」
沈黙
立ったままマイクを握っていた山上さんは口ごもりながら答えた。
「アメリカから、貰うとか」
「だから、あなたは、バカ、なんですよ!」
畑が大きな声を出した。
「日本には非核三原則があるのです!
核兵器を持たず、作らず、持ち込ませず。
逢坂先生が仰ったこと、あなた、聞いていなかったのですか!」
山上さんの顔がひきつった。
可哀そう。
誰か助けてあげて。
一対二。
ただでさえ不利。
相手は敏腕弁護士と有名予備校講師。
かなわないよ。
「日本は世界で唯一の被爆国なのです。
非核三原則は、日本の国是です。
やりたい放題だった自独党の奈良さんも、核武装は口にしていない。
そのこと、わかっているんですか?」
畑の弁舌は付け入る隙がない。
山上さんは座り込んだ。
ギブアップ
畑は得意げに言い放った。
「核兵器を持てない日本は、小惑星や彗星を破壊できません。
迎撃用の固体燃料ロケットは無意味。
惑星研究所とシン宇宙研究所は、削除です」
さっすが、漢文講師。
深宇宙。
畑は読めている。
「いや、それは」
山上さんが弱々しく反論しようとすると、逢坂が割り込んだ。
「じゃあ、聞くけど、日本で核兵器を造れるとすれば、どこ?」
「わかりません」
山上さんは顔を伏せた。
敗北モード。
「帝大の研究所はどう?
原子核物理学研究所」
え?
なんで、逢坂は核理研を持ち出す。
「核理研なら、できるかも、しれません」
顔を伏せたままの山上が途切れ途切れに答えた。
山上のバカ。
核理研は原爆はなんか造れないぞ。
「蓮沼代表、聞きました?」
逢坂が蓮沼に顔を向けた。
「私がお話ししたとおりでしょ。
代表の選挙区、戸山にある帝大の研究所は核兵器を作りかねない危険な研究所なのです。
絶対に削除をするべきです」
核理研が潰れちゃう。
山上、敬称略。
「戸山? 東京のど真ん中だ」
落語家の赤門亭笑敬が加わった。
「あぶねえ、あぶねえ。
事故が起きたら一貫の終わり。
お陀仏だ。クワバラ桑原」
笑敬は大げさに念仏を唱え始めた。
不安を掻き立てている。
「住民の皆さんも不安に思っています」
逢坂がカメラに顔を向けた。
「昔から激しい反対運動が続いているのですよ」
「うそばっかり」
お婆さんが声をあげた。
「私、昔っから戸山に住んでいるけど、そんな話、ないよ。
原子さんには、みんな感謝している」
スクリーンに蓮沼が大写しになった。
「あの女、私たちの団地を潰そうとしているんでしょ?」
お婆さんが興奮気に話し出した。
「この間、文鳥なんとかっていう不動産屋が部屋に来たのよ。
協和党が戸山を再開発する法律を国会に出すんだって」
「私んところにも、来たわよ」
別のお婆さんが加わった。
「これからは蓮沼の天下だ。とっとと出ていけって言うのよ」
声が大きい。
前方に座っている人が振り返る。
「蓮沼さんになにが分かるっていうのよ。
協和党に投票した奴の顔が見たいわ」
梨奈は顔を伏せた。
すみません。
私です。
マルクス党に投票すればよかった。
蓮沼がマイクをとりあげた。
「午後は帝大をお呼びしています。
原子核研究所の代表も出席する予定です」
核理研の予定は午後3時。
「午前中のジャーナルは本当に有意義でした。
これにて終了致します。
午後は1時30分から再開します」
むか
午前中は協和党の主張を押し付けただけ。
集団いじめだ。
協和党のメンバーが立ち上がった。
笑顔で会話を交わしながら引き上げてゆく。
画面が変わった。
山上と有安さんが映っている。
敗者山上は俯いたまま。
有安さんは平然とした表情。
有安さんは一言も発しなかった。
自分の研究所がなくなっても平気なのかな。
「さあ、お昼にしよう。
おや? 牧方君も来ていたのか」
ジョージさんが顔を向けた。
体育館の出入口に海生研所長の牧方准一さんが立っている。
今日はスーツにネクタイ。
海生研も民活ジャーナルの対象。
午後の部トップ。
「友麻く~ん!」
口に両手を当てて絵里が叫んだ。
「お昼、みんなで食べるんだって。
核理研に、集合だよ~!」
体育館に残っていた人たちが一斉に顔を向けた。
絵里のバカ。
核理研の関係者であることがバレる。
「友麻く~ん! 待ってよ~!」
恥かしそうに顔を伏せて立ち去ろうとした黒須君を追いかけて、絵里が駆け出した。
「積極的な子だねえ。
アイドル向きだ。頭も良さそうだし」
秋山さんが笑みを浮かべた。
絵里は猪突猛進バカ。
善光寺高校理系コースのトップとは、とても思えない。
「ジョージさん、食事をしながら牧方先生と打ち合わせをしよう」
秋山さんがジョージさんに話しかけた。
「山上さんも呼んでくれ。
実際に舞台に上がったアクターの意見は大事だ」
山上は俳優ですか?
「了解です。
中央研究棟の会議室で話しましょう。
千鶴さんにお弁当を頼んでみます」
梨奈は心の中で訴えた。
ジョージさん、会議室に、杉沢も呼んでください。
声を出したら、梨奈が赤い女だとばれます。
梨奈は黒須君と楽しくお昼ご飯を食べたいのです。




