第15話 ICBM 大型固形燃料ロケットHSGG
テクノロジーからピープルへ
人間ファースト
会場の体育館には大きな垂れ幕が下がっている。
なに、これ
前橋さんの説明も聞かず削除するの?
「マジ、頭に来た」
絵里が口を尖らせた。
「一方的に決めつけやがって。
蓮沼は女王様のつもりか」
まったくだ
なんで、高速増殖炉研究開発事業団を廃止するのか。
なんで、原子力は要らないのか。
論拠も示さず、反論も許さない。
蓮沼は自分の考えを一方的に押し付けている。
「女王様か、須藤さん、うまいことを言うねえ」
ジョージさんが腕を組んで頷いた。
「憲法は改正されて、自衛隊は国防軍になった。首相は陸海空軍の最高指揮官。
昔の天皇と一緒さ」
のんびりとした口調。
「臣下も、たくさんいるみたいだねえ」
「帰れ! 帰れ!」
「削除! 削除!」
「ぶっ潰せ~!」
観覧エリアの前のエリアでは、スーツを着た若い連中が大声を上げて騒いでいる。
今回の選挙で協和党から立候補して当選したタレントや、お笑い芸人たち。
「蓮沼さま~! 大好き~!」
大阪のドツキ芸人が叫んだ。
「削除して~!」
「あはは~」
「ええど! ええど!」
「脱げ~!」
新人議員どもから罵声が上がる。
俺は国会議員だぞ~
警官の制止を振り切って道頓堀を泳ぐ。
お金を払わずにグリーン車に乗り込む。
高級料亭でどんちゃん騒ぎをして「財務省に回しとけ!」と払わない。
ネットには傍若無人に振る舞う協和党の新人議員の姿が溢れている。
「ったく、うるさい奴らだ」
舌打ちをすると絵里が立ち上がった。
「ガツンと言ってやる」
「絵里、やめろ」
梨奈は絵里の右手を捕まえた。
このバカ、喧嘩を売るつもりか。
「大丈夫だよ、ちょっと文句を言うだけ。
あれ? 友麻君だ」
空いている左手で絵里が指さした。
バスケットボールのゴール下に黒須友麻君が立っている。
「お~い! 友麻く~ん!」
絵里が手を振ると、黒須君は恥ずかしそうに頷いて顔を伏せた。
「友麻君、こっちに来ればいいのに。連れてくる」
なんだと
切り替えが早い奴。
ちょっと待って。
梨奈がリップクリームを鞄から取り出そうとすると蓮沼の声が響いた。
「ご静粛に願います。民活ジャーナルを進めます。ご着席ください」
「黒須君も来たねえ」
のんびりとしたジョージさんの声が被った。
「お昼はみんなで食べようか」
お昼どころじゃないでしょ。
あなたの研究所が削除されるかもしれないのですよ。
準備をしなくていいのですか?
「ジョージさん、彼が、今どき珍しい原子力少年ですか?」
後ろから声がした。
「拘置所に面会に来てくれた徳田さんから聞きました。
イケメンですね。アイドルみたいだ」
丸顔のお爺さんがジョージさんに話し掛けている。
ドキン!
梨奈の動悸が高まった。
この声
このイントネーション!
「原子力少年か、杉沢さん、ネーミングがうまいですね。
黒須君に原子力のこと、いろいろ教えてやってください。きっと喜びますよ」
原子力
杉沢
国会議事堂前駅電車ジャック事件の容疑者
衣偏に谷の杉沢裕?
「おまかせください。
次は惑星研と深宇宙研ですね。
惑星研は人工衛星を四つ持っているんです。
小型ですけれど、高性能のカメラと大容量の通信機能を備えた美しい衛星です。
中国、ロシア、インド、ヨーロッパのロケットに相乗りして打ち上げました。
吉祥寺の研究所も、綺麗です。
固体燃料ロケットの開発も行っています。
北海道の大樹町から打ち上げる予定です。
行ってみたいなあ」
話が諄い!
間違いない。
杉沢裕だ。
どうしよう。
梨奈は姿勢をそっと前に戻した。
落ち着け。
まだ、大丈夫。
杉沢は、前に座っている梨奈が自分の逮捕の切っ掛けを作った女だとは、たぶん、気が付いていない。
そうだ、刑事はいるか。
梨奈は、そっと辺りを窺った。
体育館にはスーツ姿の目つきの鋭い男が立っている。SPだ。
人畜無害と思われているのか、梨奈たちと団地の爺さん婆さんの集団には目もくれない。
「惑星探査? そんなもの、何の役に立つのですか?」
蓮沼の声がした。
梨奈はスクリーンに顔を向けた。
動悸が収まらない。
スクリーンの画像は二分割になっている。
左側は協和党。
右側の研究所には太目の男性と若い女性が映っている。
惑星科学研究所 山上
深宇宙探査研究所 有安
ネームタグを付けている。
山上さんが立ち上がった。
「惑星探査は大昔からの人類の夢です。
ガリレオ、レオナルド・ダ・ウィンチ、過去の偉人たちは、皆、夜空に輝く星々に無限の可能性を感じました」
ガラガラ声。
あれ?
山上さんの声、どこかで聞いた。
「はい、終了」
ぽいっ
蓮沼が机の上の資料を後ろに投げ捨てた。
「夢なんか夜、ベッドで見てください。
惑星科学研究所、削除。
次、ふか宇宙研究所」
「ふか宇宙?」
杉沢が呟いた。
「シン宇宙です。
やっぱり蓮沼はバカですね。
漢字もろくに読めません」
バカが率いる党に梨奈は投票しちまった。
「お待ちください!
惑星探査で得られた技術は、日本のためになっているのです!」
超高速で廃止を結論付けられた山上さんが大きな声を上げた。
「惑星探査だけではありません。
私たちが開発中のロケットHSGGは、世界で、最高水準の、固体燃料ロケットです!」
山上さんはロケットが描かれたパネルをかざした。
汗びっしょり。
眼鏡が曇っている。
頑張れ、山上さん!
蓮沼に負けるな。
「ジャクサも固体燃料ロケットを持っている」
逢坂徹が割り込んだ。
「イプシロンだ。日本にニホンもロケットは要らないよ」
「ジャクサっていうのは、航空宇宙研究開発機構のことです。JAXA」
杉沢が周りに座るお年寄りたちに解説をしている。
「イプシロンはIHIと開発しています。爆発続きです」
杉沢は宇宙にも詳しいんだ。
「そのニホンってのは、この二本ですか?」
逢坂の隣に座っている和服姿の男の人が人差し指と中指でVサインを作った。
落語家の赤門亭笑敬。
今回の選挙で協和党から出馬し当選。
「わかった? さっすが、笑敬師匠」
「いやいや、日本と二本を引っ掛けるとは。
おい! 誰か、逢坂先生に座布団三枚!」
へい、お待ち!
わはは~
行け~
笑敬が叫ぶと、前に陣取る新人アホ議員どもが歓声を上げた。
おまえらは座布団運びが似合いだ。
「イプシロンでは不十分なんです!」
笑い声に抗うように山上さんのガラガラ声が体育館に響いた。
「惑星探査の衛星を打ち上げるにはもっと大きなロケットが必要なんです!」
山上さんはハンカチで額の汗を拭くとペットボトルの水をごくごくと飲んだ。
原発の増設はない。
電力不足。
体育館の冷房は控えめ。
山上さんはスーツにネクタイ。
太っている人には、きつい。
「惑星探査だけではありません。
大型の固体燃料ロケットは日本の防衛にも必要なんです!」
「防衛? ICBMを作るつもり?」
逢坂の声がした。
「あんた、ばか?」
罵られた山上さんの顔が強張った。
「日本には、非核三原則っていうのがあるのだよ」
逢坂はペンを山上さんに突き向けている。
「核兵器を、持たず、作らず、持ち込ませず。
平和国家日本には、核兵器も、ICBMも、あってはいけないの。
だから、あんたの研究所は、削除」
「杉沢さん、ICBMって何?」
「大陸間弾道ミサイルです」
お婆さんが尋ねると杉沢が答えた。
「核兵器の運搬手段です。固体燃料が主流ですね」
杉沢は物知り。
「違います! 相手は小惑星と彗星です!」
山上さんは闘争継続中。
負けないで!
梨奈は両手の拳を膝の上で握りしめた。
「地球に接近する小惑星や彗星が日本の国土に落下すれば、大惨事になります。
海に落ちたら、もっと大変です。大津波が日本を襲います。
こちらの有安さんがいる深宇宙探査研究所は、大災害を起こしかねない小惑星や彗星の軌道を解析し、監視しているのです」
紺色のスーツを着た若い女性アップになった。
仁科さんと同じくらいのお年。
丸顔に緑のフレームの大きなメガネを掛けている。
無表情
やる気、あるのかな。
「破片が一つでも落ちたら、終わりです。
月軌道に入る前に破壊しなければなりません。
私たちが開発しているロケットHSGGなら、月軌道の外側で小惑星や彗星に到達することができます」
山上さんはパネルをかざした。
あれ?
ロケットに描かれているのは五つの山のマーク。
ひょっとして
これは
「HSGGは、いわば、宇宙からの脅威に備える護符、守り札であり武士、すなわち、ゴフノフです!」
ゴフノフ
マミクトイのファンだよ。
梨奈はマミクトイのライブで買った手元の赤いハンドタオルに目を向けた。
赤地にロケットと同じ五岳のマーク。
HSGG
北信五岳かい!
「やっぱり、こいつ、バカだな」
逢坂の顔が再びアップになった。
思い出した。
山上さんは、国会議事堂前駅で梨奈を霞ヶ関駅まで連れて行ってくれた、箱推しの親切なおじさんだ。




