第12話 襲われる! 戸山の暗闇
「仁科さん! なにやってんですか!」
午後9時。
管理部長の飯島さんの大きな声がロータリーに響いた。
「高校生にお酒を飲ましちゃ、いけません!」
ありゃ
仁科さんが黒須君のカップに缶ビールを注ごうとしている。
夏至祭は8時半終了。
住民の皆さんは団地に帰った。
研究所の人たちがロータリーにテーブルを集めて飲んだり食べたりしている。
「いいじゃないですか、ビールくらい。
部長だって文化祭の時、飲んだでしょ?」
「時代が変わったんです。
未成年にお酒を飲ましたら、研究所、つぶされちゃいます」
飯島さんは、じゃがいもの蒸留酒スナップスを飲んでいる。
「そういや、部長、蓮沼の奴、こんな研究所をなくそう、なんて叫んでいたけど、そんな話、本当にあるんですか?」
「核理研は都心に残った最後の一等地ですからねえ」
仁科さんに尋ねられた飯島さんはためらいがちに答えた。
「海生研も天王洲から移転しちゃったし」
忍さんによると戸山の再開発が計画されている。
梨奈はテーブルに近づき飯島さんに頭を下げた。
門限23時
「今日は、これで失礼します。ありがとうございました」
梨奈はマミクトイ飯縄優子仕様。
ミユキーの浴衣はリュックに仕舞った。
「オカリナ、帰るの?」
黒須君の隣に陣取っている絵里が梨奈に顔を向けた。
「友麻君、今日は泊ってゆくってさ。
跡夢寮、空いてるし、泊ってゆけば?」
ホント?
長野から上京してきた絵里も跡夢寮に泊まる。
「よし! 岡林、今夜は私の部屋で飲み明かそうぜ!」
「仁科さん!」
続いて叫んだ仁科さんは飯島さんに睨まれた。
黒須君も泊まるのか。
いいなあ。
「家が厳しいので帰ります。
ジョージさんに、よろしくお伝えください」
父が出した単身赴任を受け入れる条件。
梨奈は外泊禁止
門限午後6時
馬鹿言ってんじゃねえ!
門限は母の事前承認。
今日は午後11時頃と告げてある。
ジョージさんの姿が見えない。
忍さんは団地に帰った。
ミユキーの浴衣は、次に核理研に来た時に返そう。
「ジョージさんなら徳田さんと倉庫に荷物を運んでいるよ。
千葉さんと柏木先生も一緒。
オカリナ、独りで大丈夫?」
黒須君が立ち上がった。
「岡林さん、高田馬場まで送ろうか?」
心配そうな顔。
きゅん
胸が高鳴った。
「私も行く」
絵里がポシェットを手に取った。
まずい
梨奈は慌てて手を振った。
「大丈夫。高田馬場なんですぐだよ。
浴衣、クリーニングをして返すって、忍さんに伝えといて」
黒須君と絵里にに送ってもらったら帰りが心配。
絵里は積極的。
駅からの帰り、暗い夜道で黒須君にキスを迫りかねない。
送り狼
狸か。
「じゃあな、岡林、元気でな。
また来いよ!」
酔っぱらった仁科さんに手を振られ、梨奈は核理研を後にした。
正門は閉まっている。
守衛所は灯が付いていない。
梨奈は通用口を開けて外に出た。
真っ暗
核理研の塀が延々と続いている。
歩いている人は、いない。
車も通らない。
梨奈はリュックの紐を、ぎゅっと握った。
怖い
お化けなら、まだいい。
変質者が潜んでいるかもしれない。
埼玉一女の校舎の周りには下腹部を露出させた変質者が出没する。
下校は一人ではなく複数でするよう、亜十夢ちゃんからホームルームで度々注意されている。
やばい
冷汗が出てきた。
早足になる。
こんなところでバージンを失うわけにはいかない。
リュックには、ミユキーの浴衣と核理研で摘んだ七種類の花が入っている。
タンポポ、スミレ、オオイヌノフグリ。
名前がわかるのはそれだけ。
夏至祭の夜、枕の下に7種類の花を置いて寝ると、夢で将来のフィアンセに会う。
ただし、花を摘んでいる間、一言も口を利いてはいけない。
花摘みを始めたら、最後まで続けなければならない。
決まりを守らないと、何が起きるか、わからない。
箱根山
核理研の地下施設の工事で出た土砂を盛った新宿区で一番高い山。
放射線管理区域
麓には大きな鉄製の扉がある。
「箱根山にはお化けがでるんだ。絶対に近寄るなよ」
仁科さんからはいたずらっぽく注意されていた。
ちょっとだけならいいよね。
SHOW MUST GO ON
誰にも会わなかった。
一言も口を利かなかった。
大宮の家まで絶対に無傷で帰らなければならない。
7種類の花を枕の下に敷いて黒須君の夢を見るのだ。
ミユキーの浴衣もクリーニングをして忍さんに返さなければならない。
SHOW MUST GO ON
オオイヌノフグリを枕の下に敷くのは止めよう。
名前が悪い。
犬のあそこ
夢に下腹部を露出させた男が出てきたら、たいへん。
代わりになるお花は、ないかしら。
あ! お地蔵さま!
住宅の傍らにキャップを被ったお地蔵さまが立っている。
お地蔵さま、どうか梨奈をお守りください
高田馬場に連れて行ってください
なんでもします
お願いします
手を合わせた梨奈は、ぎょっとなった。
後ろから足音がする。
バタバタ バタバタ
誰かが駆けてくる。
しかも複数。
襲われる
誰か助けて!
斎藤
お地蔵さまの傍らのお宅。
ダメだ
灯りが点いていない。
周りの住宅も真っ暗。
なに、これ!
ゴーストタウン。
誰も住んでいないの?
「お~い! 梨奈ちゃ~ん!」
徳田さんの声がした。
悲鳴を上げようとした梨奈は口を押えた。
「独りで帰っちゃあぶないよ~!」
閻魔大王様
「岡林さ~ん、大丈夫~?」
亜十夢ちゃんの声もする。
助かった
梨奈は、お地蔵さまの前にへなへなと座り込んだ。
「駄目だよ。若い子が独りで帰っちゃ。
気を付けよう、甘い団子と糖尿病って言うだろ」
変な標語。
全共斗
造反有理
徳田さんは太い文字が黒く殴り書きされた白いヘルメットを被っている。
「梨奈ちゃんが独りで帰ったって聞いて、ジョージさん、血相を変えて飛び出してさ」
徳田さんは赤白のポールを掲げた。
「俺も角材、担いで追いかけたんだ」
「さすが、帝大岡松講堂闘争の闘士」
徳田さんの脇でジョージさんが膝に手を当てて息を継いでいる。
「追いつけなかった。年かな?」
ジョージさんも来てくれた。
ありがとうございます。
「岡林さん、何で、独りで帰ったんですか!」
亜十夢ちゃんが声を張り上げた。
「先生が普段から注意しているでしょう!」
怒っている
梨奈は首を竦めた。
心配かけて申し訳ない。
「無事でよかったです。
時間も遅いし岡林さんを高田馬場まで送りましょう」
息が戻ったジョージさんが場を繕った。
「そうだ、ミユキーにお礼を言わなきゃ」
ジョージさんがお地蔵さまに手を合わせた。
ミユキー?
訝しく思いながら梨奈も手を合わせた。
お地蔵さま
お守り頂いてありがとうございます
無事に家に帰れそうです
お礼は、いつかきっとさせて頂きます
「岡林さんは、ナイトメアのミユキー、知っているかしら?」
お地蔵さまに手を合わせていた亜十夢ちゃんが梨奈に顔を向けた。
「はい」
梨奈は肯いた。
リュックには、ミユキーの赤い浴衣が入っている。
「このお地蔵さまは、ミユキー地蔵って呼ばれているのよ」
うっそ!
反逆のアイドル、ミユキー。
原爆
つくってみやがれ
日本は唯一の被爆国。
絶対禁句、今ならネットで大炎上のキャッチコピーを国会議事堂の前で叫ぶ。
お地蔵様。
穏やかなお顔
ギャップ萌え。
「岡林さんがミユキーの浴衣を選んでくれて、団地の皆さん、喜んでいたわ。
ミユキーが帰ってきたみたいだって」
梨奈は団地の人に写真の撮影を何回も頼まれた。
「ミルキーはね、戸山北児童公園で倒れているのが見つかったの」
うっそ!
梨奈は公園に目を向けた。
キリンの滑り台が街灯に光っている。
「発見したのは斎藤さんの奥様。
ご主人が救急車を呼んでくれた。
でも、助からなかった。
お地蔵様はファンや団地の皆さんがお参りできるように斎藤さんが建てて下さったのよ」




