第11話 夏至祭
くるっ
梨奈は鏡の前で回った。
「梨奈ちゃん、あんた、やっぱ、べっぴんさんやわ。
芸能事務所、紹介したろうか?」
浴衣の着付けをしてくれた忍さんが感嘆の声を上げた。
赤い浴衣に白い鶴が舞い上がる
帯は白
黄色と水色の帯留めが可愛い
丈が短い。膝が出る。
袖は長い。
いいねえ.
原爆
つくって、いやがれ
唯一の被爆国、日本の絶対禁句を破った反逆のアイドル、ミユキーの浴衣。
梨奈が着付けをしてもらっている場所。
核理研中央研究棟地下核シェルター
シェルターにはナイトメアの衣装が保管されている。
「ナイトメアがのうなったとき、原子さんの所長だった長岡先生が、捨てたらいかんって引き取ってくれたんや」
すばらしい
核理研には中央研究棟と管理棟の地下に核シェルターがある。
電源はプルトニウム。
独自の給排水設備、換気設備を備え、水や食料も備蓄。
それぞれ200人が180日間生存可能。
シェルターの温度、湿度は一定。
害虫も入り込めない。
衣装の保管にはうってつけの場所。
研究所の清掃の仕事をしている忍さんは自由に出入りできる。
今日は近所の子供たちにナイトメアの浴衣を大開放。
「あんたらも好きな浴衣、選んでや」
これにしよう
梨奈は隅に掛けられていた浴衣に惹かれた。
「その浴衣は、やめとき」
忍さんに止められた。
「梨奈ちゃんは知らんと思うけど、ミユキーって子が着てたんや」
知っています
「反逆のアイドルって呼ばれていた人ですよね。この浴衣、着たいです」
「ほうか!」
梨奈が応えると、忍さんはかえって喜んで着付けをしてくれた。
「絵里ちゃん、今日はどうする?」
梨奈の着付けを終えた忍さん絵里に顔を向けた。
「もっと短くしてください。
刈り上げて、協和党の蓮沼さんみたいにして欲しいんです」
まったく、影響されやすい奴だ。
「そいつは、お断りや」
忍さんが渋い顔になった。
「絵里ちゃん、蓮沼はな、原子さんを潰すつもりなんや」
ホントですか?
「再開発ってやつ。私らの団地とセットや。蓮沼は利権が欲しいんや。そいで、参議院から、団地と原子さんがある衆議院の東京第一区に移ったんや」
今をときめく蓮沼涼子を、忍さんはあいつ呼ばわり。
参議院議員で首相になった人はいない。マスコミは、蓮沼は首相に相応しい選挙区として東京第一区に移ったと報じていた。
「出版会社の文鳥社に、文鳥リアル・エステイト、ちゅう不動産の子会社がある。そこが再開発の勧進元。
団地の自治会長しとる徳田さんによるとな、逢坂は文鳥社の顧問なんや」
徳田九一
頭つるつる、ぎょろ目の爺さん。
閻魔大王
梨奈は避けている。
「蓮沼も逢坂も同じ穴のムジナや。芸人、ぎょうさん立候補させて。協和党が天下を取ったら、えらいことになるで」
蓮沼が逢坂と組んだ理由はお金か。
困ったなあ
投票する政党がないよ。
「絵里ちゃん、刈り上げしないで前髪を垂らすってのは、どうや」
「お願いします」
絵里が答えると忍はメイクに懸かった。
梨奈は鏡に映る自分の姿を見つめた。
この独創的な赤い浴衣を着ていたミルキー。
生きていたら、今は50歳を超えている。
ミルキーは誰に投票するだろう。
そうだ
ミルキーは、新宿区の公園で倒れているのが見つかった。
忍さんは、どこの公園か知っているかな。
「こんにちは~」「よろしくお願いしま~す」「わ~、きれい」
子供の声がした。
管理部の千葉さんが団地の子供たちを連れてきた。
「いらっしゃ~い。好きな浴衣、選んでや」
子供たちの着付け。
忍さんは忙しい。ミルキーの話は、後で聞こう。
ぽ~ん ぽ~ん
午後5時。
核理研に花火が揚がった。
夏至祭の始まりだ。
夏至祭は北欧で夏至に近い土日に行われているお祭り。
正門を入ったロータリーには20メートルの大きな柱が聳えている。
夏至柱
花やモミの葉で美しく飾られている。
すごいなあ。
梨奈は夏至柱を見上げた。
花火
夏至柱
悪魔を追い払う篝火コッコ
核理研のプロジェクターが映し出す3D映像。
プロジェクターは20センチ四方の大きさ。
電力はプルトニウムを使った原子力電池。
開発したのは技官の小岩さん。
核理研の周囲には住宅が広がっている。
スピーカーから出る音は控えめ。
その代わり、ビールは豊富。
「夏至祭に飲んだビールの量が多いと豊作になるんだ。どんどん飲んでおくれよ」
核理研の食堂を切り盛りしている千鶴さんが生ビールを注いでいる。
千鶴さん、彩佳さん、淳子さん、百恵さん
食堂は、四人の女性が年中無休で運営してきた。
淳子さんと百恵さんは体調を崩し入院中。
千鶴さんと彩佳さんだけでは手が回らない。
戸山団地のお婆さんが交代で食堂を手伝っている。
夏至柱の脇の赤白に彩られた櫓の上では胸に晒を巻いた仁科さんが、ぐいぐいとビールを飲んでいる。
「ぷわ~」
鯨飲
時折、潮を吹く。
櫓は戸山団地に住む小太りのお爺さん、神崎さんが中心になって組み上げた。
「神崎さんは、昔、ライブの設営の神様って呼ばれていたんだって」
核理研の行事の度に、跡夢寮に泊っている絵里が教えてくれた。
櫓、天幕、篝火コッコ。
配置が美しい。
「岡林さん、須藤さん、来てくれてありがとう。受験勉強、大丈夫?」
ビールが入ったカップを片手に持ったジョージさんが話し掛けてきた。
紺色の浴衣に白い帯。
今日も濃いサングラスを掛けている。
「お誘い頂いてありがとうございます。
ジョージさん、帯は博多織ですか?」
父は福岡に単身赴任継続中。
福岡転居は梨奈が埼玉一女を卒業するまで棚上げ。
母懐柔。
お土産に博多織の小物を買って帰る。
「さっすが岡林さん。帯にも詳しいね。
あれ? その浴衣は」
ジョージさんが微笑んだ。
「ミユキーが着ていた浴衣だ。
いいねえ、似合うよ。
ミユキーが蘇ったみたいだ」
「ミユキーが死んでもうすぐ30年か」
千鶴さんがつぶやいた。
「まったく、早いものだね」
あれ
泣いている?
目を拭った千鶴さんはジョージさんをじろっと睨んだ。
「ジョージ、ミユキーが死んだのは、お前がいけないんだ!
責任をとれ! もっと飲め!」
千鶴さんはジョージさんのカップにビールをドボドボと注いだ。
ジョージさんが原因?
なんだろう。
「みなさん! 協和党の蓮沼涼子です!」
突然、大きなアナウンスが響いた。
「私は、戸山を変えます!
首都東京に相応しい、時代の最先端の街にします!」
核理研の正門前に、選挙カーが停まっている。
ベリー・ショート、真っ赤なブレザーを着た蓮沼涼子が叫んだ。
「徴兵制反対! 原子力反対! こんな研究所は、なくしましょう!」
なんで、徴兵制と核理研を結びつける。
「蓮沼! 蓮沼!
協和党の蓮沼涼子を、よろしく、お願いします!」
「うるせえんだよ!」
大きな濁声が響いた。
「今日は祭りだぞ!
誰に断って演説しやがるんだ!」
閻魔大王
団地と核理研の間で交通整理をしていた徳田さんが黄色い誘導灯を振り回して叫んでいる。
「おい、蓮沼!
衆議院は告示前だ!
選挙違反で訴えるぞ!
帰れ! 帰れ!」
徳田さんに誘導灯を突き付けられた蓮沼は、ぽかんと口を開けた。
「ふん!」
千鶴さんが鼻を鳴らした。
「まったく、裸の王様だねえ。
いや、すっぽんぽんの女王様か」
千鶴さんは毒舌。
「まったく、ミユキーと同じ髪型しやがって。
まったく、ミユキーが生きていたら、ぶん殴っているよ。
まったく、みんなにちやほやされてさ。
まったく、禿おやじに叫ばれるなんて夢にも思っていないだろう」
まったく
千鶴さんの口癖。
蓮沼の選挙カーを追い払った閻魔大王が叫んだ。
「和也! 厄払いだ。
篝火をもっと焚け!」
コッコが盛大に焚き上がった。
「明美! みんなで踊るぞ!」
「はいよ!」
ドドンがドン! ドドンがドン!
櫓の上で白い拗り鉢巻きに法被姿の仁科さんが太鼓を叩き始めた。
ロータリーに集まっていた戸山団地のお年寄りが輪になって踊り始める。
♪はあ~
青い光はチェレンコフ
赤い光は核融合
みんな踊ろよ原子の光♪
なんだ、この歌。
ハスキーボイスの女の人が歌っている。
「岡林さん、核理研音頭だよ。
ミユキーが歌っているんだ」
ジョージさんが話しかけてきた。
これがミユキーの声か。
いい声だなあ。
「あ! 友麻君」
絵里が大きな声をあげた。
「友麻く~ん! こっちだよ~」
絵里が大きく手を振った。
やった
黒須君が現れた。
あれ?
亜十夢ちゃんも一緒。
「フォークダンス、やってくれないかなあ」
絵里が呟いた。
まったくだ
盆踊りでは手を繋げない。
核理研の行事が終わると黒須君はお茶ノ水の駿台に向かう。
会話は挨拶程度。
梨奈は3Dの夏至柱にそっと手を合わせた。
夏至の神様
夢の中でもいいです
友麻くんって、呼ばせてください
梨奈は、反逆の処女を卒業したいんです。




