↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
サービス終了した箱庭ゲームが、俺の部屋の壁で続いている ~彼女と楽しむこの街が、終末の東京で帰る場所になった~  作者: オレンジペコ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

7/38

第7話 映画より気になった人

 日曜日の朝、美緒から電話が来た。


「今日、映画館に行ってみない?」


「街の?」


「うん。直人、あそこ入ったことある?」


 俺は壁の窓を見た。繁華街の交差点に、赤い看板の映画館がある。


「建てたとき、入口までは行った。中はないな」


「じゃあ、行こうよ。昨日、前を通ったら、ポスターが変わってた」


 ゲームでは上映中の作品を選ぶと、短い映像を見ることができた。美緒は自分の街でも何度か行ったことがあるという。


 俺は建設後に客の入りを確認し、それきりだった。


「何やってるんだ?」


「探偵のやつ。雨の中で男の人が立ってた」


「それだけでわかるかよ」


「見に行けばわかるって」


 昼前に来ると言って、美緒は電話を切った。


 俺は部屋を片づけ、着替えようとして箪笥の前で止まった。


 街へ行くだけなら、昨日までと同じ部屋着でいい。けれど、今日は映画館に入る。


 シャツを1枚引っ張り出し、鏡の前で髪を直した。


     *


 玄関を開けると、美緒が俺を見て少し笑った。


「今日は、ちゃんと着替えてる」


「映画館に部屋着で行かないだろ」


「昨日、公園には行ってたけど」


「昨日は運転の練習だったから」


 美緒も今日は仕事着ではなかった。薄い緑のカーディガンに、足首が見える丈のスカート。髪は後ろで半分だけ留めている。


「何?」


 顔を見ていたら、聞かれた。


「いや。行くか」


「うん」


 俺たちは街へ入り、車で繁華街へ向かった。


 映画館の近くは人が多かった。パン屋から出てきた子供が袋を抱えて走り、母親らしい人に呼び止められている。


 駐車場へ車を入れると、美緒が助手席から覗いた。


「ここ、私にはまだ狭い」


「今日は俺でよかったな」


「練習したら、ここも入れられるようになるかな」


「なるだろ。俺だって最初は怖かったし」


 車を降り、並んで歩いた。


 映画館の正面には、雨の街角に立つ男のポスターが貼られていた。帽子のつばへ指をかけ、後ろの窓を見上げている。


「これ。『雨の街の探偵』」


「そのまんまだな」


「わかりやすくていいじゃん」


 受付で上映時間を聞くと、次は20分後だった。チケットを2枚買い、美緒に渡す。


「いくら?」


「俺の所持金から引かれた。現実の金じゃないから、気にしなくていい」


「でも、飲み物は私が買うよ。私の分も使えるか試したいし」


 美緒が売店の支払い画面へ触れた。彼女の名前と所持金が表示される。


「残ってる。ゲームのときのお金」


「よかったな」


「じゃあ、ポップコーンも買える」


 彼女は塩味を選び、飲み物を2つ買った。


 受け取ったカップから、甘い炭酸の匂いがした。ポップコーンの容器を抱えた美緒が、劇場の入口を指す。


「行こう。席、真ん中だって」


     *


 劇場は思っていたより広かった。


 スクリーンの前まで続く座席には、すでに何人か座っている。俺たちは列の間を通り、指定された席へ腰を下ろした。


 座面が下がり、背中を柔らかい布が支えた。


「これ、映画館だな」


「映画館だよ」


「いや、ちゃんと広いんだなって」


 美緒は笑い、2人の間へポップコーンを置いた。


 照明が落ちた。


 スクリーンに雨の道路が映る。窓を叩く音が左右から聞こえ、車のライトが濡れた路面を照らしていた。


 探偵が依頼人と話し始める。


 俺は最初、短い映像が終わったら席を立つつもりだった。


 ところが、話は続いた。探偵が古いホテルへ行き、受付で鍵を受け取り、部屋へ入る。画面の端に終了までの表示もなければ、操作の案内も出ない。


 美緒が顔を近づけ、小声で言った。


「これ、知らない場面」


「お前、見たことあるのか」


「最初のとこは。でも、ホテルに入る前に終わってた」


 俺はスクリーンへ向き直った。


 机の引き出しから、濡れた封筒が出てきた。


 それがどうしてここにあるのか気になり、しばらくしてポップコーンへ手を伸ばしたときには、映画がどのくらい続いているのか忘れていた。


 半分ほどなくなった容器へ指を入れると、美緒の手に触れた。


 2人とも引いた。


「ごめん」


 彼女が小声で言い、俺も頷いた。


 スクリーンでは、探偵が廊下を走っていた。追っていた男が階段へ逃げ、扉が閉まる。


 俺はそちらを見ていたが、触れた指先の方が気になった。


 少しして美緒がポップコーンを取る。


 今度は彼女の手が戻るまで待ってから、俺も取った。


     *


 映画が終わったのは、上映が始まってから約1時間半後だった。


 照明がついても、美緒はすぐに立たなかった。


「最後、あの人が来ると思わなかった」


「鍵、最初に持ってたからな」


「気づいてたの?」


「いや。今、思い出した」


「だよね。直人、びっくりしてたもん」


 席を立ち、出口へ向かった。


 美緒は受付の横で足を止め、別のポスターを眺めた。今度は、砂浜に古い飛行機が置かれている。


「これも、続きが見られるのかな」


「たぶん」


「全部見たら、結構かかるね」


 俺も壁に並んだポスターを見た。建てたときは、上映作品の数が集客にどう関わるかしか気にしていなかった。


 今日は、次に何を見たいか考えていた。


「また来ればいいだろ」


「うん。今度はこっち」


 美緒が飛行機のポスターを指した。


 受付の女性が俺たちを見て、上映予定の紙を渡してくれた。美緒は礼を言い、丁寧に折って鞄へ入れた。


 外へ出ると、昼の明るさに目が細くなった。


「お腹すいた」


「ポップコーン、結構食ってたぞ」


「あれはご飯じゃないよ」


 いつもの屋台へ向かいかけた俺の袖を、美緒が引いた。


「今日は別の店にしない? あそこ、ずっと気になってた」


 彼女が指した先には、小さな洋食店があった。窓際に赤い椅子が並び、入口の黒板に今日の料理が書いてある。


 俺はその店を知っていた。美緒と現実で行ったラーメン屋の、通りを挟んだ向かいにも、よく似た店があった。


「こういう店、好きなのか」


「うん。あのラーメン屋の向かい、覚えてる? 外から見ると、お皿がかわいかった店」


「覚えてる。入らなかったけど」


「ラーメン食べたあとだったしね」


 美緒が入口の黒板を覗き込む。


 俺も隣で見ながら、あの日の店主を思い出した。美緒が胡椒で咳き込んだとき、厨房から顔を出して、水を勧めてくれた人だった。


「……あの店、もう閉まってるんだよな」


「うん。前に通ったら、看板なくなってた」


 美緒は黒板から顔を上げた。


「閉店のお知らせ、直人も見た?」


「見た。店主さんが引退するって」


「もう1回行っておけばよかったね」


 俺たちはその店で、ゲームの話をしながらラーメンを食べた。通話なら何時間でも話していたのに、目の前に座ると、最初は何を聞けばいいのかわからなかった。


 先に笑ったのは、美緒だった。


 俺が緊張して、メニューを2回聞き返したときだったと思う。


 洋食店の扉が開き、客が出てきた。美緒が脇へよける。


「入ろうか」


「ああ」


 俺は扉へ手をかけたが、ふと通りの向こうを見た。


 小さな空き店舗が1軒ある。管理画面では、まだ何を入れるか決めていなかった場所だ。


「美緒」


「何?」


「あのラーメン屋、こっちでつくれないかな」


 彼女は俺の顔を見た。


「建物なら、できるだろ。厨房も、席も」


「味は?」


 そこまでは考えていなかった。


 屋台の焼き鳥には味がある。でも、俺が外観を似せて店を置いただけで、あのラーメンになるとは思えない。


「……店主さんに聞けたらいいんだけどな」


 美緒は少し考え、鞄からスマートフォンを出しかけた。電波がないのを思い出して、また戻す。


「あの閉店のお知らせ、私、写真撮ったよ。帰ったら見てみよう」


「連絡先、載ってた?」


「覚えてない。でも、店の道具を譲りますって書いてあった気がする」


 俺は空き店舗をもう1度見た。


 美緒が俺の腕を軽く叩く。


「まず、ご飯食べよう。帰ってから探す」


「そうだな」


 店へ入り、窓際の席に座った。


 美緒はメニューを開くと、ラーメン屋で俺が聞き返した料理の名前を口にした。


「今度は、注文ちゃんと言える?」


「さすがに言えるよ」


 彼女は笑い、メニューの向こうへ顔を隠した。


 俺は窓越しに空き店舗を見た。厨房に立つあの店主の姿を思い浮かべながら、帰ったら何を聞こうか考えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。