第5話 2人で育てた、最初のひと皿
その日の昼休み、美緒からメッセージが届いた。
『今日も見に行く?』
添えられていたのは、俺が朝送った写真だった。畝に並んだ双葉の間から、小さな本葉が出ている。
『行く。朝からまた何日か経ってる』
返信してから、現実の時計を見た。
朝、街を出たのは7時過ぎだった。次に入るのが19時なら、向こうではさらに12日が過ぎる。種をまいたあとに街の外で過ごした時間を足せば、およそ24日だ。
朝には葉を見つけて喜んでいたのに、夕方にはもっと育っている。
俺は美緒へ追加で送った。
『そろそろ根の方も見てもらおう』
『私が着くまで抜かないでよ』
*
美緒が来たのは、19時少し前だった。
玄関を開けると、彼女は挨拶より先に聞いた。
「まだ入ってない?」
「待ってた」
「よかった。袋、持ってきたよ」
鞄から取り出したのは、野菜を入れるための透明な保存袋だった。
「もう採るつもりか」
「採れたら持って帰りたいじゃん」
袋を鞄へ戻し、2人で街へ入った。
自宅のリビングへ移ると、美緒はすぐ窓の外を見た。空が薄く曇っている。
「今日、雨だったのかな」
「わからない。俺が朝来たときは晴れてた」
こちらでは、それから何日も過ぎていた。俺たちが知らない間に晴れたり、雨が降ったりしている。
車で農園へ向かう途中、道路脇の草が濡れているのが見えた。窓を開けると、昨日より少し冷たい風が入ってきた。
農園では、マルクが道具を洗っていた。
「こんにちは。大根、どうですか」
俺が聞くと、彼は小屋の裏を指した。
「ちょうどいいよ。何本か採れそうだ」
美緒が先に歩き出した。俺も後を追い、畝の前で足を止めた。
朝より、葉が大きくなっていた。
土が見えていた場所を緑の葉が覆い、その隙間に赤い根の上部が覗いている。美緒がしゃがみ、葉をそっと持ち上げた。
「あった。赤い」
俺も隣へしゃがんだ。種の袋で見たような丸い形が、土から少し出ている。
マルクが俺たちの後ろへ来た。
「この大きいのから採ってごらん。小さいものは残しておけばいい」
「ここ持っていいですか?」
美緒が葉の根元へ指を添える。
「そう。葉の先じゃなくて、下の方をまとめて」
美緒は片手を土へつき、もう片方で引いた。
赤い大根が抜けた。
丸い根の先に、白く細い根が伸びている。土の粒がついたまま、美緒の手の中に収まっていた。
「採れた」
彼女は俺へ見せてから、もう1度自分で見た。
「思ったより小さいね」
「二十日大根だからな」
「わかってるけど。こういうの、抜くの初めて」
俺も隣の1本へ手を伸ばした。
葉をまとめて引くと、思っていたより簡単に抜けた。美緒のものより少し縦長で、土の中にあった部分は白かった。
2人で並べてみる。
「直人の、長い」
「そういうのもあるんだろ」
マルクが俺の手元を覗いた。
「まだ小さいものもあるから、次は俺が指したやつにしようか」
俺は頷き、採った大根を籠へ入れた。
結局、その日は6本採った。残りはもう少し育てることにした。
小屋の脇の水場で土を洗うと、赤い皮がつやつやして見えた。美緒は細い根に残った土を指で落とし、葉も丁寧にすすいでいる。
「マルクさんも食べます?」
「いいのかい?」
「育ててもらったから」
彼は笑い、1本受け取った。葉を落として根を半分に切り、片方を口へ入れる。
「うん。ちゃんとできてる」
もう片方を差し出され、俺がかじった。
歯を入れると、ぱりっと割れた。水気が多く、噛んだあとに少し辛みがくる。
「大根だ」
美緒が笑った。
「大根をまいたんだから」
「いや、そうなんだけど」
残りの1本を切ってもらい、美緒も食べた。
「あ、おいしい。辛いの、最後にくるね」
彼女は切り口を見てから、残りを口へ入れた。
現実で買った種だった。袋を持ってきて、ここへまいた。街の野菜を買ったときとは違って、どの種から育ったのか、俺たちは知っている。
俺は畝へ目を向けた。まだ土の中に残っている根もあった。
「次、いつ来たらいいですか」
「今の大きさなら、何日かしたら見てほしい。育ちすぎる前に採ろう」
俺はスマートフォンへメモをした。街に誰もいなければ、現実の数時間で何日か経ってしまう。
「明日の朝、俺が来ます」
美緒が少し残念そうに籠を見た。
「写真、送ってね」
「ああ。大きいのは採っていいか?」
「うん。今度は任せる」
*
帰りに市場へ寄り、パンとバター、それから塩を買った。
自宅の台所へ籠を置くと、美緒は袖をまくった。
「切っていい?」
「頼む。俺は皿出す」
包丁とまな板は、引き出しに入っていた。美緒が刃を確かめ、洗ってから大根を並べる。
俺は冷蔵庫からバターを出した。買ってきたパンを切り、美緒の横へ置く。
「このくらい?」
彼女が薄く切った大根を1枚つまんだ。
「いいんじゃないか」
「ちょっと厚いかも。食べてみて」
渡されたものをかじる。さっきより薄いので、辛みも軽かった。
「うまいよ」
「じゃあ、これで」
俺がパンへバターを塗り、美緒が大根を重ねた。最後に塩を少し振る。
白い皿に並べると、赤い皮が目立った。
美緒は皿を持ち上げ、食卓ではなく窓際のテーブルへ運んだ。
「こっちで食べよう。外、見えるし」
俺は椅子を引き、向かいへ座った。
パンをかじると、バターの塩気のあとに大根がしゃきっとした。さっきそのまま食べたときより、辛みが気にならない。
「これ、いいな」
「マルクさんの分も、こうすればよかったね」
「次に持っていこう」
美緒は頷き、もうひと切れ取った。
窓の外には海が見えた。庭の木から落ちた水滴が、下の葉に当たっている。
「うちでも育てようかな」
彼女が言った。
「ベランダで?」
「うん。でも、こっちみたいにはいかないよね。仕事から帰ってきても、そんなに変わってないだろうし」
「マルクさんもいない」
「それが大きい」
2人で笑った。
食べ終わると、美緒は残した大根を保存袋へ入れた。葉の方も捨てずに分けている。
「それ、どうする?」
「炒めてみる。食べられるって、袋に書いてあったよ」
種の袋を取り出し、裏の説明を見せてくれた。
俺は食器を洗い、美緒は袋の口を閉じた。
帰る前に管理画面を開き、次に農園へ行く時間を確認した。残りの種もある。続けて育てるなら、少しずつまく方がよさそうだった。
「今日はもう、まかない?」
俺が聞くと、美緒は首を振った。
「次に来たときにしよう。今日の分、ちゃんと食べてから」
*
アパートへ戻っても、保存袋の中には大根が入っていた。
美緒は明るい台所で取り出し、赤い根を指で触った。
「持って帰れた」
「焼き鳥も出せたから、大丈夫だとは思ってたけどな」
「うん。でも、これも確かめておきたかった」
彼女が大根を袋へ戻している間に、俺は台所でコップへ水を入れた。
手を洗おうとすると、美緒が先に蛇口へ手を伸ばした。水は細くしか出ない。この部屋の小さな流しで、2人並ぶと肩が当たる。
美緒は手を拭きながら、さっきまでいた街の台所を思い出したようだった。
「あっち、広かったね」
「ここに帰ると余計にな」
「今度、お弁当つくってから行く? 川で食べられるし」
俺は壁の窓を見た。
農園の場所も、屋台への道も、もう地図を開かずに行ける。ゲームのときと同じように、次にすることを相談していた。
「いいな。何つくる?」
「まず、直人の冷蔵庫に何があるの?」
「弁当と卵」
「じゃあ、買い物からだね」
美緒が笑い、保存袋を鞄へ入れた。
その夜、届いた写真には、炒めた大根の葉と卵が写っていた。
『葉っぱもおいしかった』
『直人の分、明日持ってく』
俺は写真を少し拡大してから、返信した。
『じゃあ、パン買って待ってる』
明日は駅前のパン屋で、美緒の好きな丸いパンも買って帰ろうと思った。
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