第4話 種を1袋、持ち込んでみた
翌朝、美緒から写真が届いた。
川辺の椅子に並んだ俺たちが、焚き火を背に笑っている。目をつぶっていた方ではなく、撮り直した写真だった。
『これ、ちゃんと残ってた』
『今日、種買っていっていい?』
俺はベッドに座り、返信した。
『何を育てるんだ?』
『二十日大根。早いし、プランターでも育つって』
『袋の写真送るね』
昨日、帰りの車でも栽培の話になった。
街の畑では野菜が育っている。それなら、現実の種も育つのではないか。俺たちが外にいれば時間は24倍になるから、結果が出るまで長く待たなくて済む。
ただ、俺は小学校で朝顔を育てて以来、種をまいたことがなかった。
届いた写真には、丸く赤い根と緑の葉が写っていた。
『仕事終わったら買ってくる。直人は土あるか見ておいて』
俺は了承してから、壁の窓を見た。
畑ならある。でも、どこへまけばいいのかは、見ただけではわからなかった。
*
夕方、先に帰宅した俺は、街の農園へ向かった。
車を停めると、畑の脇で木箱を積んでいた男が顔を上げた。日焼けした首にタオルを掛け、長靴は土で汚れている。
この農園を担当しているNPCだった。管理画面では何度も顔を見ていたが、直接話すのは初めてだ。
「こんにちは。少し聞いてもいいですか」
「どうぞ。何か注文?」
「いや、種をまいてみたいんです。別の場所から持ってきたもので」
男は木箱を荷台へ載せ、こちらへ来た。
「何の種?」
「二十日大根です」
「それなら、建物の裏が空いてる。小さい畝でよければ使っていいよ」
作業小屋の裏へ案内された。道具置き場の脇に、何も植わっていない土の区画がある。
「水も近いし、試すにはいいだろ」
「ありがとうございます。あの、俺は直人です」
「知ってるよ。ここの管理者だろ。俺はマルク」
知っていると言われ、少し恥ずかしくなった。
俺の方は、農園の生産量ばかり見ていた。この人がここで働いていることは知っていても、名前は気にしたことがなかった。
「あとで、もう1人連れてきます。2人とも、ほとんど初めてなんですけど」
「じゃあ、道具を出しておく。種の袋も持っておいで」
*
美緒は種と一緒に、軍手を2組買ってきた。
「直人、素手でやりそうだったから」
「道具は貸してもらえる」
「手袋も?」
「そこまでは聞いてない」
「買ってよかった」
袋を机へ置き、壁の窓へ近づいた美緒が、ふと足を止めた。
「これ、手に持って入ればいいの?」
「焼き鳥は持って出られたけど、種は初めてだな」
俺も窓へ触れた。管理項目の中に《物資の取り込み》がある。開くと、接続位置へ品物をかざすよう案内が出た。
美緒が種の袋を窓の前へ持っていく。
袋が窓へ吸い寄せられ、彼女の指から抜けた。
「あっ」
窓に表示が出た。
《二十日大根の種・未開封1袋》
《状態:良好》
《受取場所:管理者自宅》
美緒は空になった手を見た。
「袋ごといった」
「向こうに届いてるらしい」
「ちゃんと出してよ。育てる前になくなったら嫌だからね」
靴を履き、2人で街へ入った。
リビングの壁際に、小さな受取台があった。そこへ触れると、さっきの袋が出てきた。美緒が受け取り、裏返して確かめる。
「同じだ。値段のシールもついてる」
俺も表示を確認した。取り込んだ物資の欄から、種の袋は消えている。
増えたわけではない。向こうへ運ばれただけだった。
「まず、これで試そう」
美緒が種を鞄へ入れた。
*
農園へ着くと、マルクが小屋の前で待っていた。
「そちらが、もう1人?」
「美緒です。よろしくお願いします」
美緒が袋を渡す。マルクは表の写真を見てから、種を少し掌へ出した。
「どのくらいまきたい?」
「全部……じゃない方がいいですか?」
「初めてなら、半分もいらないよ。残しておけば、うまくいかなかったときにもう1度できる」
俺は袋の小ささから、全部使うものだと思っていた。美緒も同じだったらしく、俺と目が合った。
軍手をつけ、2人で土をほぐした。
小さな区画なのに、鍬を使うとすぐに腰へきた。深く掘ればいいのかと思って力を入れると、マルクに「そこまで掘らなくていい」と止められる。
隣で美緒が笑った直後、彼女の鍬も土に引っかかった。
「直人、これ抜いて」
「笑っただろ、今」
「ごめん。お願い」
鍬を抜いて渡すと、美緒は今度は浅く刃を入れた。
土をならし、細い溝へ種をまく。指先でつまむと、袋の中で見たときよりずっと小さかった。
「こんなのが、あの赤いやつになるのか」
「根っこだよね、食べるの」
「たぶん」
俺たちの会話を聞き、マルクが種の袋を指した。
「間隔を空けて。近すぎると、育ったあとで抜くことになる」
俺が落とした種を、美緒が指で少し離した。
土をかぶせ、じょうろで水をやる。勢いよく傾けかけると、美緒が俺の腕へ手を添えた。
「土、流れちゃう」
少しずつ水をかけると、乾いていた土の色が濃くなった。
見た目は、まだただの土だった。それでも、まく前とは違って見える。
「このあと、どのくらい水をやればいいですか」
俺が聞くと、マルクは表面を指で触った。
「芽が出るまでは乾かさないように。留守の間は見ておくよ」
「お願いしていいんですか」
「ここで育てるんだから、そのくらいはするさ。育ったら、俺にも見せてくれ」
美緒が袋を鞄へしまい、頭を下げた。
「ありがとうございます。私たちも、見に来ます」
帰る前に、畝の端へ小さな札を立てた。
美緒が借りた鉛筆で品名を書き、その下に今日の日付を入れる。
「それ、現実の日付だぞ」
「あ、そっか」
彼女は消して書き直そうとしたが、手を止めた。
「裏に、こっちの日付を書けばよくない?」
「そうだな」
表と裏に違う日付が入った札を、2人で土へ差し込んだ。
*
アパートへ戻ると、まだ夕飯の時間だった。
美緒は手を洗ってから、種の袋を机に置いた。街の土がついた軍手は、玄関に広げてある。
「明日の朝には、向こうで何日になる?」
「今から俺が起きるまでなら、1週間くらい」
「芽、出るかな」
「見て、写真送るよ」
「何も出てなくても送って。勝手に諦めないでよ」
美緒はそう言って帰っていった。
その夜は、窓の中の農園を何度も拡大してしまった。暗くなると、札の位置しかわからない。寝る前にも確かめたが、土は変わっていなかった。
翌朝、俺は目覚ましを止めると、靴を履いて街へ入った。
農園へ着いたとき、マルクは別の畝で作業していた。俺を見ると、小屋の裏を指す。
「見てごらん」
昨日まいた場所へ近づき、しゃがんだ。
土から、小さな緑の葉が出ていた。
1つ見つけると、その横にも、その先にもある。まいた溝に沿って、丸い双葉が並んでいた。
俺は札を確かめ、それから葉をもう1度見た。間違いなく、2人で種をまいた場所だった。
写真を撮り、急いでアパートへ戻った。
『出た』
送ると、美緒からすぐに返事が来た。
『写真もっと近くで』
『あと、札も入れて撮って』
俺は時計を見た。出勤まで、まだ少し時間がある。
もう1度靴を履きながら、返信した。
『わかった。まだ食べられないからな』
『それはわかるよ!』
昨日まで袋に入っていた種が、向こうで育っている。
壁に触れる前に、俺は窓の中の農園を見た。今度は、あの畑のどこを見ればいいのか、ちゃんとわかった。
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