↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
サービス終了した箱庭ゲームが、俺の部屋の壁で続いている ~彼女と楽しむこの街が、終末の東京で帰る場所になった~  作者: オレンジペコ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

38/38

第38話 あの日の続きを

 建物の並ぶ道を抜けると、フロントガラスの向こうに川が見えた。


 水面が陽に光り、その奥には緑の斜面が続いている。川沿いの道を曲がると、見覚えのある木の看板が現れた。俺が車を減速させる前に、美緒が助手席から身を乗り出す。


「ここ。覚えてる?」


「覚えてるよ。最後、曲がり損ねかけた」


「結構な速さで入ろうとするから」


「今日はちゃんと減速してるだろ」


 後部座席から、結衣が二人の間へ顔を出した。


「前にも来たの?」


 美緒は俺を見てから、結衣へ振り返った。


「うん。二人でね」


「お泊まりした?」


「そのつもりだったんだけど、途中で帰る時間になっちゃった」


 結衣は窓の外を見た。木々の間に、川へ下りる小道がある。


「今日は?」


「今日は泊まるよ」


 そう答えると、結衣は隣の父親の袖を引いた。


「お父さん、今日は帰らないって」


「聞こえたよ。楽しみだな」


 長谷川さんは笑い、娘のずれかけた帽子を直した。


 駐車場に車を止め、エンジンを切る。扉を開けた途端、川の音が入ってきた。


 画面の中で何度も聞いた音だった。けれど、外へ出ると、その音は木々の向こうから届いていた。車の陰では涼しく、日向へ踏み出すと腕が暖かくなる。足元の砂利が靴の下で鳴った。


 美緒も車を下り、川の方を向いたまま立っていた。


「……ほんとに来たね」


「ああ」


 結衣が二人の間を通り、川へ続く道をのぞく。


「お水、見ていい?」


「先に荷物を置こう。一人では下りないんだよ」


 父親に言われ、結衣は素直に戻ってきた。代わりに車の後ろへ回り、自分のリュックを受け取る。


 俺たちは、あの夜と同じ場所へ向かった。


     *


 テントを張る場所は、川から少し離れた平らな地面だった。木陰が端に掛かり、そこからなら水面も見える。


 俺が荷物を置くと、美緒はまず地面を見て、それから頭上の枝を見上げた。


「寝る方はこっちかな。椅子は川が見える向きで」


「テント、二つ並べる?」


「入口を少し向かい合わせようよ。結衣ちゃん、夜にこっちを呼びやすいでしょ」


 結衣が父親の手を握ったまま、うなずいた。


 俺たちがテントを広げている間、長谷川さんには椅子に座ってもらった。ただ、何もせずにいるのは落ち着かないらしい。結衣と一緒に説明書を読み、俺がポールを持つたびに、次に通す場所を教えてくれた。


「直人君、その先は赤い印の方だね」


「こっちですか」


「うん。今、美緒さんが持ってるところ」


 結衣も説明書をのぞき込む。


「これ、もうおうちになる?」


「もう少し。あの棒が立ったら形になるよ」


 テントが起き上がると、結衣は小さく拍手した。すぐに中へ入ろうとしたので、美緒が入口の布を持ち上げる。


「靴はここで脱いでね」


 結衣は靴をきっちり並べ、四つんばいで中へ入った。窓から顔を出し、父親を呼ぶ。


「お父さん、こっち来て。広いよ」


 長谷川さんが立ち上がった。美緒は俺へペグを渡し、二人が入っていくのを見送る。


「よかった。気に入ってくれた」


 テントの中から、結衣の声が聞こえた。枕をどちらへ置くか、もう相談が始まっている。


 俺は地面へペグを打ち込みながら、その声を聞いていた。


     *


 川には、長谷川さんと俺で結衣を連れていった。


 岸の浅いところへしゃがむと、結衣は水に手を入れ、すぐに引っ込めた。


「つめたい」


「山の方から流れてくるからね」


 父親の答えを聞きながら、今度は指先だけを入れる。水底には丸い石が並び、その隙間を細い影が走った。


「いた。お魚」


 結衣の指を追って俺も目を凝らしたが、魚はもう石の陰へ隠れていた。


「どこ?」


「そこ。直人くん、遅い」


 長谷川さんが笑った。


 しばらく三人で水を見ていると、上から美緒が呼んだ。


「お昼できたよ。手、拭いて上がってきて」


 結衣が振り返り、父親と俺の顔を順に見た。


「またあとで来る?」


「来よう。ご飯を食べたら」


 長谷川さんが答えると、結衣は差し出された手を握り、坂を上がった。


 テーブルには、焼いたパンとスープが並んでいた。美緒がパンを開くと、中のチーズが糸を引き、結衣が椅子の上で身を乗り出す。


「これ、私の?」


「そう。熱いから、少し待ってね」


 待っている間に、父親が結衣のスープを混ぜた。俺が隣へ座ると、美緒も向かいの椅子を引く。


 四人分の食器が、テーブルに並んでいる。


 いただきます、と声が重なった。


 パンの表面は香ばしく、中は柔らかかった。噛むと溶けたチーズと具の味が広がり、続けて飲んだスープが腹へ落ちる。結衣は両手でパンを持ち、口の端についたチーズを父親に拭いてもらっていた。


 美緒はその様子を見てから、自分のパンを食べた。


「どう?」


「うまい」


「外で食べると、違うね」


「もう一個ある?」


「あるけど、夜も食べるよ」


 俺が鍋へ伸ばしかけた手を止めると、結衣まで自分のパンを見下ろした。


「夜、何?」


「お肉。お野菜も焼く」


「じゃあ、食べる」


 何を決めたのか分からないまま、結衣は残りのパンを口へ運んだ。


     *


 夕方には、川の向こうの斜面が赤く染まった。


 結衣は父親と拾ってきた石をテーブルへ並べ、一番丸いものを美緒に見せていた。俺は焼き網の前で、肉を裏返す。


 脂が火へ落ち、炎が上がった。慌てて肉を端へ移すと、美緒が皿を持って来た。


「それ、もう焼けてる?」


「これは焼けてる。こっちはまだ」


「じゃあ、結衣ちゃんの分、切るね」


 焼いた肉を小さく切り、野菜と一緒に皿へ盛る。結衣は父親の隣でそれを受け取り、最初の一口を食べると、目を丸くした。


「おいしい」


 長谷川さんも肉を口へ運び、ゆっくりとうなずいた。


「うん。おいしいな」


 結衣が次の肉を選ぶ間、父親は皿を持ったまま、川へ目を向けた。美緒に飲み物を尋ねられると、少し遅れて振り返る。


「すみません。……こうして食事をするのが、久しぶりで」


「お父さん、昨日も食べたよ」


「そうだね。昨日も食べた」


 長谷川さんは娘の髪を撫で、それから俺たちへ頭を下げかけた。


 美緒が、その前に焼いた野菜の皿を差し出した。


「こっちもどうぞ。直人が全部食べる前に」


「そんなに食べてないだろ」


「焼きながら食べてた分も入れて」


 結衣が俺の皿をのぞき込んだ。長谷川さんは笑って、頭を上げた。


 空が暗くなってから、焚き火を囲んだ。


 結衣は串に刺したマシュマロを火へ近づけ、父親に少し戻すよう教えてもらう。表面が膨らむと、待ちきれずに口へ運びかけ、美緒に止められた。


 ようやく食べたときには、唇に白いものがついた。


「のびる」


 結衣は笑い、もう一本の串を父親へ渡した。


 その元気も、長くは続かなかった。


 昼間、何度も川へ行ったせいか、食べ終えると父親の腕へもたれ始めた。長谷川さんが顔をのぞき込むと、結衣は目をこすりながら首を振る。


「まだ寝ない」


「うん。でも、少し横になろうか」


 テントへ連れていくと、結衣は寝袋に入り、父親の袖をつかんだ。


「お父さんも、ここ?」


「ここにいるよ」


 入口を閉じる前、長谷川さんが俺たちを見た。


「今日は、ありがとうございました」


「おやすみなさい。また明日」


 美緒が答えると、結衣も寝袋の中から手を振った。


     *


 焚き火の前へ戻ると、急に川の音が大きくなった。


 椅子へ腰を下ろし、俺は薪を一本足した。火の粉が上がり、暗い空へ消えていく。


 美緒は隣で両手を火へ向けていた。


「あのときも、この辺に座ってたよね」


「もう少し川の方だったかな」


「直人、私の隣に椅子を置くの、何回か失敗してた」


「向きを変えようとすると、変なところへ動くんだよ」


「最後まで斜め向いてた」


 思い出して、美緒が笑う。


 俺たちは、あの夜も焚き火を見ていた。サービスが終わる時刻を気にしながら、まだ話せることを探していた。画面が止まったあとも通話を切れず、別々の部屋で、しばらく黙っていた。


 今、美緒の椅子は俺のすぐ隣にある。


 彼女が薪の崩れる音に顔を向け、その頬を火が照らした。風が通ると髪が揺れ、川の方から少し冷たい空気が来た。


「寒くない?」


「ちょっと」


 用意していた毛布を渡そうとすると、美緒は自分の肩へ掛け、余った端を俺の方へ広げた。


「直人も」


 椅子を少し寄せる。毛布の下で腕が触れ、美緒はそのまま火へ目を戻した。


「今日は、時間を見なくていいね」


 俺も、腕時計を見ずに答えた。


「眠くなるまで、ここにいよう」


 美緒がうなずいた。


 薪が崩れ、二人で火を見た。テントの方は静かで、入口の隙間から小さな灯りが漏れている。


「また来たいな」


「来よう。街から近いし」


「今度は何も忘れずに持ってこないと」


「何か忘れた?」


「お茶。温かいの、飲みたくなった」


 俺が腰を浮かせると、美緒が毛布の端を押さえた。


「今はいい。もう少し、こうしてたい」


 俺は座り直した。


 彼女の手が毛布の下へ戻る。すぐそばにあったその手へ、俺は自分の手を重ねた。


 美緒は一度こちらを見て、それから指を絡めた。


 しばらく、二人とも何も言わなかった。


 川が流れ、焚き火が燃えている。時計を確かめる人も、終わりを知らせる表示もなかった。


 美緒が肩を寄せてきたので、俺は毛布を引き上げた。


 あの夜、終わってしまったと思った時間の続きを、俺たちはもう少しだけ過ごした。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

これで第1章は完結です。


直人と美緒の街で描きたい日々は、まだ残っています。第2章については、皆さまの反応も励みにしながら、考えていきたいと思っています。


「この街の続きを読んでみたい」と思っていただけましたら、ブックマークや、ページ下部の【☆☆☆☆☆】から評価で応援していただけると嬉しいです。


また、この街でお会いできましたら。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。