↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
サービス終了した箱庭ゲームが、俺の部屋の壁で続いている ~彼女と楽しむこの街が、終末の東京で帰る場所になった~  作者: オレンジペコ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

35/38

第35話 持ち出せなかったもの

 結衣と長谷川さんには、俺の家の空いている部屋を使ってもらうことにした。


 美緒が寝具を取りに行き、俺は隣の部屋から椅子を運んだ。結衣は父親の手を引き、窓から見える庭を教えていた。


「ここの鉢、私も水あげてる」


「そうか。いっぱいあるな」


「こっちは、まだ触ったらあかん」


 長谷川さんは頷き、指された鉢へ身を屈めた。


 結衣は父親が立ち上がるたび、その袖をつかんだ。洗面所へ案内するときも、コップを取りに行くときもついていく。


 長谷川さんは急がず、結衣に合わせて家の中を歩いていた。


 俺は廊下からその様子を見て、リビングへ戻った。


 ソファに腰を下ろすと、膝の擦り傷が痛んだ。美緒が洗ってくれたあと、絆創膏を貼ってある。


「そこ、また血が出てない?」


 美緒が隣へ座った。


「大丈夫。曲げると痛いだけ」


「今日はもう、走らんでよ」


 俺は頷いた。


 美緒は俺の脚を見てから、壁の管理画面へ目を向けた。


「学校の入口、どうする?」


「外の様子を確認してから消す」


 神谷が追ってくることはなかった。けれど、俺たちが逃げた方向を覚えていれば、また探しに来るかもしれない。


 美緒の部屋の周辺と、学校の様子は確かめておきたかった。


     *


 美緒の部屋へつながる窓を開いた。


 部屋の中は静かだった。玄関の向こうで、何かを擦る音がする。逃げ込んだときについてきたゾンビが、まだ廊下にいるらしい。


 神谷たちの声はしなかった。


 次に、学校の用具室へ切り替えた。


 棚の裏から見える室内に、箱が倒れていた。床には袋入りの乾麺が散らばり、入口の向こうで人が走っている。


 俺は音声を聞けるようにした。


「それは残してください!」


 女性の声だった。


 朝、俺に箱を運ぶよう頼んだ人が、用具室の入口に立っていた。


 その前を押しのけ、神谷が入ってくる。


 袖に血がついていた。金属の棒は持っていない。代わりに大きな袋を広げ、棚の缶詰を掴んで放り込んだ。


「どいてろ!」


「給食室にも、もうありません。子どもたちが——」


「ここにいたら死ぬぞ。逃げるなら自分で持て!」


 佐伯も入ってきた。


 両腕に、米袋を抱えていた。


「車、動くんですか」


 神谷が尋ねた。


「前が塞がってる。裏へ回す」


「誰が運転する」


「俺がやる。早く積め」


 女性が佐伯の前へ出た。


「人を乗せるんじゃなかったんですか。荷台まで食料で埋めたら、乗れません」


「歩ける人は裏から出て。車には全部乗らない」


「怪我をしてる人は?」


「今は話してる場合じゃない!」


 佐伯が女性の肩を押した。


 女性は棚へぶつかり、片手で身体を支えた。


 俺の隣で、美緒が息を呑んだ。


 廊下の奥から、悲鳴が上がった。


 神谷が入口を振り返る。


「門、誰が見てる!」


「お前が開けろと言ったんだろう!」


 佐伯が怒鳴り返した。


「戻ってきたあいつを入れたのは、お前だ!」


 俺は駐車場に残された男を思い出した。


 神谷に手を貸せと叫んでいた。


 男も学校まで戻ったのだ。


 用具室の外で、誰かが扉を閉めようとしていた。激しくぶつかる音に続き、ガラスが割れる。


 女性は倒れた箱を跨ぎ、廊下へ出た。


「裏口へ! 給食室の方!」


 走りながら、ほかの人へ呼びかける。


 佐伯は米袋を床へ下ろした。


 神谷がその1つを拾った。


「置け。先に車を——」


「向こうへ出たら、食う物がなくなる!」


 神谷は袋を抱え、入口へ向かった。


 廊下から、人が倒れ込んできた。


 俺たちを追った男だった。


 片足を引きずり、手を伸ばしている。ズボンの裾が濡れ、その下の皮膚が大きく裂けていた。


「神谷……」


 神谷は後ろへ下がった。


「来るな!」


 男が床へ膝をつく。


 その背中へ、廊下から伸びた手が掛かった。


 男の身体が後ろへ引かれた。扉の枠へ肩がぶつかり、指が床を掻く。


「助け——」


 声が途切れた。


 神谷は米袋を落とした。


 佐伯が扉へ手を掛けたが、男の脚が挟まって閉まらない。


 廊下の向こうから、さらに腕が伸びてくる。


「押せ!」


 佐伯が叫んだ。


 神谷も扉へ身体を押しつけた。


 男の脚が不自然に曲がった。


 それでも、扉は閉まらなかった。


     *


「直人」


 美緒が俺の腕に触れた。


 声のした方を見ると、長谷川さんが廊下に立っていた。


 結衣は一緒ではなかった。


「結衣、寝ました」


 長谷川さんはそう言い、壁の窓へ目を向けた。


 俺は席をずらした。


 何が起きているのか説明する前に、窓の向こうで佐伯が叫んだ。


 扉の隙間から入った手が、その腕を掴んでいた。


 神谷は扉を押すのをやめ、佐伯の背中を押した。


「離せ! おい、神谷!」


 佐伯の身体が入口へ押しつけられる。


 神谷は後ろへ逃げた。


 棚へぶつかり、積まれていた箱が落ちる。床へ座り込んだところへ、佐伯の叫びが続いた。


 袖の上から、歯が食い込んでいた。


 佐伯は腕を振った。廊下へ引かれそうになり、扉の枠へしがみつく。


 神谷は立ち上がり、窓へ向かった。


 机を足場にして窓を開けようとする。けれど、内側に張りつけた板が邪魔をしていた。


 昨日、俺たちも手伝って取りつけた板だった。


 紐を引きちぎろうとする指が滑る。


 神谷は机から降り、棚の奥へ走った。


 そこには、俺たちが使った出入口があった。


 神谷が壁へ背中を押しつけた。


 窓も表示も、その男には見えていない。


 俺たちのいる場所へ、来ることはできなかった。


 佐伯が入口から倒れ込んだ。


 喉元を押さえ、床を這う。残された米袋を掴み、それを盾にするように身体の前へ持ち上げた。


 袋の端が引っかかり、米がこぼれた。


 佐伯は袋を放した。


 何体もの足が、白い粒を踏んで入ってきた。


 神谷は棚から缶詰を掴み、投げつけた。顔に当たった1体がよろけても、後ろから次が来る。


 身体を掴まれ、壁へ押しつけられた。


「来るな! 離せ!」


 神谷は肘を振った。


 腕へ噛みつかれ、叫び声が変わった。


 長谷川さんが、窓から目を逸らした。


 俺は表示を消そうとして、手を止めた。


 神谷の身体が床へ沈む。佐伯はもう動いていなかった。声が途切れたあとも、2人の上に屈んだ影が離れなかった。


 俺は窓を閉じた。


     *


 リビングが静かになった。


 外から、車が通り過ぎる音が聞こえた。


 長谷川さんはソファの背へ手を置き、しばらく黙っていた。


「ほかの人は……」


「裏へ逃げるように、呼びかけている人がいました」


 俺は答えた。


「何人出られたかは、わかりません」


 長谷川さんは頷いた。


 学校には、俺たちを止めようとしなかった人もいる。水を分け、食事を作り、子どもの世話をしていた人たちがいた。


 今から戻っても、用具室には出られない。廊下の様子も、もう見えなかった。


 俺は管理画面を開き、学校の出入口を解除した。


 登録先の一覧から、桜川小学校が消えた。


 長谷川さんはその表示を見て、顔を伏せた。


「平田さんが帰ってこなかった理由、聞けませんでしたね」


「はい」


 確かめることは、もうできない。


 長谷川さんは眼鏡を外し、掌で目を押さえた。


 美緒が台所へ立った。戻ってきた手には、温かいお茶が3つあった。


 長谷川さんは両手でカップを受け取った。


「俺、ここで働きます」


 少しして、そう言った。


「何ができるか、まだわかりません。でも、結衣を預かってもらって、俺まで住まわせてもらうんですから」


「仕事は、明日から一緒に探しましょう」


 俺はカップを机へ置いた。


「今日は、結衣のそばにいてください」


 廊下から、裸足の足音がした。


「お父さん?」


 結衣が部屋の入口に立っていた。片手で目を擦り、俺たちの顔を見回す。


 長谷川さんはカップを置いた。


「ここにいるよ」


 結衣が駆け寄る。


 長谷川さんは抱き上げ、隣へ座らせた。


「起きたら、いなかった」


「ごめんな。お兄ちゃんたちと話してた」


 結衣は父親の袖を掴んだまま、俺と美緒を見た。


「今日、ご飯どうする?」


 美緒が俺へ顔を向けた。


 俺は頷いた。


「ラーメン、食べに行こうか」


「お父さんも?」


「もちろん」


 結衣が父親の腕を引いた。


「私、知ってる。おいしいとこ」


 長谷川さんは眼鏡を掛け直し、結衣へ笑いかけた。


「じゃあ、案内してくれるか」


 結衣は頷いた。


 俺は玄関の棚から車の鍵を取った。

面白いと思っていただけましたら、ブックマーク・☆☆☆☆☆からの評価をいただけると嬉しいです!

感想も大歓迎です。執筆の励みになります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。