↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
サービス終了した箱庭ゲームが、俺の部屋の壁で続いている ~彼女と楽しむこの街が、終末の東京で帰る場所になった~  作者: オレンジペコ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

32/38

第32話 娘のところへ帰るために

 美緒が扉を細く開け、廊下を確かめた。


「受付の方にいる。今なら、こっちへ出られる」


 放送室を出て、昇降口とは反対へ歩いた。給食室の脇にある洗い場を通れば、校舎の裏へ出られる。


 長谷川さんは袋を肩へ掛け、俺と美緒の間を歩いていた。


「走らなくていいです。裏へ出るまでは」


 声を落として伝えると、長谷川さんは頷いた。


 廊下の向こうで、男の子が母親に靴を履かせてもらっていた。朝食を配っていた女性は、空の鍋を運んでいる。


 ここで暮らす人たちの、いつもの昼だった。


 すれ違う女性へ頭を下げ、洗い場の扉に手を掛けた。


「長谷川さん」


 後ろから呼ばれた。


 神谷が廊下の角から出てきた。荷下ろしをしていた男も一緒だった。


「どこへ行く」


 俺は扉を開けたまま答えた。


「帰ります」


「正門は反対だろ」


「向こうは通れないので、裏から」


 神谷は俺を見ると、長谷川さんへ視線を移した。


「先に話がある。こっちへ来て」


 長谷川さんは動かなかった。


「娘が待ってます。帰らせてください」


「すぐ済む」


「俺は、ここに残りません」


 神谷の足が止まった。


 隣の男が俺たちの横を通り、洗い場の入口へ立った。俺の手から扉を取り、閉める。


 背後から、佐伯も歩いてきた。


「何か、誤解してない?」


 いつもと同じ穏やかな声だった。


「向こうの人たちと話がしたいんだ。物資を融通してもらえるなら、ここも助かる。娘さんもいるんだから、長谷川さんに間へ入ってもらおうと思って」


「娘には関係ありません」


「だから、話を聞いてから帰ってくれればいい」


 佐伯が神谷へ目を向けた。


 神谷の手が、長谷川さんの腕をつかんだ。


「袋は置いていけ。あとで返す」


 長谷川さんが肩を引く。神谷の指が袖へ食い込み、身体が前へ引かれた。


「離してください」


 俺は2人の間へ手を入れた。


「お前は先に帰っていい」


 神谷が言った。


「迎えに来るとき、向こうの責任者を連れてこい」


「3人で帰ります」


「それができるかどうか、話してるんだろ」


 神谷は手を離さなかった。


 廊下の先で、鍋を運んでいた女性が立ち止まる。


「どうしたの?」


 佐伯は女性の方へ振り返った。


「大丈夫。ちょっと行き違いがあっただけ。先に鍋を片づけて」


 女性は長谷川さんの腕を見た。


 何か言いかけたが、神谷が顔を向けると、鍋を抱え直して給食室へ入った。


 美緒が俺の隣へ来た。


 俺は神谷の手首を両手でつかみ、親指の側へ押し下げた。


「長谷川さん、腕を引いて!」


 長谷川さんが身体を捻った。


 つかまれていた袖が引き抜ける。美緒が長谷川さんの背中を押し、洗い場の扉へ向かわせた。


 入口の男が両腕を広げる。


「おい、待て!」


 長谷川さんは止まらなかった。


 男の腕の下へ肩を入れ、扉へ身体ごとぶつかった。男がよろけ、扉が内側へ開く。


 美緒が先に入り、長谷川さんが続いた。


 俺も神谷から手を離して飛び込んだ。


「止めろ!」


 背後で佐伯が叫んだ。


     *


 洗い場を抜けると、裏口が見えた。


 美緒が扉を開け、外を確かめる。すぐに長谷川さんを通し、俺を手招きした。


 外には蛇口と空の容器が並んでいた。


 その先の搬入用の門へ走る。内側の差し金を引こうとしたが、錆びた部分が引っかかった。


 校舎の裏口が開いた。


「早く!」


 美緒の声に、俺は門を少し持ち上げた。差し金が抜ける。


 門を細く開き、美緒と長谷川さんを先に通した。


 外は狭い路地だった。


 左の曲がり角に、背を向けたゾンビが1体いる。右側には自転車が倒れていたが、その先に人影はなかった。


「右へ!」


 俺も門を出た。


 門を押し戻すと、内側から何かがぶつかった。神谷たちが来たのだ。


 差し金は外から掛けられない。俺は門から離れ、2人を追った。


「待て!」


 怒鳴り声が路地に響いた。


 曲がり角のゾンビが振り返る。こちらへ歩き始めたが、俺たちは自転車を跨ぎ、反対側の角へ曲がった。


 長谷川さんの袋が肩から滑りかけた。


 美緒が手を伸ばすと、長谷川さんは袋を腕へ通した。


「大丈夫です。走ってください!」


 俺は角の手前で振り返った。


 神谷と、洗い場を塞いだ男が門から出てきていた。神谷の手には短い金属の棒がある。


 佐伯は追ってこなかった。


 学校の方から、門を閉めろという声が聞こえた。


     *


 路地を抜けた先で、美緒が足を緩めた。


 通りに2体いた。


 1体は電柱にもたれ、もう1体は停車した車の脇に立っている。俺たちの足音に、車のそばの1体が顔を上げた。


 右へ進めば、美緒のアパートへ向かう通りだった。けれど、電柱のそばの1体が、そこへ出てきていた。


「左の駐車場を抜けよう」


 入口から入り、車の間を走った。


 奥のフェンスには、人が通れる切れ目がある。学校へ来るとき、迂回路として地図で確かめていた場所だった。


 美緒が先に抜け、長谷川さんが続く。


 俺が通ったところで、背後から男の声がした。


「こっちだ!」


 男は俺たちと同じ駐車場へ入ってきた。


 神谷は入口で足を止め、通りの先を見た。そのまま駐車場を囲む道へ走り出す。


 出口側へ回るつもりだ。


 フェンスを抜けた先は、住宅の間の細い道だった。


 美緒の部屋へ向かうには、東へ進まなければならない。神谷が回った道とも、その先で合流する。


 俺は2人を塀の陰へ寄せた。


「少し遠回りする。ここから北へ抜けて、パン屋の跡を右」


 美緒が頷いた。


「合流は、決めてた駐車場?」


「ああ。北側の自動販売機の裏」


 学校へ来る前に、離れた場合の待ち合わせ場所を決めていた。


 アパートの手前にある小さな駐車場。そこへ着いてから5分待ち、合流できなければ次へ進む。


「俺が来なかったら、先に部屋へ。使えなければ、川沿いの壁」


 長谷川さんが俺を見た。


「相沢さんは、一緒に行かないんですか」


 背後で、駐車場のフェンスが揺れた。


 男が切れ目を抜けようとしている。


 俺たち3人がこのまま走れば、美緒のアパートまで追われる。入口へ着いても、長谷川さんを登録する時間が取れない。


「俺が通りへ出ます。2人は、塀の陰から北へ」


「それじゃ、相沢さんが——」


「美緒の案内についていってください。そこまで行けば帰れます」


 長谷川さんは袋を地面へ置いた。


 中から財布を抜き、ポケットへ入れる。


「これ、置いていきます」


 肩を大きく回してから、美緒へ向き直った。


「走れます。お願いします」


 美緒は俺の腕をつかんだ。


「駐車場に着いてから5分。それで来なかったら、次へ行くからね」


「わかってる」


「直人も、来てよ」


 俺は頷いた。


 美緒が長谷川さんを連れ、塀に沿って北へ進む。駐車場から見えないまま、次の角を曲がった。


 俺は反対側へ走った。


     *


 通りへ出ると、神谷が十数メートル先にいた。


 俺を見つけ、足を止める。


「ほかの2人は?」


 俺は答えず、道路を横切った。


「止まれ。話を聞くだけだ!」


 さっき、長谷川さんの腕をつかんだ指を思い出した。


 俺は神谷に背を向けて走った。


 神谷が追ってくる。


 駐車場を抜けた男も、通りへ出て俺を見つけた。


「2人は?」


「こいつを捕まえろ!」


 神谷の声が近づいた。


 俺は止まっている車の脇を抜け、狭い路地へ入った。


 前方に、ゾンビがいた。


 こちらへ向き、両腕を上げる。道の中央へ出てきて、家の塀との間が狭くなった。


 足を止めれば、神谷に追いつかれる。


 俺は塀へ肩を擦りつけるほど寄り、伸びてきた手を避けて横を抜けた。


 服の背中が引かれた。


 息が詰まる。


 身体を捻ると布が滑り、指が外れた。俺は転びかけながら、路地の先へ走った。


 背後で神谷が悪態をついた。


 金属が何かに当たる鈍い音がする。


「もういい。捕まえたら殺せ!」


「場所はどうする!」


「女と長谷川を押さえりゃ聞ける!」


 俺は角を曲がった。足がもつれ、塀に手をついて身体を支える。


 話を聞くだけだと、さっきまで言っていた。


 今度捕まれば、帰れない。


 角の向こうで足音が近づく。俺は塀から手を離し、走り出した。


 美緒たちの方へ行かせてはいけない。2人が逃げる時間を稼いでから、俺も追跡を振り切る。


 ポケットの中には、結衣と両親の写真がある。


 長谷川さんに返すまで、俺も捕まるわけにはいかない。

面白いと思っていただけましたら、ブックマーク・☆☆☆☆☆からの評価をいただけると嬉しいです!

感想も大歓迎です。執筆の励みになります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。