↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
サービス終了した箱庭ゲームが、俺の部屋の壁で続いている ~彼女と楽しむこの街が、終末の東京で帰る場所になった~  作者: オレンジペコ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

28/38

第28話 娘に会うまで

 南側の車を動かし終えた長谷川さんが、校舎へ戻ってきた。額の汗を袖で拭き、俺たちを見つけると歩調を速める。


「お待たせしました。放送室、使っていいそうです」


 廊下の奥にある小さな部屋へ入った。机の上には古い放送機器が並び、窓際には丸めた延長コードが置かれている。長谷川さんは椅子を3脚寄せたが、自分は座らずに尋ねた。


「結衣のところまで、どれくらいかかりますか」


 俺は美緒と顔を見合わせた。


 ここまでなら、歩いて来られた。けれど、結衣が暮らしている場所までの道順を、そのまま教えることはできない。


「まず、外の様子を確認させてください。来たときから変わってるかもしれないので」


「俺も行きます」


「いえ。確認だけなら、俺たちで」


 長谷川さんは口を閉じた。少しして、椅子へ腰を下ろす。


「……そうですね。俺が道を知ってるわけでもないですし」


 膝に置いた袋の持ち手を、両手で握っていた。


「ここへ戻ってこられたのも、運がよかっただけなんです。途中で道を間違えて、車の下に隠れて。携帯も、そこで落としました」


 その手の甲には、薄くかさぶたができていた。


「結衣が安全なところにいるなら、俺が余計なことをして、危なくしちゃいけませんね」


 俺は頷いたが、胸の内は軽くならなかった。


 壁に出入口を登録できれば、危険な道を歩かずに帰れる。


 問題は、それを長谷川さんに話していいのか、まだ判断できないことだった。


 結衣の父親だということはわかっている。娘の無事を知って泣いた姿も見た。それでも、街へ迎えるということは、これから結衣や美緒と同じ場所で暮らしてもらうということだ。


 早く会わせてやりたい。


 そう思う一方で、会って間もない相手に、俺たちの暮らしをすべて預ける決心はつかなかった。


     *


 正門へ行くと、神谷さんが外から戻ってきたところだった。門の隙間を通り、後ろに続いた若い男と一緒に机を押し戻す。


「西は駄目だ。火事の方へ集まってる」


 佐伯さんに報告したあと、俺たちにも目を向けた。


「帰るなら北へ回ることになる。ただ、あっちはまだ見てない。今日はやめといた方がいい」


 門の外から、金属を擦るような音が聞こえた。


 通りの向こうに止まったバスの脇を、人影が歩いている。首が横へ傾き、片足を引きずっていた。その後ろにも2体いた。


 若い男が、門に立てかけた板を少しずらした。外の景色が隠れる。


「寝る場所はありますよ」


 佐伯さんが言った。


「長谷川さんと同じ教室でよければ。道が落ち着いてから出た方がいい」


「少し、相談してもいいですか」


「もちろん。決まったら受付に声をかけて」


 俺と美緒は校舎の裏へ回った。給食室の搬入口には台車が並び、誰もいない。


「結衣には、まだ言わない方がいいと思う」


 俺が言うと、美緒は頷いた。


「お父さんが見つかったことだよね。」


「ああ。連れて帰れるって決まってから伝えたい」


 結衣は、俺たちが戻るのを待っている。父親が来ると知れば、玄関から離れなくなるかもしれない。


 もし俺たちの判断で会わせられなくなったら、どう説明すればいいのか。


「長谷川さんのことも、もう少し知りたい」


「私も。結衣のお父さんだからこそ、ちゃんと話したい」


 美緒は搬入口の向こうを見た。窓の内側で、女性が大きな鍋を洗っている。


「ここで暮らしてる人たちのことも。今のところ、助け合ってるように見えるけど」


「数日、見てみるか」


「その前に、結衣のところへ戻ろう。お昼までって言ってある」


 俺は時計を見た。


 約束の時間が近づいていた。


     *


 受付で手伝えることを尋ねると、用具室の整理を頼まれた。


 運び込まれた物資を置くため、古い椅子や清掃道具を片側へ寄せたいらしい。担当の女性に言われたとおり、俺たちは積まれた椅子を動かした。


 部屋の奥には背の高い棚があり、その裏に細い空間が残っていた。窓は手前側にしかない。入口からも、棚の陰は見えなかった。


 美緒が箒を持って女性に声をかけた。


「廊下の段ボールも、こっちへ運びます?」


「お願い。空いたところに重ねてくれる?」


 2人が外へ出たところで、俺は棚の裏へ入った。


 壁に手を置き、管理画面を開く。


 登録済みの出入口は3つ。俺の部屋、美緒の部屋、それからホームセンター近くの川沿いの壁だ。


 俺の部屋には、壊された玄関の扉が残っている。誰でも入り込めるあの部屋へ、帰るつもりはなかった。


 その登録を解除し、目の前の壁を新しい接続先に指定した。


 作業の途中で足音が近づくたび、手を止めて箒を動かした。棚の脚に絡んだ埃を取り、椅子を寄せ直す。廊下から、美緒と女性が箱の置き方を相談する声が聞こえた。


 数分後、壁に小さな窓が現れた。


 見慣れた自宅のリビングが、その向こうにある。


 俺は廊下の様子を確かめてから、美緒を呼んだ。


「できた。結衣のところへ行ってくる」


「うん。こっちは私がやっとく」


 棚の裏で《街に入る》を押すと、足元が家の床に変わった。


 壁時計の音が聞こえる。窓の外を車が通り過ぎ、遠くで犬が吠えた。


 俺はすぐに街の連絡端末を取った。


     *


 ミナの家へ行くと、結衣は居間の床で絵を描いていた。


 俺に気づくと立ち上がり、靴下のまま玄関まで走ってくる。


「お兄ちゃん。お姉ちゃんは?」


「まだ外。結衣に話があって、先に戻ってきた」


 結衣は俺の後ろを見たあと、顔を上げた。


 俺はしゃがんで目の高さを合わせた。


「外の用事が長くなりそうなんだ。数日、帰れないかもしれない」


「今日も?」


「うん。ごめんな。お昼に迎えに来るって言ったのに」


 結衣は黙って、俺の袖をつまんだ。


 ミナの母親がそばへ来て、結衣の肩に手を置く。


「うちに泊まっていいのよ。ミナも喜ぶから」


「着替えと、寝るときに使っているものを持ってきます。お願いできますか」


「ええ。必要なものがあったら、こちらから連絡します」


 結衣は居間を振り返った。ミナが色鉛筆を持ったまま、こちらを見ている。


「お姉ちゃんと、お話できる?」


「様子を見て、出来そうならまた来る。」


 結衣が、落胆するのがわかる。


「ごめんな。出来るだけ早く戻るから。」


「じゃあ、絵、できるまで置いとく」


「何を描いてるんだ?」


「まだ見たらだめ」


 結衣は両手で紙を隠した。


 俺は笑って立ち上がった。父親のことを口にしないまま、着替えを取りに家へ戻った。


     *


 学校へ戻ると、用具室には誰もいなかった。


 棚の裏から出て廊下へ向かうと、美緒が空の箱を抱えて歩いてきた。


「お願いできた?」


「ああ。泊めてもらえる。機会があれば、結衣に顔を見せてやってくれ。」


「わかった」


 受付に滞在を伝え、長谷川さんのいる教室へ行った。


 窓際には畳んだ毛布が並んでいた。長谷川さんは俺たちを見ると腰を上げたが、泊まると聞いて、袋を机の脇へ下ろした。


「さっきも外を見たのですが、私も賛成です。今は外は危ない」


 長谷川さんは、空いている場所を指した。


「ここ、使ってください。窓の近くは夜に冷えるので、こっちの方がいいです」


 そのとき、隣の机で水の容器が倒れた。


 小さな男の子が固まっている。水は机から垂れ、床に敷いた毛布へ染み込み始めていた。


 長谷川さんはすぐに毛布を持ち上げた。


「大丈夫。こっちはまだ濡れてない」


 母親らしい女性が謝ると、長谷川さんは自分のタオルを床へ押し当てた。


「乾かせますから。それより、服にかかってませんか」


 男の子は首を振った。長谷川さんは容器を起こし、蓋が緩んでいたのを締め直す。


 片づけが終わるころ、廊下から食事の呼びかけが聞こえた。


「器、持っていきますか」


 長谷川さんが、俺たちに尋ねる。


 その手には、小さな男の子の分も重ねてあった。


 俺は2枚受け取り、美緒と一緒に教室を出た。

面白いと思っていただけましたら、ブックマーク・☆☆☆☆☆からの評価をいただけると嬉しいです!

感想も大歓迎です。執筆の励みになります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。