↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
サービス終了した箱庭ゲームが、俺の部屋の壁で続いている ~彼女と楽しむこの街が、終末の東京で帰る場所になった~  作者: オレンジペコ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

25/38

第25話 お父さんは、学校にいる

 結衣は、描き終えた紙を裏返してから、もう1度表へ戻した。


 朝食のあと、美緒と向かい合って絵を描いていた。昨日、広場で遊んだ子供たちだという。俺は洗った皿を棚へ戻しながら、2人の話を聞いていた。


「これがミナちゃん?」


 美緒が聞いた。


「うん。こっちは弟。6歳の子」


「弟だったんだ」


「昨日、教えてくれた」


 結衣が青い鉛筆を取る。


 俺が食卓へ座ると、彼女は紙をこちらへ向けた。真ん中に噴水があり、周りに4人の子供がいる。端のベンチには、俺と美緒らしい2人も描かれていた。


「お兄ちゃん、ここ」


「ちゃんとパン持ってるな」


「ずっと食べてたから」


 美緒が笑った。


 結衣も笑い、紙を自分の前へ戻した。それから、何か思いついたように顔を上げる。


「お父さんも、ここに来られる?」


 俺は結衣を見た。


 美緒も鉛筆を置いた。


 母親の話は聞いていた。でも、父親が今どこにいるのか、俺たちはまだ確かめていなかった。助けた直後に、あれもこれも聞く気にはなれなかった。


「お父さん、どこにいるか知ってる?」


 美緒が聞いた。


「学校」


「結衣ちゃんの学校?」


「違う。仕事の近くの。電話で言ってた」


 俺は机の端からノートを取った。


「いつ、電話したの?」


「お母さんが、してた。電車が動かないから、帰れないって」


 結衣は絵へ目を落とした。


「学校で待つって。お母さん、地図見てた」


 俺と美緒は顔を見合わせた。


 感染が広がり、交通が止まり始めた頃だろう。仕事先から帰れなくなり、避難所へ入った人は大勢いたはずだった。


「学校の名前、覚えてる?」


 俺が聞くと、結衣は鉛筆を持ったまま考えた。


「桜……桜川」


「桜川小学校?」


「うん。小学校」


 俺は名前を書いた。


「お父さんの名前も、教えてくれるか」


「長谷川修司」


 結衣がゆっくり言った。


 俺は書いた文字を彼女へ見せた。漢字はわからないと言ったので、読み方も横に入れる。


「結衣ちゃんも、長谷川?」


 美緒が聞く。


「うん」


 美緒が頷き、結衣の髪へ触れた。


「教えてくれてありがとう。そこにいるか、調べてみよう」


「今、行く?」


 結衣が椅子から腰を浮かせた。


 俺は慌てずに首を振った。


「まず、場所を確かめる。外の道も、通れるかわからないから」


 彼女は座り直した。


「お父さん、私がここにいるって知らないよね」


「ああ。会えたら、ちゃんと伝える」


 俺が答えると、結衣は絵を見た。


「これ、持っていってくれる?」


 美緒が紙の端をそっと持った。


「うん。預かっておこうか」


     *


 結衣が庭で花へ水をやっている間に、俺は地図を開いた。


 以前ダウンロードした東京の地図は、現実のパソコンから持ってきてあった。検索すると、桜川小学校は美緒のアパートから歩いて40分ほどの場所にあった。


 画面を美緒へ向ける。


「ここだと思う」


「知ってる。こっちの駅からバスで行くと、前を通る」


 彼女が道を指した。


 大通りを進み、線路を越える。普段なら難しい道ではなかった。


 今は、その大通りを通れるかがわからない。


「歩くなら、裏の道も見ておいた方がいいね」


 美緒が地図を拡大した。


「学校の北側にも門がある。こっちは住宅街から行ける」


 俺は行きと帰りの道を別々に書いた。


 美緒は結衣の方へ顔を向けた。


 じょうろを置いた結衣が、鉢へしゃがみ込んでいた。葉についた水を指で触り、こちらへ手を振る。


 美緒も振り返した。


「すぐ出かけるのは、やめよう」


「ああ。まず、まだ避難所として使われてるか知りたい」


「結衣ちゃんには、見つかったって言うまで、約束しないでおこうね」


 俺は頷いた。


 父親が学校へ入ったのは、もう何日も前のことだ。その後もそこにいるのか、別の場所へ移ったのか。名前と場所がわかっても、まだ会えるとは限らなかった。


     *


 昼前、俺だけ美緒の部屋へ出た。


 室内を確認してから移動し、親への電話を試した。今日もつながらなかった。


 スマートフォンの地図も開けない。俺は学校名を検索してみたが、画面は変わらなかった。


 窓へ近づき、カーテンの隙間から外を見た。


 通りには、いつもの放置車両がある。


 その間を、4人が歩いていた。


 最初は、感染者かと思った。


 だが、先頭の男が手を上げると、後ろの3人も止まった。1人が車の陰から道の先を覗き、残りは建物へ背を寄せて待つ。


 大きなリュックと、折り畳んだ台車を持っていた。


 先頭の男が何か言った。


 店の入口へ向かいかけていた若い男が戻る。4人は一緒に進まず、2人が店へ入り、2人が外へ残った。


 俺はカーテンを少しだけ動かした。


 直人の部屋へ押し入った連中とは、動きが違った。大声も出さず、別々の方向を見ている。


 通りの端に人影が現れた。


 外で待つ男がそれを見つけ、店の中へ合図する。


 すぐに2人が出てきた。袋を台車へ載せ、来た方とは反対の道へ向かう。


 最後の男が、台車から落ちかけたものを押さえた。


「桜川まで、このまま行ける?」


 若い男の声が聞こえた。


 前にいた男が、振り返らずに答える。


「大通りは使わない。裏から戻る」


 俺は窓の前で動きを止めた。


 4人は角を曲がり、見えなくなった。


 学校名だけではなかった。


 若い男のリュックに、白いテープが貼られていた。そこに黒い字で「桜川」と書かれていた。


     *


 街へ戻ると、美緒が台所から顔を出した。


「どうだった?」


「電話は駄目だった。でも、学校へ戻るらしい人たちを見た」


 美緒が手を拭き、こちらへ来た。


 俺は見た動きを話した。人数、持ち物、向かった道。学校名が書かれたリュックのことも伝える。


「まだ、人が集まってるんだね」


「たぶん。少なくとも、あの4人はそこへ戻るつもりだった」


 美緒は地図の画面を見た。


「いきなり学校まで歩くより、その人たちに聞けたらいいね」


「ああ。ただ、声をかけるなら場所を選ばないと」


 俺たちを助けてくれる人たちなのかは、まだわからない。


 でも、学校へたどり着く道を知っている。そこにいる人の名前も、聞けるかもしれなかった。


 結衣がリビングへ入ってきた。


「お父さん、わかった?」


 美緒が彼女の前へしゃがんだ。


「学校に、今も人がいるみたい。お父さんがいるかは、まだ聞けてない」


「そっか」


 結衣は俺のノートを見た。


「行くなら、これも」


 小さな紙を差し出す。


 父親の顔を描いた絵だった。短い髪に眼鏡をかけ、口元に線が何本もある。


「これ、ひげ?」


「うん。休みの日、剃らないから」


 美緒が笑った。


 結衣は絵へ指を置く。


「仕事の日は、ないよ。あと、眼鏡がないと、探す」


「眼鏡を?」


「うん。頭に載ってるときもある」


 俺も笑った。


 名前だけだった父親に、少しずつ顔がついた。


 絵の裏へ、俺は長谷川修司と書いた。結衣にもう1度読み上げてもらい、間違いがないことを確かめる。


     *


 その日の夕方、俺と美緒は翌朝の準備をした。


 水と、少量の食べ物。地図を紙にも写し、途中で戻る場所を決める。


 学校まで必ず行くとは決めなかった。まず、美緒の部屋から周辺を確認する。探索に出ている人たちと、安全に話せる機会があるかを探す。


 結衣を1人で残すことはできない。


 美緒がパン屋へ連絡し、広場で顔を合わせたミナの母親に相談した。詳しい事情は話さず、俺たちが用事を済ませる間、結衣を一緒に遊ばせてもらえないかと聞く。


 相手は引き受けてくれた。


 明日の朝、直接会って、帰るまでそばにいてもらうことを確かめる。少しでも都合が合わなければ、外出は別の日にするつもりだった。


 夜、結衣が寝る前に俺たちを呼んだ。


 ベッドの上に、昼の絵がもう1枚置かれていた。


 噴水の広場に、父親が描き足されている。


「お父さん、ボール投げるの上手だよ」


「そうなのか」


「私が変な方に投げても、取る」


 結衣は絵を美緒へ渡した。


「お父さんに会ったら、ここで待ってるって言って」


 美緒が両手で受け取った。


「うん。会えたら、伝える」


 俺は2枚の絵を折らずに運べるよう、薄いケースを持ってきた。


 結衣が自分で中へ入れる。


 父親の名前をもう1度確かめてから、俺はケースを鞄へしまった。

面白いと思っていただけましたら、ブックマーク・☆☆☆☆☆からの評価をいただけると嬉しいです!

感想も大歓迎です。執筆の励みになります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。