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サービス終了した箱庭ゲームが、俺の部屋の壁で続いている ~彼女と楽しむこの街が、終末の東京で帰る場所になった~  作者: オレンジペコ


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第13話 帰り道のニュース

 目覚ましが鳴る5分前に、目が覚めた。


 カーテンの隙間から朝日が差している。顔を洗い、着替えて窓を開けると、昨夜は見えなかった桟橋が湖へ伸びていた。


 岸に近い水面には木々が映り、鳥が1羽、低く飛んでいった。


 扉が小さく鳴った。


「直人、起きてる?」


 開けると、美緒が立っていた。カーディガンを羽織り、片手にスマートフォンを持っている。


「早いな」


「目が覚めちゃった。行ける?」


「ああ」


 部屋を出ると、美緒は俺が鍵を掛けるのを待って歩き出した。


     *


 湖沿いの遊歩道には、まだ人が少なかった。


 芝に水滴が残り、日陰の石畳が濡れている。美緒は足元を見ながら歩き、桟橋へ出たところで顔を上げた。


「こんなに先まであったんだ」


 板が足の下で小さく鳴った。


 俺たちは先端まで行き、手すりの前へ並んだ。水の底に石が見える。その間を、小さな魚が動いた。


「あ、いた」


 美緒が指を差した。


「どこ?」


「白い石の横。今、動いた」


 俺も覗き込んだが、魚は石の影へ隠れてしまった。


「もういない」


「待ってたら出てくるかも」


 しばらく水面を見ていると、美緒が俺の袖を掴んだ。声を出さず、少し離れた場所を指す。


 今度は見えた。


 魚は尾を細かく動かし、石の間を抜けていった。俺が頷くと、美緒も笑った。


 こんなふうに朝から魚を探しているのは、いつ以来だろう。仕事の日なら、もう駅へ向かっている時刻だった。


「また泊まりたいね」


 美緒が手すりへ腕を置いた。


「次は、もう少し早く来るか」


「うん。湖の周りも行ってみたい。あと、売店にお菓子あったよ」


「そこは昨日見ておけよ」


「夕飯のあと、お腹いっぱいだったから」


 帰りに寄ることにして、俺たちは桟橋を戻った。


     *


 ホテルを出たのは、10時を少し過ぎた頃だった。


 帰りは俺が運転した。美緒は助手席で、朝の写真を見ている。足元には、売店で買った菓子の袋があった。


「これ、送るね。電波入ったら」


 見せられたのは、桟橋で水を覗いている俺の写真だった。


「いつ撮ったんだ?」


「魚、探してたとき」


「俺の顔、見えないぞ」


「ちゃんと写ってるのもあるよ」


 次の写真では、2人で手すりの前に立っていた。美緒が腕を伸ばして撮ったので、俺は少し屈んでいる。


「直人、今度は目つぶってない」


「毎回つぶるわけじゃないだろ」


 彼女は笑い、その写真をもう1度見た。


 自宅へ戻って荷物を持ち、アパートへ出る。


 スマートフォンが続けて振動した。母からのメッセージや、買い物の案内が届いている。


 美緒も鞄を椅子へ置き、画面を見ていた。


「お母さんから電話来てた。ちょっと掛けていい?」


「ああ」


 俺は窓を開け、荷物を片づけた。


 通りから車の音が聞こえる。美緒は電話で、出かけていて気づかなかったと話していた。俺も母へ、ホテルの朝食の写真を添えて返信した。


 台所へ飲み物を取りに行き、テレビをつけた。


 ニュースの途中だった。


 画面には、外国の街路が映っていた。救急車の周りに人が集まり、制服の男たちが、その場から下がるよう腕を振っている。


 音を少し上げた。


 海外の複数の都市で、倒れた人を介抱していた市民や救急隊員が、突然暴力を受ける事例が相次いでいるという。


 担架のそばにいた男が、急に身を起こした。


 救急隊員らしい人が顔を寄せた瞬間、男がその腕を掴む。映像が切り替わり、スタジオに戻った。


「何、それ?」


 電話を終えた美緒が、テレビの前へ来た。


「海外で、救急隊員が襲われてるらしい」


「酔ってる人?」


「原因は調べてるって」


 別の国の映像が流れた。


 歩道に倒れた女を、数人が囲んでいる。近くに屈んだ人が、何か声をかけていた。


 女が動いた。


 介抱していた人が後ろへ倒れ、周りから悲鳴が上がる。女はその人の服を掴んでいた。誰かが引き離そうとしたところで、映像が止まった。


 説明によれば、噛みつかれた人もいるらしい。


 美緒が眉を寄せた。


「助けようとしてるのに」


 現地では薬物の影響や、何らかの感染症の可能性が調べられていた。ただ、離れた都市で起きた事件に共通の原因があるのかも、まだわからないという。


 次のニュースへ移ると、美緒は椅子へ戻った。


「こういうの、何か使ってる人なのかな。止めようとしても、離さなかったよね」


「わからないな。あれじゃ、近くにいる人も怖いだろ」


 俺は飲み物を渡した。


 彼女は受け取り、まだテレビを見ていた。


     *


 美緒は昼前に帰った。


「お菓子、半分置いていくね」


「持って帰っていいぞ」


「多いから。直人も食べて」


 売店の袋から箱を1つ出し、机へ置いた。


 玄関で見送ったあと、俺は洗濯機を回した。冷蔵庫から街のパンを出し、卵を焼く。


 食べながらスマートフォンを開くと、美緒から写真が届いていた。


 湖と桟橋。浴衣で座る俺。朝食の皿。


 最後に、朝の2人の写真があった。


『今度は湖の反対側も行こう』


 俺は地図を思い出した。北岸には小さな港と、湖沿いの食堂を置いていたはずだ。


『次はそっちまで走ろう』


 返信してから、写真を保存した。


 その下に、海外の事件を取り上げた記事が表示されていた。


 午前中の放送とは別の国で、似た騒ぎが起きている。病院の入口で患者が職員へ噛みつき、警察が呼ばれたという内容だった。


 俺は記事を開いた。


 関連欄には、数日前の事件も並んでいた。ニュースで見るまで知らなかったが、少し前から報じられていたらしい。


 コメントには薬物だという書き込みもあれば、感染症を疑うものもあった。どれも断定的だったが、記事の本文には原因不明と書かれている。


 俺は画面を閉じた。


     *


 週明け、職場でもその話題が出た。


「海外の動画、見ました?」


 昼休み、向かいの同僚がスマートフォンを見せた。


 夜の道路を、数人が歩いていた。車が警笛を鳴らしているのに、1人は車道から動こうとしない。


 運転手が窓を開けた。


 画面の端から別の男が近づき、車のドアへ手をかける。撮影者が何か叫び、映像が大きく揺れた。


「何の動画?」


「昨日の騒ぎらしいです。現地では、外に出るなって言われてる地区もあるとか」


 昼のニュースを確認すると、一部の地域で住民へ外出を控えるよう呼びかけが出ていた。


 病院へ運ばれる人が増え、現場の混乱が続いているらしい。


 同僚は動画を閉じた。


「旅行、行けないですね、これ」


「しばらくはな」


 食堂のテレビでも、海外の映像が流れていた。現地の記者が、警察によって通行を止められた道路の前から話している。


 俺は美緒へ記事を送った。


『昨日見たやつ、また増えてる』


 少しして返信が来た。


『見た。友達が来月旅行する予定だったけど、迷ってるって』


 俺たちの次の予定は、壁の向こうの湖だった。


 同じ旅行の話なのに、話している場所がずいぶん違った。


     *


 水曜日の夜、美緒が仕事帰りに寄った。


 夕飯を食べてから街へ行くつもりで、俺は台所の片づけをしていた。彼女は机で、ホテルの売店で買った菓子を開けている。


「これ、あと2個。直人、食べる?」


「食べる」


 受け取って口へ入れる。薄い生地の中に、甘いクリームが入っていた。


 美緒がテレビの音を上げた。


 海外の事件が、国内のニュース番組でも長く取り上げられるようになっていた。現地の病院で、受け入れを制限しているという。


 俺は台所の布巾を置いた。


 映像が変わり、日本の病院の外観が映った。


 昨夜、搬送された男性が、病院内で職員へ噛みついたという。職員は腕に怪我を負い、男性は別室へ移された。


 美緒が箱を閉じた。


「今、日本って言った?」


「ああ」


 海外の事件との関連はわかっていないと、アナウンサーが付け加えた。


 報道は短く、すぐに別の話題へ移った。


 俺は病院の名前をスマートフォンで検索した。東京ではなかった。記事もまだ短く、テレビで聞いた以上のことは載っていない。


 美緒が椅子から立った。


「同じなのかな」


「まだ、わからないな」


「うん」


 彼女は鞄を持ち、壁の窓へ近づいた。


 いつもなら、ここで先に街へ入る。今日は俺のスマートフォンへ目を向けたまま、少し待っていた。


 俺は記事を閉じ、ポケットへ入れた。


「あとで、もう1回ニュース見よう」


「そうしよう」


 壁の窓には、川沿いの広場が映っていた。パン屋の前に客が立ち、噴水のそばを子供が走っている。


 美緒が窓へ触れる前に、俺を振り返った。


「今日は、あんまり遅くならないうちに戻ろうね」


 俺は頷き、彼女の隣へ立った。

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