第11話 土を運ぶだけなのに
ホームセンターの園芸売り場で、美緒が土の袋を持ち上げた。
膝の辺りまで上がったところで止まり、そのまま棚へ戻す。
「これ、駅まで持っていける?」
「無理じゃないか」
「だよね。カート取ってきて」
俺は入口まで戻った。
今日は、街の自宅の庭で使うものを買いに来ていた。
農園で野菜を育てるのも楽しかったが、美緒はもっと近くで見たいと言った。窓の外に置けば、朝飯を食べながら様子を見られる。
街でも土や道具は揃う。それでも、現実で売っている土と種を使い、袋に書かれたとおりに育ててみたかった。
カートを押して戻ると、土の隣に細長いプランターが2つ置かれていた。
「これも?」
「片方は野菜。もう片方、花にしてもいい?」
「いいけど、最初から2つやるのか」
「直人の分もあると思ったんだけど」
そう言われると、断る理由がなくなった。
袋の持ち手を掴んで、カートの下段へ載せる。美緒はプランターへ鉢底石や小さなスコップを入れた。
「水やり、どうするかな」
「留守が長いからな。街の時間だと」
毎晩来られたとしても、向こうでは何日も間が空く。俺たちだけで世話をするなら、農園と同じようにはいかない。
給水用品の棚を見て、俺は説明を読み比べた。庭の蛇口から水を引けるものもある。
「種まく前に、マルクさんへ聞こう。土が乾くまでの時間がわからない」
「うん。今日は置き場所だけ決めてもいいしね」
道具を選んだあと、園芸売り場の端に咲いている花を見た。
美緒が足を止め、色違いの鉢を並べている。
「直人の家、庭から見ると壁がちょっと寂しいんだよね」
「まだ増えるのか」
「これは見るだけ」
彼女は言ったが、値札もしっかり確認していた。
*
会計を終え、店の外へ出た。
大きな袋をカートから持ち上げると、持ち手が指へ食い込んだ。美緒もプランターを重ねた袋を抱えている。
駅までは、歩いて10分ほどだった。
「休みながら行くか」
「ごめん。こんなに買うつもりじゃなかった」
「俺も道具足したしな」
歩き出してすぐ、袋を持ち替えたくなった。片手で持つには重いが、両手で抱えると前が見にくい。
店の裏手へ回る道の脇で、いったん荷物を下ろした。
そこは小さな川沿いの歩道だった。店舗からは植え込みと駐車場を挟んでいて、客の出入りする道から外れている。背の高い草の向こうには、古いコンクリートの壁が続いていた。
美緒が手を振り、指を伸ばしている。
「これ、部屋の壁まで運ばないといけないんだよね」
「ああ」
「街の車、こっちで借りられたらいいのに」
俺は壁へ目を向けた。
車を出すより先に、確かめたい項目があった。
「ちょっと待って」
初めて管理画面を見たとき、接続地点についての項目があった。物資を取り込む方法を探していたので、そのときは開かなかった。
スマートフォンには、あとで読めるように内容をメモしてある。
《接続地点の追加》
《管理者が現地で固定物を指定し、登録する》
俺は読み直してから、コンクリートの壁へ近づいた。
「ここから運べないかな」
美緒も隣へ来た。
「別の入口をつくるってこと?」
「登録できるらしい。試してみる」
*
壁に手を置いても、すぐには何も起きなかった。
管理画面を呼び出す手順を試すと、掌の前へ薄い表示が出た。
接続地点の追加を選び、壁の範囲を指定する。俺はチョークで小さな印をつけた。
《登録作業を開始します》
《完了まで、この場所で操作を続けてください》
美緒が川沿いの道を見た。
「ここ、通って大丈夫な場所だよね」
「うん。歩道だ」
通行人の邪魔にならないよう、荷物を壁際へ寄せた。
登録には何度か確認が必要だった。壁の位置を指定し直し、接続先に自宅のリビングを選ぶ。途中で手を離そうとすると、操作を続けるよう表示が出た。
腕が疲れてきた頃、美緒が俺の横へ立った。
「すぐできるものじゃないんだね」
「まだかかるみたいだ」
「土、持ってたら無理だったね」
足元の袋を見て、俺は頷いた。
数分後、表示が切り替わった。
《接続地点を登録しました》
壁に、街の窓が現れた。
美緒が顔を近づける。
「見えた。家の方だね」
窓へ触れると、《街に入る》と《物資の取り込み》が出た。
俺たちは顔を見合わせた。
「運べる?」
「やってみよう」
土の袋を持ち上げ、窓の前へ寄せる。
さっきまで指へ食い込んでいた重みがなくなった。
《園芸用培養土》
《受取場所:管理者自宅》
俺は空になった手を握ったり開いたりした。
美緒が、足元のプランターを持ち上げる。
「こっちもお願い」
道具まで取り込み、周りを確かめてから、2人で街へ入った。
*
自宅のリビングへ着くと、受取台で荷物を取り出せた。
土の袋は元の重さだった。俺が抱えて庭へ運び、美緒がプランターを持ってくる。
家の中を数歩歩くだけで済む。玄関まで土を持って帰るつもりだったことを思うと、ずいぶん楽になった。
「次も、あそこから運べるね」
「登録が残るならな。あとで出られるかも確かめよう」
庭へプランターを置くと、美緒はリビングの窓へ回った。
「その位置だと、椅子から見えない。もう少しこっち」
俺は持ち上げて動かした。
「ここ?」
「うん。でも、庭に出るところは空けたい」
2つ並べ、出入りする幅を残す。置く場所が決まってから、土を入れた。
スコップですくうと、乾いた土の匂いがした。袋のままでは気づかなかったが、細かな粒や木のようなかけらが混じっている。
美緒はしゃがみ、表面をならした。
「今日は、まかないでおこうか」
「マルクさんに水のこと聞いてからだな」
俺は管理画面で農園へ連絡を入れ、相談する約束をした。
土の袋を片づけてから、街側の窓を開く。
《街を出る》を選ぶ前に、出口の一覧が出た。
いつものアパートと、さっき登録した川沿いの壁がある。
「どっちにも出られるんだ」
美緒が横から見て言った。
川沿いを選ぶと、窓に外の景色が映った。下ろしていた荷物はもうない。歩道の先を、自転車が1台通り過ぎた。
誰も近くにいないことを確かめ、俺が先に出た。
すぐ横に、登録したときのチョークの印があった。
美緒も出てきて、壁を見た。
「ちゃんと同じところだね」
「ああ。アパートの方も残ってるか、帰って確認しよう」
俺たちは駅へ歩き出した。
2人とも、荷物は鞄だけになっていた。
*
アパートの窓は、そのまま残っていた。
街へ入り直して庭を見ると、買ってきたプランターが2つ並んでいる。美緒はリビングの椅子に座り、窓越しに位置を確かめた。
「ここからなら、芽が出たらすぐわかるね」
俺は向かいへ座った。
もう土の袋を運び直す必要はない。思っていたより早く済み、夕飯まで少し時間が余った。
「お茶でも入れるか」
「うん。私、入れるよ」
美緒が台所へ行った。
俺は窓の外のプランターを眺めながら、手の赤い跡を親指で押した。これから買い物へ行くときは、重さで諦めずに済みそうだった。
戻ってきた美緒が、カップを置いた。
「直人」
「ん?」
「さっきの花、買えばよかったね」
俺は彼女を見た。
「見るだけって言っただろ」
「帰り、手ぶらになったから」
美緒は笑って、庭の空いた場所を指した。
「次は1鉢だけ」
「じゃあ、持つのはお前な」
「川沿いの壁まででしょ。持てるよ」
俺はカップを取り、飲む前に少し笑った。
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