第10話 美緒の好きだった広場
日曜日の朝、俺は美緒から送られてきた写真を見ていた。
ゲームの画面を撮ったものだった。石畳の小さな広場に、丸い噴水がある。奥にはパン屋があり、木の下のベンチで老人が新聞を読んでいた。
『今日、ここつくってみたい』
続けて、別の角度から撮った写真が届いた。
美緒の街にあった広場だ。俺も何度か行ったことがある。待ち合わせに遅れると、彼女はいつもパン屋へ入っていた。
『場所、探しておく』
返信し、店へ入った。丸いパンを2つ買ってから、アパートへ戻る。
壁の窓で街の地図を開いた。
駅の北側に、何も使っていない区画があった。住宅街に近く、通りの向こうには商店が並んでいる。広さも足りそうだった。
そこを拡大し、写真と見比べる。
噴水を中央へ置き、パン屋を奥へ。木は両脇で、ベンチはその下。
配置を試しているうちに、なかなか似たものができた。
保存せず、そのまま美緒を待った。
*
美緒はノートを持ってきた。
机に広げると、写真の広場を上から見た図が描いてある。噴水や店だけでなく、道路の曲がり方まで書き込まれていた。
「覚えてるのか、こんなに」
「写真見ながら描いた。直人も、来たことあるでしょ」
「ある。俺が着くと、だいたいお前はパン買ってた」
「待ってる間、お腹すくんだもん」
俺は買ってきた袋を渡した。
美緒は中を見ると、笑って丸いパンを取り出した。
「今日も買ってくれたの?」
「朝飯、まだだろ」
「食べてきた。でも、これは食べる」
パンを食べながら、俺が選んだ区画を見せた。
「駅の北なら、歩いて来られる。住宅街からも近いし」
美緒は地図を拡大した。
「ここ、南側に高い建物あるね」
「通りを挟んでるから、そんなに近くないぞ」
「うん。でも、午後は影が来そう。あと、こっちの道、トラック通る?」
「倉庫へ行く車が通る」
彼女は少し考え、写真へ目を戻した。
「実際に見てから決めてもいい?」
「もちろん」
俺は仮に並べた設備を消した。
写真と同じ形ならいいと思っていたが、美緒は道や建物の外まで見ていた。
*
駅の北側へ車を停め、候補の区画まで歩いた。
空き地には草が生え、隣の建物の裏口にごみ箱が並んでいる。図面ではわからなかったが、通りの向こうから荷下ろしの音が聞こえた。
美緒は区画の端へ立った。
「直人、向こうから歩いてきてみて」
「ここまで?」
「うん。駅から来るつもりで」
俺は道を戻り、角を曲がって歩いた。
美緒の立っている場所が見えた。その後ろには、隣の建物の灰色の壁がある。
「噴水を置いたら、見えるな」
「見える。でも、最初にあの壁が目に入るね」
彼女は別の角へ移動した。
「パン屋から出たときも、トラックの方を向くことになる」
ちょうど通りで、荷台の扉が閉まる音がした。
俺は地図を開いた。
「別の場所も探すか」
「うん。ここは、もっと賑やかな店の方が合うと思う」
住宅街の方へ戻ると、川沿いに細長い空き地があった。
片側は歩道、もう片側には低い家が並んでいる。駅からは少し遠いが、人の通る道が2本合流していた。
美緒が足を止めた。
「ここ、いいかも」
川の方へ行き、振り返る。次に住宅街から続く道へ立ち、広場になる場所を眺めた。
「パン屋をこっち。噴水は真ん中じゃなくて、少し川寄り」
「写真と違うな」
「うん。あっちは周りが店だったから。でも、ここなら川も見えるよ」
彼女はノートを開き、図の端へ新しい道を描き足した。
「同じにしなくていいのか?」
聞くと、美緒は写真をしばらく見た。
「あのおじいちゃんは、ここにいないしね」
噴水のそばで新聞を読んでいた老人のことだった。毎朝、同じベンチに座っていたと、以前聞いたことがある。
俺も写真へ目を落とした。
美緒はノートを閉じた。
「でも、パン買って座れる場所は、また欲しい。ここでつくろう」
*
俺は区画の境界と、地下の配管を確認した。
噴水へ水を通すため、川側の設備から管を延ばす。パン屋の厨房には、別の給排水と電気が必要だった。
美緒はその間、道の幅を決めていた。
「ここの石畳、全部敷かないで。木の根元は土を残したい」
「ベンチは何脚?」
「最初は4脚。店の前にも置けるけど、通る人の邪魔になりそうだから、そっちは後で」
噴水を置く位置も、実際に歩きながら直した。
中央へ置けば見た目は整う。けれど、住宅街から駅へ向かう人が遠回りになるので、通り道を空けた。
パン屋は、大きすぎない建物を選んだ。入口の横に庇をつけ、店の前で立ち止まれる幅を取る。
「雨の日、ここで袋持ち直せるね」
美緒が庇の下へ立つつもりで、図面を指した。
俺は厨房の設備を確認し、工事を依頼した。
その後、商業施設の管理画面で、この場所に出店を希望するパン屋を探した。いくつか候補があり、美緒は販売品の一覧をじっくり見た。
「この店。丸いのがある」
「そこなんだな」
「大事だよ」
選んだ店へ申し込み、返事を待つ。
工事と開店準備には、街の時間で3日かかるという表示が出た。
俺たちはアパートへ戻った。
*
外で昼飯を食べ、買い物をしてから戻ると、3時間以上経っていた。
街へ入って車を出す。川沿いへ着くと、美緒が助手席から顔を近づけた。
「あ、できてる」
噴水の水が、低い音を立てて落ちていた。
パン屋の窓には籠が並び、入口の扉が開いている。俺たちは車を停め、歩いて広場へ入った。
美緒はすぐベンチへ座らず、住宅街から来る道へ回った。
そこから歩き直し、噴水の脇を抜ける。パン屋の前で立ち止まり、川を見てから俺を呼んだ。
「直人、こっち来て」
隣へ行くと、彼女は店の窓を指した。
「ここからパンが見える。先にベンチに座ろうと思ってても、寄りたくなるでしょ」
「買うつもりで来たけどな」
「じゃあ、入ろう」
店内には、焼けたパンの匂いがした。
美緒は丸いパンを2つ選び、俺はチーズの載ったものも買った。店員に広場の話をすると、「いい場所を用意してもらった」と礼を言われた。
外へ出て、木の下のベンチに並んで座る。
美緒は紙袋からパンを取り出し、半分に割った。中から、まだ少し湯気が上がった。
「直人、こっち」
大きい方を渡してくれた。
「お前が好きなやつだろ」
「チーズのも分けてよ」
「いいけど」
食べると、表面は薄くぱりっとしていた。中は柔らかく、噛むと少し甘い。
美緒も食べてから、噴水を見た。
「これ、おいしい」
「ゲームで買ってたのと、同じか?」
「味は知らないよ。でも、好きだと思う」
彼女はもうひと口かじった。
広場を、買い物帰りらしい女性が通った。噴水の前で足を止め、パン屋の看板を見ている。しばらくして店へ入り、袋を持って出てきた。
向かいのベンチには、小さな子供と父親が座った。子供がパンを落としかけ、父親が両手で受け止める。
美緒がその様子を見て笑った。
「ちゃんと、座ってくれたね」
「お前が道を空けたから、入りやすいんじゃないか」
「そうだといいな」
俺はチーズのパンを半分に割り、彼女へ渡した。
美緒は受け取ってから、鞄のノートを開いた。最初に描いた広場の図と、今日つくった配置が並んでいる。
「どうした?」
「ベンチの横に、小さい台つけたい。飲み物買ったら置く場所ない」
「また台か」
「便利なんだって」
俺は管理画面へ手を伸ばしたが、美緒に止められた。
「食べてからでいいよ」
彼女はノートを閉じ、残っていたパンを口へ入れた。
俺も画面を閉じた。
噴水の水が光り、川沿いの道を自転車が通っていく。美緒は空になった紙袋を畳みながら、店の窓へ目を向けた。
「帰るとき、もう2つ買っていこう。明日の朝の分」
俺は頷き、ベンチの背へ体を預けた。
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