第21話 いっしょに探す
翌朝、マレアが目を覚ましたとき、寝台の上に澪の姿はなかった。
薄い掛け布は床へ落ち、枕元に置いたはずの二つの白い石も消えている。入口を塞ぐ編み戸が、朝の風に押されて小さく揺れていた。
マレアは杖をつかみ、急いで外へ出た。
夜明け直後の森には、まだ青白い靄が残っている。濡れた土の上には、小さな裸足の跡が海の方角へ続いていた。
澪は一人で坂道を下っていた。
傷の痛みは昨日より軽くなっていたが、何日も寝込んでいた身体には浜までの道がひどく長く感じられた。それでも、木の幹へ手をつきながら歩き続けた。
父と母が海の向こうへ行ったのなら、自分も向こうまで探しに行けばよい。
大人たちが探してくれないなら、自分で探す。幼い澪には、それ以外の答えを考えることができなかった。
「ミーオ!」
背後から名前を呼ばれた。
振り返ると、籠を抱えたテヴァが坂道を駆け下りてくる。朝の手伝いへ向かう途中、道に残った足跡を見つけたのだ。
澪は昨日のことを思い出し、顔を背けた。
「こないで。ひとりでさがすから」
テヴァは澪の前へ回り込み、両腕を広げて道を塞いだ。
「じゃましないで!」
テヴァは首を横へ振ると、籠を地面へ置いた。中に入っている竹筒の水と、葉に包まれた食べ物を見せたあと、自分の足を指さし、次に海の方角へ向ける。そして、澪の隣へ並んだ。
「いっしょに行く」
「……とめないの?」
テヴァは舟をこぐ仕草をしてから首を横へ振り、代わりに砂浜を歩くように二本の指を動かした。
舟では行けない。
けれど浜なら、一緒に探せる。
「テヴァも、いっしょにさがしてくれるの?」
澪は二つの白い石を掌に載せて見せた。
テヴァが大きくうなずく。
その顔を見た途端、澪の胸の奥がちくりと痛んだ。
昨日、テヴァへ「うそつき」と叫んだことを、ずっと後悔していた。テヴァは何日もそばにいてくれた。水を運び、舟が帰るたび一緒に待ち、今日も自分を追いかけてきてくれた。
悪いのはテヴァではない。頭では分かっていたのに、父と母が戻らない悲しさをぶつけてしまったんだ。
澪は俯き、砂の上で足の指を縮めた。
謝っても、言葉は通じないかもしれない。それでも、言わないまま一緒に歩くのは嫌だった。
「テヴァ」
名前を呼び、胸へ手を当てる。
「きのう、うそつきって言って、ごめんなさい」
テヴァが首を傾げたため、澪はもう一度繰り返した。
「ごめんなさい」
小さく頭を下げ、両手を胸の前で重ねる。泣きそうに歪んだ顔を見れば、言葉の意味が分からなくても、何を伝えようとしているのかは分かった。
テヴァはしばらく澪を見つめたあと、そっと手を伸ばした。
澪が逃げないことを確かめてから、その頭を優しく撫でる。
「ミーオ」
責める声ではなかった。
大丈夫だとでも言うように、乱れた髪を二度、三度と撫でてくれた。澪は鼻をすすり、小さくうなずいた。
「……ありがとう」
今度は二人で籠の取っ手を片方ずつ握り、坂道を下り始めた。
浜へ着くころには太陽が昇り、白い砂が淡い金色に輝いていた。澪は海へ入らず、波打ち際を歩いた。
流木の陰を覗き、海藻が絡まった岩の間を調べ、砂から布の切れ端が突き出しているたび駆け寄った。
けれど、どれも父や母のものではなかった。
テヴァも隣で探した。危ない岩場へ近づけば先に登り、珊瑚の欠片で澪が足を傷つけないよう手を差し出す。
長い浜の端まで来たころ、澪は力尽きるように砂へ座った。
「いないね」
テヴァも隣へ腰を下ろし、竹筒を差し出した。
「ヴァイ」
澪は胸の前で二つの石を握りしめたまま、水平線を見つめた。
「パパとママ、どこまでいったのかな……」
テヴァには答えられなかった。
しばらく考えたあと、首に掛けていた巻き貝を外して澪へ渡す。
耳へ当てると、貝の奥から低い波の音が聞こえた。
「うみの、おと」
テヴァは海全体を示すように腕を広げる。
「タイ」
「……タイ?」
「タイ」
水は「ヴァイ」。
海は「タイ」。
意味の分からない言葉ばかりだった島で、知っているものがまた一つ増えた。
「タイ」
澪が新しい言葉を口にすると、テヴァが笑った。遠くから、マレアとナイラが二人を探す声が聞こえてきた。
父と母は見つからなかった。
それでも、自分を探しに来る声は確かに二つ聞こえていた。
「ここだよ!」
澪が立ち上がって叫ぶと、隣にいたテヴァも両腕を大きく振った。




