第20話 海の向こうへ
「じゃあ、あしたはさがす?」
澪はもう一度尋ねた。
タウロは唇を固く結んだまま、答えなかった。ナイラも、ラキも、澪の隣に立つテヴァさえ、何も言わない。
その沈黙が、澪には拒絶のように思えた。
「どうして?」
水桶から手を離し、タウロを見上げる。
「パパとママ、まだ海にいるよ。さむいんだよ。おなかもすいてるの」
タウロは澪の前へ膝をつくと、海を指さした。それから両腕を大きく広げ、遠くまで探したことを示そうとする。最後に、空になった両手を見せ、ゆっくりと首を横へ振った。
「いなかったんじゃないよ」
澪は強く言い返した。
「みつけられなかっただけだよ。もっとむこうにいるの」
水平線へ向かって腕を伸ばす。その先には青い海と空しか見えなかったが、澪は指を下ろそうとしなかった。
「パパは、みおを見つけるから。ママも待ってるから。だから、もっとむこうまでいけばいいの!」
叫ぶほどに息が苦しくなり、治りかけた脇腹がずきずきと痛んだ。それでも、澪は涙を拭いながら水桶を押そうとした。
動かない桶へ小さな肩を何度もぶつける。
「ミーオ」
テヴァがそっと腕へ触れた。
「さわらないで!」
澪はその手を振り払った。
「テヴァ、さがすっていった! タウロも、うんってしたもん!」
言葉のほとんどは通じなくても、自分と父の名を責めるように呼ばれたことは分かった。テヴァの顔から、いつもの笑みが消える。
「うそつき!」
その一言の意味だけは分からないはずなのに、澪の表情と声が、幼いテヴァへ痛いほど伝えていた。
テヴァは俯き、砂を握りしめた。
悪いのは自分だと思った。見つけられるとは約束していない。それでも何度も舟の仕草をして、澪へ期待させた。名前を呼べば安心してくれることが嬉しくて、分かったふりをしてしまった。
澪は誰にも触れられないよう両腕で身体を抱き、砂の上へしゃがみ込んだ。
「みおが、さがす」
波打ち際へ向かおうとしたが、二歩目で足がもつれた。
倒れる寸前、その身体をマレアの腕が受け止めた。抱き上げる力のない老女は、澪と一緒に砂へ膝をつき、震える背中を両手で包んだ。
「はなして。みお、いかなくちゃ……」
マレアは離さなかった。
澪が暴れるのを無理に押さえるのではなく、自分の肩へ寄りかからせ、呼吸が落ち着くまでゆっくりと背中を撫で続ける。
やがてマレアは砂の上から二つの白い小石を拾った。
一つは大きく、もう一つは少し細長い。
澪の前へ並べ、大きな石を指さす。
「パパ……?」
次に細長い石へ触れる。
「ママ」
マレアはうなずいた。
二つの石を掌へ載せると、海へ向かってゆっくり歩き始めた。押し寄せた波が足首を濡らすところまで進み、水平線の向こうへ石を差し出す。
そして、島の言葉で静かに告げた。
「海の向こうへ行ったんだよ」
澪には意味が分からなかった。
けれど声の響きが、タウロたちの沈黙と同じものを伝えようとしていることだけは感じた。
「ちがう」
首を横へ振る。
マレアは二つの石を投げなかった。掌に載せたまま胸元へ戻し、自分の心臓へそっと押し当てる。
「ここにいる。そして、海の向こうにもいる」
そう言ってから、片方の手で澪の胸へ触れた。
温かな指先の下で、澪の心臓は速く打っていた。
「いないって、いわないで……」
澪はマレアの手をつかんだ。
「パパとママ、くるもん。みおをひとりにしないもん」
今度は誰も、首を横へ振らなかった。
マレアは二つの石を澪の小さな掌へ載せ、その手を両手で包んだ。
澪は石を投げ捨てることも、受け入れることもできず、固く握りしめた。
掌の中で触れ合った二つの石が、波の音に紛れて小さく鳴った。
それは父と母の声には似ていなかった。
それでも澪は、二つが離れてしまわないよう、指にいっそう強く力を込めた。




