第19話 あしたも
翌朝、太陽が水平線から顔を出すより先に、三艘の舟は再び島を離れた。
澪はまだ熱が下がらず、マレアの家から出ることを許されなかった。窓の隙間から海を見ることもできないため、遠くで響く機械の音へ耳を澄ませる。
「パパとママ、さがしにいった?」
寝台の上で尋ねると、テヴァは舟をこぐ仕草をしてから、二本の指を追いかけるように手を動かした。
「タウロ。舟。ママ、パパ」
覚えたばかりの澪の言葉を並べ、不器用に伝えようとしてくれた。
「うん。きょうは、つれてかえってくれるよ」
澪は安心したようにうなずいた。夕方になると、ラキが知らせに来た。
けれど戻ってきた舟には、その日も両親の姿はなかった。
次の日も、舟は夜明けとともに出ていった。
さらに次の日も、島の男たちは水と食べ物を積み、潮の流れを変えながら遠くまで探した。
折れた板。空の容器。波に洗われて模様の消えた布。海から見つかったのは、持ち主の分からないものばかりだった。
澪は朝になるたび、マレアから小さな白い石を一つもらった。寝台の横へ並べ、舟が帰るまで何度も数える。
「ひとつ、ふたつ、みっつ……」
熱が下がり、傷口が乾き始めても、白い石だけは増えていった。夕方にラキの足音が聞こえると、澪は寝台から身を起こした。
「きょうは?」
ラキの顔を見るだけで、答えが分かる日もあった。
それでも澪は必ず尋ねた。
「ママとパパ、いた?」
ラキは返事の代わりに首を横へ振った。その仕草を覚えてしまった澪は、桃色の筋がある巻き貝を胸へ抱きしめる。
「じゃあ、あしただね」
その言葉だけは、毎日同じだった。
マレアは何も言わず、澪の背中を撫でた。ナイラは柔らかい果物や温かな汁を運び、食べられない日は澪の口へ少しずつ運んだ。
テヴァも毎朝やって来た。
水を汲み、薬草を洗い、昼を過ぎるまで澪の隣で待つ。澪が石を数えれば一緒に指を折り、舟が戻る時間になると、村の道へ何度も目を向けた。
そうして何度目かの朝が来た。澪はいつもの機械音を待っていた。けれど、聞こえてきたのは鳥の声と、葉の間を抜ける風の音だけだった。
「おふね、まだ?」
テヴァは答えず、床に置かれた薬草を見つめた。
昼近くになっても舟の音はしなかった。
澪はとうとう寝台を下りた。足元はまだ頼りなかったが、壁に手をつきながら入口へ向かう。
マレアが止めようとしたものの、澪は首を振った。
「みお、みる」
ナイラに抱かれ、澪は浜へ向かった。
海へ続く道を抜けると、強い日差しの下に三艘の舟が並んでいた。どの舟も砂の上へ深く引き上げられ、船底から水を抜く栓まで外されている。積まれていた水桶や縄も下ろされ、帆布は畳まれていた。
タウロたちは海へ出る支度をしていなかった。
外海を探せる範囲はすべて回った。これ以上遠くへ行けば、探す者たちまで帰れなくなる。燃料も水も限られており、明日からは食べ物を得るための漁へ戻らなければならない。
それでもタウロは、澪へその現実を説明する言葉を持っていなかった。
澪は舟へ近づき、空になった荷台を覗き込んだ。
「おみずは? ごはんは?」
誰も動かなかった。
「いれないと、さがしにいけないよ」
澪は砂の上に置かれた水桶を両手で押した。四歳の腕では、重い桶はわずかにも動かない。
「テヴァ、てつだって」
呼ばれたテヴァは一歩近づいたが、桶へ手を掛けることができなかった。
澪は並んだ大人たちの顔を見回した。
誰も怒ってはいない。誰も澪から目を逸らしてもいない。
だからこそ、どうして舟を出さないのか分からなかった。
「きょう、おやすみ?」
澪は不安を押し隠すように、ほんの少し笑った。
「じゃあ、あしたはさがす?」
穏やかな波が砂を撫で、足元の貝殻を一つ、海へ連れ去っていった。
けれど澪の問いにうなずく者は、誰もいなかった。




