第18話 帰ってきた舟
三艘の舟が見えなくなっても、澪は海から目を離そうとしなかった。
「パパとママ、ここにくるから!」
自分に言い聞かせるように呟き、砂の上へ座り込む。
「みおがいなかったら、わからないから」
マレアには言葉の意味までは分からなかったが、澪がここで舟を待つつもりだということは伝わった。しかし、額へ手を当てた途端、その表情が厳しくなった。
海へ入ったときに濡れた身体はナイラに拭いてもらい、乾いた布へ着替えている。それでも病み上がりの澪には、強い日差しの下で過ごした時間が長すぎた。頬は熱を帯び、呼吸も少し速くなっていた。
マレアは家の方角を指し、次に澪を抱く仕草をしてから、荷車を示した。
「いや。ここにいる」
澪は首を横に振り、海へ向き直った。
「ママとパパ、かえってくるの」
テヴァが隣へ座り、砂の上に三艘の舟を描いた。それから太陽を指さし、空を東から西へ動かすように指で大きな弧を描く。最後に、舟が浜へ戻る様子を描き足した。
澪は絵をじっと見つめた。
「あとで、くる?」
テヴァはうなずき、ラキを指さした。次に走る仕草をして、村の方角を示す。
舟が見えたらラキが知らせに来る。そう伝えようとしていた。
澪は何度も海を振り返ったが、やがて身体がふらつき、テヴァの肩へ額を預けた。
マレアが差し出した手を、今度は拒まなかった。
ナイラが澪を抱き上げ、敷物を重ねた荷車へ寝かせる。桃色の筋が入った巻き貝だけは、胸から離そうとしなかった。
マレアの家へ戻ると、澪はすぐに寝台へ寝かされた。
額には冷たい布が置かれ、少しずつ水を飲まされる。窓から海は見えなかったが、澪は外で足音がするたび顔を上げた。
「おふね?」
テヴァが首を横に振る。しばらくすると熱が上がり、澪の瞼は重くなった。それでも眠れば舟が戻ってきたことに気づけないと思い、何度も目を開けようとする。
「ママとパパ、くるから……」
巻き貝を握る指から、少しずつ力が抜けていった。テヴァは寝台のそばへ座り、澪が目を覚ますたび自分の胸を指さした。
「テヴァ」
「……テヴァ」
名前を確かめると、澪は安心したように再び目を閉じた。
日が傾き、窓から差し込む光が橙色へ変わったころだった。
坂道を駆け上がる足音が近づいてきた。
「舟が帰ってきた!」
入口へ飛び込んできたのはラキだった。息を切らし、額には汗が浮かんでいる。
「三艘とも見えた。もうすぐ珊瑚礁を抜ける!」
テヴァが寝台へ駆け寄り、澪の肩を軽く叩いた。
「ミーオ。舟だ」
言葉は分からなくても、テヴァが海を指し、腕で舟をこぐ仕草をすると、澪はすぐに目を開いた。
「ママとパパ?」
起き上がろうとしたものの、身体に力が入らない。
ナイラが澪を布ごと抱き上げた。マレアは心配そうに額へ触れたが、ほんの少しだけならと許したらしい。澪の肩へ薄い布を掛け、日が落ちる前に戻るようナイラへ何度も言い聞かせた。
浜辺へ着いたとき、一艘目の舟が浅瀬へ入ってくるところだった。
「ママ! パパ!」
澪はナイラの腕の中から身を乗り出した。
最初の舟にはタウロと島の男が二人乗っている。二艘目にも、三艘目にも、出ていったときと同じ顔しか見えなかった。
「ママは?」
浜へ下りたタウロの後ろを覗き込む。
「パパ、どこ?」
舟の中に隠れているのかと思い、座席の下まで捜そうと手を伸ばした。しかし、どこにも両親の姿はない。
「かくれてるの? もうでてきていいよ」
タウロは澪の前へ膝をついた。濡れた髪には塩が白く残り、日に焼けた顔には深い疲れが刻まれている。
海を指し、両手を広げてから、ゆっくり首を横へ振った。
澪はその仕草を見つめた。
「……いなかった?」
タウロは、明日昇る太陽を示すように東の空を指した。次に舟と海を示し、明日も探すと伝えようとする。
けれど澪は、空になった三艘の舟から目を離せなかった。
夕暮れの海には、出ていった舟がすべて戻っている。
それなのに、澪が待っていた二人だけが、どの舟にも乗っていなかった。




