第16話 タウロとラキ
珊瑚礁の切れ目を抜けた漁船が、白い波を引きながら浜へ近づいてきた。
浅瀬へ入ると船尾の機械音が低くなり、細長い船体が砂の上へ静かに乗り上げる。
最初に海へ下りたのは、テヴァの父タウロだった。
日に焼けた肌と広い肩を持ち、濡れた布を頭へ巻いている。太い腕で船を押さえながら、砂浜に集まる家族と、その中で泣いている見知らぬ少女を見比べた。
続いて船から下りたのは、テヴァより五つ年上の兄ラキだった。
十一歳のラキは父の肩近くまで背が伸びていたが、身体にはまだ少年らしい細さが残っている。弟と同じ黒い髪は潮風に乱れ、肩に掛けた網からは銀色の小魚が覗いていた。
「父さん、早く来て!」
テヴァが二人のもとへ駆け寄った。
「ミーオが、母さんと父さんを探してほしいって言ってるんだ」
タウロは息子の言葉に顔を引き締め、ナイラに抱かれた澪へ近づいた。
大柄な男を見た澪は、ナイラの服をつかむ手に力を込めた。ラキの姿にも気づき、不安そうに二人を見比べる。
テヴァは澪の前へ戻り、タウロを指さした。
「タウロ」
次に、自分の胸を指したあと、父の太い腕へ手を置く。
「テヴァ。タウロ、父さん」
言葉だけでは伝わらないと思ったのか、テヴァはタウロと同じように胸を張り、似てもいない髭を撫でる仕草までしてみせた。
「テヴァの……パパ?」
澪が尋ねると、タウロは意味を察したように膝をついた。威圧しないよう澪と同じ高さまで腰を落とし、自分の胸を指さす。
「タウロ」
「……タウロ」
澪が名前を繰り返すと、タウロは静かにうなずいた。
テヴァは今度はラキの手を引き、澪の前へ連れてきた。
「ラキ」
ラキは弟ほど人懐こくないらしく、どこか気まずそうな顔をしながら胸へ手を当てた。
「ラキ」
テヴァは自分とラキを交互に指し、二人の肩がつながっているように両手を動かした。
「兄さん。ラキ」
「テヴァの……おにいちゃん?」
意味は通じなかったが、澪がテヴァとラキを見比べたことで、関係はなんとなく伝わったらしい。
「ラキ」
澪がもう一度呼ぶと、ラキの硬かった表情が少し緩んだ。
「ミーオ」
たどたどしく返された自分の名に、澪もほんのわずかにうなずいた。
互いの名前を伝え終えると、テヴァは三日前から分かったことを父へ話し始めた。
荒れ狂う波。壊れた船。海に残された二人。白い箱につながれ、一人で東の浜へ流れ着いた澪。
その横でナイラも、マレアから聞いた話を付け加えた。
「この子が流れ着いたのは三日前よ。その晩、この島には雨さえ降らなかった。嵐はずっと沖だったはず」
「浜へ着くまで、かなり流されたということか」
タウロは海へ目を向けた。
マレアから知らせを受けた日から、島の者たちは何もしていなかったわけではない。東側の浜を端から端まで歩き、珊瑚礁に挟まった漂着物を調べ、漁へ出る舟には必ず周囲を探す者を乗せていた。
タウロたちも、この三日間、近海で人影や船の残骸を探し続けている。
しかし見つかったのは、折れた板や布切れだけだった。それらが澪の乗っていた船のものなのか、別の場所から流れてきた物なのかさえ分からない。
澪が高い熱を出していたため、事故がどこで起き、何人が海に残されたのかも確かめられなかった。
「二人なんだな?」
タウロの問いに、テヴァがうなずいた。
「ミーオは二本の指を立てた。『ママ』と『パパ』って呼んでる」
テヴァは二本の指を澪に見せ、片方を「ママ」、もう片方を「パパ」と呼んだ。それから沖を指す。
「ママ、パパ!」
澪はナイラの腕から身を乗り出した。
「おふね、ばーんってなったの。おみずがいっぱいきて、ママとパパ、いなくなったの!」
波を表すように両手を激しく動かし、身体ごと大きく傾ける。次に何かへしがみつく仕草をしてから、自分の腰にロープを結ぶ真似をした。
タウロは言葉ではなく、その一つ一つの動きを見つめていた。
「箱は残っているか?」
「東の浜にある。ロープも救命胴衣も、マレアが取っておいた」
「見せてくれ。流れてきた方角を、もう一度考え直す」
タウロは濡れた砂の上へ指で島の形を描いた。
周囲を流れる潮の道を幾つも加え、これまで舟を出した場所へ印をつける。近海の捜索だけでは足りないと判断したのか、その指は珊瑚礁の外側へ大きく伸びた。
「午後から、もっと遠くを探す。外海へ出られる舟を集めよう」
その言葉をテヴァが身振りで澪へ伝える。
舟を示し、海を指さし、二本の指を追いかけるように手を動かした。
「パパとママ、さがす?」
澪が縋るように尋ねると、タウロはその瞳を正面から見て、強くうなずいた。見つけられるとは約束できない。
それでも、三日という時間を理由に、探すことまで諦めるつもりはなかった。




