↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ZERO*MA  作者: とも
第二章 知らない言葉の島

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
15/21

第15話 海へ帰る


 海は、澪が家族と船に乗った朝と同じくらい青かった。


 岸近くの水は透き通り、白い砂の上を小さな魚が群れになって泳いでいる。空には薄い雲が浮かび、穏やかな波が一定の間隔で浜辺へ寄せていた。


 あの夜、父と母を飲み込んだ海とは、とても思えなかった。


「ママ!」


 澪は荷車から身を乗り出した。


「パパ! みお、ここだよ!」


 返事はない。


 澪は巻き貝を握ったまま荷台から下りようとした。ナイラが抱き留めようとしたが、澪はその腕の中で激しく身をよじった。


「おろして! ママとパパ、あそこにいるの!」


 意味の分からないナイラは困った顔でテヴァを見た。


 テヴァは二本の指を立て、片方を「ママ」、もう片方を「パパ」と呼ぶ。それから両手で荒れ狂う波を表し、指を沖へ向かって動かした。


「この子の母さんと父さんが、海にいるみたいなんだ」


 テヴァの説明を聞き、ナイラは腕の中にいる澪を見下ろした。


「この海の、どこかに?」


「たぶん。ミーオは二人を探したいんだ」


 テヴァが沖を指さすと、澪は何度もうなずいた。


「ママ、パパ! さがして!」


 言葉が伝わったと思ったのか、澪はナイラの服を両手でつかんだ。


「Please, help them!(お願い、二人を助けて!) ママとパパ、おみずのなかにいるの。はやくしないと、さむいの!」


 昨夜の冷たい海を思い出したのか、澪の身体が震え始めた。


 ナイラは澪を砂の上へ下ろした。


 途端に澪は波打ち際へ向かって走り出した。まだ足に力が戻っておらず、砂に取られて何度もよろける。それでも止まろうとはしなかった。


「ママ! いまいくから!」


 最初の波が足首へ触れた瞬間、澪の顔から血の気が引いた。


 冷たい水が身体を包んだ感覚が蘇る。口へ流れ込んだ塩辛さも、暗い海の中で父の服を探した指先の感触も、何一つ消えてはいなかった。


 怖い。


 膝が震え、息が浅くなる。


 それでも父と母が同じ海にいるのなら、自分だけ岸に立っているわけにはいかなかった。


「ママ……」


 澪はもう一歩、海へ入った。


 足元の砂が引き波にさらわれ、身体が前へ傾く。


 追いかけてきたテヴァが、背後から腰へしがみついた。二人は一緒に浅瀬へ倒れ込み、澪の服が海水を吸った。


「はなして! およいでいくの!」


 澪は泣き叫び、砂を蹴った。


「パパが約束したの! 離さないって言ったの! みおを探してるから!」


 テヴァには言葉の意味が分からなかった。


 それでも、澪がただ海を見たかったのではなく、自分で泳いで両親を探しに行こうとしていることは分かった。


 テヴァは澪の前へ回り込み、細い両腕をつかんだ。


「駄目だ! ミーオ!」


「およげるもん! はなして!」


 澪はテヴァの胸を何度も叩いた。


 テヴァは痛みに顔をしかめながらも手を離さなかった。澪に嫌われることより、再び海へ連れていかれることの方が怖かった。


 追いついたナイラが、二人ごと浅瀬から抱き上げた。


 砂浜へ戻されると、澪は力が抜けたようにその場へ座り込んだ。


「ママとパパを、たすけて……」


 掠れた声で訴え、ナイラの膝へ縋りつく。


「ナイラの、おふねでさがして。おねがい……」


 ナイラは答えられなかった。


 必ず見つかると約束することも、もういないのだと決めつけることもできない。ただ濡れた澪を抱き寄せ、背中へ腕を回した。


 澪は一瞬、身体を強張らせた。けれどナイラの胸へ耳が触れ、規則正しく打つ心臓の音を聞くと、堪えていたものが崩れた。


「ママぁ……パパぁ……!」


 ナイラの胸へ顔を埋め、声を上げて泣いた。


 ナイラは何も言わず、その髪を何度も撫でた。自分の息子たちが幼かったころ、転んで泣いたときと同じように、泣きやむまで腕を緩めなかった。


 やがてテヴァが、海の向こうへ目を凝らした。


 珊瑚礁の切れ目から、一艘の小さな漁船が島へ戻ってくる。船尾の機械が低い音を立て、細長い船体の脇には波に耐えるための浮き木が伸びていた。


 船に乗っているのは、テヴァの父と年上の兄だった。


「父さん!」


 テヴァは立ち上がり、両腕を大きく振った。


「こっちに来て! 海で人を探してほしいんだ!」


 風に負けないよう、何度も叫ぶ。


 ナイラの腕の中で泣いていた澪も顔を上げ、近づいてくる船を見つめた。


「パパとママ、さがす?」


 テヴァは澪の目を見て、強くうなずいた。見つけられるとは言えなかった。


 それでも、テヴァは探しもしないまま諦めることだけはしたくなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。