第13話 ヴァイ
次の朝も、澪が目を覚ましたときにはテヴァがいた。
床へ座り、前日と同じ薬草から柔らかな葉だけを摘み取っている。最初は何枚も茎ごと折っていたが、今日は爪の先で付け根をうまく外せるようになっていた。
澪が身じろぎすると、テヴァはすぐに顔を上げた。
「ミーオ」
名を呼んだあと、立ち上がろうとして、途中で動きを止める。急に近づけば澪が怖がると、マレアに教えられたことを覚えていた。
代わりに、自分の胸へ指を当てる。
「テヴァ」
「……テヴァ」
熱で乾いた唇から名前が返ってくると、テヴァは安心したように笑った。
その声を聞き、奥の土間からマレアが現れた。片手には水を入れた器、もう片方には清潔な布を持っている。
マレアは寝台のそばへ腰を下ろし、澪の額へ手を当てた。次に瞼の裏や舌の色を確かめ、胸と背中へ耳を寄せて、呼吸の音をじっと聞く。
何をされているのか分からない澪は身体を固くしたが、マレアの手つきはいつもゆっくりだった。触れる前には必ず自分の腕で同じ動作を見せ、痛いところに近づくときには澪の目を見た。
肩に巻かれた布を外すと、薬草の青い匂いが広がった。
擦り傷の腫れは少し引いていた。マレアはぬるい湯で傷を洗い、新しくすり潰した葉を薄く塗った。
染みる痛みに、澪の肩が跳ねた。
「いたい!」
澪が涙目で訴えると、マレアはその言葉を真似るように繰り返した。
「イタイ?」
そして傷を指さす。
「いたい」
澪がもう一度言うと、マレアは意味を理解したらしく、小さくうなずいた。次からは薬を塗る前に澪の手を握り、痛みが来ることを知らせるようになった。
処置が終わると、マレアは水の入った器を手に取った。
「ヴァイ」
水面を指さし、はっきりと告げる。
「ヴァイ」
テヴァも同じ言葉を繰り返し、飲む仕草をしてみせた。
澪は器と二人の顔を見比べた。
「……おみず」
今度は澪が、日本語で教えた。
「オ、ミズ?」
テヴァの発音は妙なところで区切られていた。
「おみず」
「オミズ」
澪は器を指さした。
「ヴァイ」
テヴァも指さす。
「オミズ」
同じものに二つの名前がある。
そのことを理解した澪の瞳に、熱に浮かされていたときとは違う光が宿った。
「ヴァイ。おみず」
「ヴァイ。オミズ」
二人は交互に言い合った。
マレアが器を澪の唇へ運ぶと、冷たい水が乾いた口の中を潤した。一度に飲みすぎないよう途中で器を離されると、澪はもっと欲しいと手を伸ばす。
「ヴァイ」
覚えたばかりの言葉を使うと、マレアは満足そうにうなずき、もう一口飲ませてくれた。
その翌朝も、テヴァは水を持ってきた。
さらに次の朝には、母親に持たされた柔らかな果物と、干した魚を籠へ入れてきた。
水汲みを終えれば薪を運び、薬草を洗い、マレアが汁を煮る間は火が消えないよう小枝を足した。手伝いより邪魔になって叱られることもあったが、それでも昼になるまでは澪のそばを離れなかった。
マレアも、熱が下がるまで澪を一人にはしなかった。
夜中に汗をかけば服を替え、悪い夢にうなされれば背中を撫でた。澪が「ママ」と呼ぶたび、それが自分の名ではないと知りながら、目を覚ますまで手を握り続けた。
三日目の朝、澪の熱はようやく下がった。
脇腹の痛みは残っていたが、誰かに支えられれば寝台の横へ立てるほど足に力が戻っている。
テヴァが腕を差し出すと、澪は一度ためらったあと、その肩につかまった。
入口から、眩しい光と温かな風が入り込んでいた。
その風には、草花の香りに混じって、微かな潮の匂いが含まれている。
澪は顔を上げた。
「うみ」
そして、覚えた島の言葉を使うように、入口の外を指さした。
「ヴァイ……おっきい、ヴァイ」
テヴァには文章の意味までは分からなかった。
けれど澪がどこへ行きたいのかは、すぐに分かった。




