第12話 朝いちばんの顔
まだ朝日が木々の向こうから顔を出す前に、テヴァはマレアの家へやって来た。
片方の肩には小さな水瓶を掛け、もう片方の腕には、柔らかく熟した果物を入れた籠を抱えている。走れば水をこぼすと母親に言われたらしく、早く着きたい気持ちを抑えながら、いつもより慎重な足取りで坂道を上ってきた。
「早すぎるよ」
入口を開けたマレアは、呆れたように目を細めた。
「家の仕事はしてきた。母さんにも話した。これはミーオにって」
テヴァが籠を差し出すと、中には黄色く熟した果物と、葉に包まれた芋が入っていた。昨夜帰宅したテヴァから話を聞き、母親が持たせたものだった。
「それなら、まず水を置いておいで。音を立てるんじゃないよ」
テヴァは大きくうなずいた。
寝台では澪が眠っていた。
頬は熱で赤く、額には濡れた布が載せられている。夜の間に何度も寝返りを打ったのか、身体へ掛けられた薄い布は足元へずり落ちていた。
マレアの銀色の髪も、昨日より少し乱れている。ほとんど眠らず、澪のそばで看病していたらしい。
テヴァは足音を忍ばせ、水瓶を土間の隅へ置いた。
「何をすればいい?」
「その葉を茎から外しておくれ。傷へ使える柔らかい葉だけだよ。色の黒いものと、虫に食われたものはよけなさい」
マレアが籠を渡すと、テヴァは床へ座って作業を始めた。
ところが、張り切って最初の一枚を引っ張った途端、勢い余って茎ごと折ってしまった。
マレアの視線が飛んでくる。
「柔らかい葉だけだと言っただろう」
「これも柔らかい」
「それは茎だよ」
テヴァは口を閉じ、折れた茎をそっと自分の後ろへ隠した。
「隠しても見えているよ」
今度は葉を傷つけないよう、指先で一枚ずつ丁寧に摘み取る。何度か失敗するうちに、葉の付け根へ爪を当てれば、きれいに外れることが分かった。
外した葉は水で洗い、石の器へ入れる。マレアが丸い棒でゆっくりすり潰すと、青臭さの中に、少し甘い香りが混じった。
テヴァはその手元を覗き込んだ。
「それを傷に塗るの?」
「このままでは塗らない。肌の弱い者には強すぎるから、別の葉の汁で薄めるんだよ」
「ミーオの肌は弱い?」
「まだ分からない。分からないものを、分かったつもりで扱うのが一番いけない」
マレアはそう言いながら、眠る澪の額の布を取り替えた。
やがて朝日が差し込み、部屋の床に細長い光が伸び始めた。
澪の瞼がわずかに動いた。
テヴァはすぐ寝台へ駆け寄ろうとしたが、マレアに肩をつかまれた。
「急に近づけば、また怖がらせるよ」
昨日、澪に腕を振り払われたことを思い出し、テヴァは寝台から少し離れた床へ座った。
澪がゆっくりと目を開ける。
初めは天井を見つめ、次に額の布へ触れた。自分がどこにいるのか思い出せないらしく、不安そうに部屋を見回す。
その視線が、床に座るテヴァのところで止まった。
テヴァは何も言わず、自分の胸を指さした。
「テヴァ」
澪は熱に潤んだ目で少年を見つめた。
「……テヴァ」
昨日覚えた名前が、小さな声で返ってきた。
テヴァの顔に笑みが広がる。
今度は寝台へ近づかず、その場から澪を指さした。
「ミーオ」
「みお」
澪はそう答えてから、部屋の中を探した。
「マレア?」
マレアはすぐそばにいた。けれど、澪が自分の名前を呼んだことが嬉しかったのか、何度もうなずきながら寝台の横へ腰を下ろした。
「マレア」
澪の額へ手を当て、熱を確かめる。まだ高かったが、夜中より呼吸は穏やかになっていた。
澪はマレアの手に頬を預け、目を閉じた。
父でも母でもない。
昨日まで名前すら知らなかった二人だった。
それでも目を覚ましたとき、覚えている顔が二つともそばにいたことに、澪はわずかな安堵を感じていた。
再び眠りに落ちる直前、澪の唇が微かに動いた。
「……いてね」
二人には、その言葉の意味が分からなかった。
けれどテヴァは帰ろうとせず、マレアも澪の頬から手を離さなかった。




