6話 グレーティア
「はあ、すっきりしたあ」
お風呂で英気を養った私は、パジャマ姿で浴室から出て、玄関とリビングを一直線に結ぶ、明るい茶色の木材を有した細長い廊下を歩き渡る。
リビングのドアをガチャリと開けると調度品たちがゆったりした時間を過ごしていた。
私はドアを潜り抜けてすぐ右手にあるカウンターキッチンに赴き、ウォーターサーバーから出る水をガラスのコップに注ぐ。
ガラスコップ越しからでも伝わる冷え冷えの水を肌で感じながら、それを体内に流し込み、お風呂で蒸発した水分を補給する。
「はあ~生き返る」
コップに注いだ水を一気に飲み干した私は、満たされた気持ちでそう呟く。そしてもう一度同じコップに水を注ぐと、今度は手に持ち、リビングの中央にある四角いガラステーブルへと運ぶ。
ガラステーブルをL字で囲むソファーにどかっと座ると、リモコンを手に取り、正面の大きい液晶テレビに向かってぽちっと押す。
画面にはスーツを着た男性が指示棒を片手に、モニターに映し出された天気図を参考に明日からの天気を予測していた。今週はずっと晴れ模様らしい。
天気が分かった所で、ぽちぽちとチャンネルを切り替え、おもしろい番組がないかを散策するが、自分のおめがねに合う番組はなく、テレビの電源を消す。
先程ガラステーブルに置いたガラスコップを手に取り、水を一口だけ飲み干すと、今度は深く背もたれに体を沈めた。
首を預け、顔を白い天井へと向けながら、そのまま目を瞑った。私は脳裏で、凜ちゃんと二人で学院内を探索した出来事を振り返る。
ホームルームの後、私と凜ちゃんは、学院探索に出かけた。
私が行きたいと事前に目星を付けていた商業区にあるショッピングモール"アリノス"を巡った。
アリノスという名に恥じない、広大かつ複雑に入り組んだ構造で、一種の迷宮のようであった。
名の通った有名なお店からあまり耳にしたことのないお店まで、多種多様なお店が陳列しており、半日ほどそのショッピングモールに迷い込んでいたが、飽きることがなく、ずっと楽しさを満喫していた。
「えへへ~ あの焼肉屋さんまた行きたいなあ」
入学祝いと称して、私と凜ちゃんは有名な高級焼肉店を訪れた。
メニューには思わず目を疑うような値段が並んでいたが、学院から支給された資金に余裕があったこともあり、私は気にせず次々と注文した。
さすがは高級店。
肉はどれも一般的な肉とは一線を画す絶品で、私は夢中になって食べ続けた結果、私一人だけで数十万円分も平らげてしまっていた。
会計の時にその数字を見たとき、さすがに肝が冷えた。
一方の凜ちゃんは、少食だったのか、それとも今後を見据えて節約していたのか、食べた量は私の四分の一ほど。
さすがに割り勘では申し訳なく思い、自分が食べた分は自分で支払うと提案すると、凜ちゃんも快く了承してくれた。
「じゅるっ……」
――あ、思い出したらよだれが。
私は口端から出たよだれを手の甲で無造作にふき取り、両手を天井に伸ばして、ぐーっと伸びをする。
テレビの真上にある時計を確認すると、九時を回ろうとしていた。
寝るにはまだまだ早い時間だが、明日からは訓練が始まる。
どんなことをするのか定かではないので、できる限り体力回復に専念したほうがいいだろう。
そう思い、私は残り僅かの水を飲み干すとお尻をソファから離すと、手早くコップを片し、リビングを出て寝室へと向かう。
「あ……」
私はベッドの真上にある台に、横たわっている"あるもの"を見て、呟きを零した。
それは、ゴーストを討伐するのに絶対の必需品――刀。
私はその刀を手に持つと、試しに鞘から刀を引き抜く。
ザザッと枯れ葉が擦れるような音と共に現した刀身は淡い白を纏っていた。
この刀には『グレーティア』という鉱石が使われている。
グレーティアはイギリスで採れる鉱石で、魔除けとしての効能があるらしく、ダイヤモンドのような透明感と硬さで、イギリスでは装飾品として重宝されていた。
しかし、どういうわけか、十七年前の通り魔事件を境に、異変が起きた。
その異変と言うのが、"発光"という現象。
当時、その異変について、ニュースとして日本でも取り上げられていたという。
とはいえ、世間はそのニュースをさほど気に留めなかった。しかし、政府だけは違った。
ゴースト出現と時を同じくして突然変異を遂げたグレーティア。その特異性に、国は藁にもすがる思いで希望を託した。
そして、その判断は正しかったことが証明される。
研究の末、グレーティアにはゴーストに対して有効打を与えられる性質が備わっていることが判明したのである。
――しかし。
それは、決して救いと呼べるものではなかった。
研究の過程で、もう一つの事実が明らかになったのだ。
それはあまりにも残酷で、現実の非情さを突きつけるような事実が。
グレーティアでゴーストにダメージを与えるためには、発光状態を維持したまま接触しなければならない。そのための条件は。
――十八歳以下の女性が常にグレーティアに触れ続けること。
触れ続ける。
その言葉に、誤魔化しは一切許されない。
ほんのわずかでも接触が途切れれば、即座に発光状態は失われ、ゴーストにダメージを与えられなくなってしまう。
ゴーストを消失させるには、コアの破壊は絶対条件。
それを壊さない限り、ゴーストは半永久的に存在し、この世界に害を及ぼし続けてしまう。
しかも、質の悪いことに、ゴーストの数は年々増え続けているらしく、今は日本だけに被っているが、将来的に世界にも、その魔の手が及ぶのではないかと不安視されている。
話は逸れたが、この制約は倫理的、社会的に対し国が頭を悩ませる事案になり、幾重の会議の末、国は私達若者に未来を託す決断をした。
国存続の危機だからといって、一昔前の徴兵令のような義務を施すことはなく、それぞれの意思を尊重させる形で。
私は一度、刀身を鞘に戻して、学院から支給された黒い端末から、"学生証"というアプリを開き、その他のタブをタッチすると、この学院に関することの要項が画面いっぱいに出てくる。
その画面にある検索欄に『刀』と打つ。
すると刀についての項目がたくさん出て来て、私はその中で刀の取り付け方講座タップ。
画面に現れたのは一つの動画。
私はその動画を再生し、画面の中の人に従って、鞘から垂れ下がる紐を腰に括り付けていく。
動画の人の丁寧な説明のお陰で苦戦を強いることはなく、括り終えた私は一度廊下に出て、玄関近くにある姿見で確認。
「おぉ……!」
私は刀を腰に携えた自身の姿に高揚感が溢れる。
自分も”ゴーストバスターズ”の一員になったんだと改めて自覚した。
今はパジャマ姿で頼りないものの、学院の制服を着ればきっと騎士の如き気高さが漂うに違いない。おそらく、たぶん、想像だけど……
私はもう一度、鞘から刀を引き抜くと、軽く構えをとる。
周囲に気を付けながら、いろんな方向に刀を振ったりして感触を確かめながら、刀を振るう自身の姿がどんな風に映るのかを確認する。
――意外と様になってるかも。
何度も軌道を変え、何度も角度を変えて、十二分に刀を振るう自分の姿を堪能した私は刀を鞘に納め、納め、おさ、め?
「あ、あれ?」
刀の先端が鞘の入り口に当たって弾かれる。
「ぜ、全然、戻せない……!」
あの時、ゴーストを討伐し終えた雫さんが、あまりにも自然に納刀してたから、てっきり簡単だと思っていた。
思わぬ難所に遭遇した私は、かち、かちと虚しい音をまき散らす。そして、一分ほど格闘した末、やっとの思いで刀を鞘に納めることに成功。
「はぁ……」
安堵の息を吐く私は、ふと、嫌な妄想を浮かべてしまう。
明日から内容次第ではあるが訓練の時間に、素振りなどで刀を使用する機会があった場合、今のような手こずる場面を凜ちゃんやクラスメイト達にひいては、一年生全員に目撃されたら、私は一年生たちの笑いものになる可能性が――
「そ、そうなったら、私……!」
嫌な嫌な方へ想像が膨らんだ私は、今日一日の蓄積した疲労による眠気が全て吹き飛んでしまい、明日来るかもしれない場面に備え、何度も納刀の練習を躍起になって行い、気づけば……
日を跨いでいたのであった。




