64話 最後の模擬戦
「さて、今日はあたしが白雪先輩のパートナーになる記念すべき日。そして、あんたがあたしに敗れて、絶望する日。なんて素晴らしい日なのかしら! 本当に、今日という日を楽しみにしていたわ!」
立花さんは、まるでミュージカルの主役にでもなったかのように仰々しく両手を広げる。
燦々とグラウンドを照らす太陽さえ、自らを祝福するスポットライトだと言わんばかりに、その身いっぱいに光を浴びながら歓喜していた。
まだ試合すら始まっていないというのに、その口ぶりはすでに勝利を収めた者のそれだった。
「立花さん。私は今日あなたに勝つよ。絶対に」
立花さんへ真っ直ぐ指を差し、真正面から啖呵を切る私。
「ぷっ……!」
すると、立花さんは一瞬きょとんとした顔をしたかと思えば、堪えきれないとばかりに笑いを吹き零した。
「あははははは! 何を言い出すかと思えば……あはははは!」
よほど私の言葉がツボに入ったのか、立花さんはお腹を抱え、盛大に笑い声を上げる。
そして、ひとしきり笑ったところで、立花さんは「はあ」と息を吐き、目尻に浮かんだ涙を人差し指で拭う。
「ほんと、ここまでくると、どうしようもないほど惨めね。可哀想とすら思えてくる。二回の模擬戦で手も足も出なかったのに、まだそんな希望を抱けるんだから」
立花さんのその瞳に宿っているのは、憎しみでも怒りでもない。まるで、どうしようもなく可哀想なものを見るような、憐れみだった。
「あんたがあたしに勝てる可能性なんて、無いに等しい。それこそ、『奇跡』でも起こさない限り、勝ち目なんてないのに。ああ! ほんと楽しみだわ。あんたが負けたときに一体どんな絶望を見せてくれるのかを!」
立花さんは恍惚とした表情を浮かべ、これから訪れる私の敗北を想像して悦に浸っている。
そんな姿を横目に私は、ふっと笑みを零してしまっていた。
「……あんた何笑ってんの?」
立花さんは笑みを零す私に恍惚な表情は瞬時に潜め、眉をひそめて怪訝そうに伺う。
「立花さんから嬉しい言葉が聞けたなって思って」
「は、はあ?」
立花さんは、まるで理解できないものを見るような、気味の悪いものでも見るような、そんな目で私を見る。
「『奇跡』を起こせば私でも勝てるって……今、立花さんそう言ったよね?」
「そ、それが何?」
「その言葉が聞けて私は良かったよ。だって、『奇跡』を起こせば私はあなたに勝てる。そういう可能性があるって、立花さん自身が認めてくれたんだから!」
立花さんは一瞬ぽかんとしたあと、堪えきれないとばかりに大声で笑い出した。
「……あははははは! あんた、頭おめでたすぎでしょ! 『奇跡』が、そう簡単に起こると思ってるなんて……あははっ、ほんっと脳内お花畑ね!」
立花さんはお腹を抱え、ひとしきり笑ったあと、楽しげに息を吐いた。そして、そのまま雫さんへ目配せする。
「白雪先輩、試合開始の合図をお願いします」
口元には、抑えきれない愉悦の笑みが浮かんでいた。
「こいつの自信に満ちた表情が、敗北した瞬間にどんな絶望の表情へ変わるのか、早く見たくて仕方ないんで」
「私もお願いします」
私も立花さんに倣って雫さんに目配せをして、試合開始の合図をお願いする。
「分かったわ。じゃあ、始めるね」
雫さんは私たちの顔を交互に見た後に、隣にいる守護君に試合開始の合図を委ねる。
守護君は「ワカリマシタ、デハ、タイマーヲサドウシマス」と言って、胸のタイマーを作動した。
この戦いで、すべてが決まる。
雫さんとのパートナーを、私の憧れを守れるのか。
それとも、立花さんにすべてを奪われるのか。
私の人生を左右する戦いが、今、始まる。
ぶううううううううううううううう!!!
「ふっ!」
立花さんは、疾風迅雷のごとき速さで一気に間合いを詰め、私の懐へと身をねじ込んでくる。私は受け流しの構えを取り、立花さんの刀へ意識を集中させた。
前回の戦いを踏まえ、今回はどちらの攻撃にも対応できるよう、意識を一点に偏らせないよう心掛ける。
ほぼ毎日の鍛錬の賜物か、私の動体視力は着実に向上していた。最近では、雫さんの刃でさえ、全力で意識を研ぎ澄まさずとも、その太刀筋を捉えられるようになっている。
「な!?」
しかしあろうことか、立花さんはいつもとは違い正面での攻防は避けるように、助走をつけたまま、私を優位に飛び越えた。
驚く間もなく、私は肌に伝わる風を感じると、考えなしに思いっきり前のめりに飛び込む――が。
「がっ!?」
立花さんはそれを見越していたのか、飛び込む私の脇腹に重いケリを一発打ち込んできた。
激痛が走ると同時に、肺から空気が一気に吐き出される。
その蹴りは暴力的なまでに重く、私の身体はまるで蹴飛ばされたボールのように、軽々と宙へ放り出された。
ぐるぐると回転する視界。このままでは私は身体を壁に打ち付けてしまう。
その中で、燃え盛るような赤いツインテールが、こちらへ迫ってくるのがはっきりと見えた。
「っ!?」
立花さんは、おそらく私がそのまま壁へ叩きつけられると踏んで、追撃に移ろうとしたのだろう。
しかし、予想外に私が綺麗に着地をして、壁を蹴って突っ走ってくるものだから、攻撃は中断せざる得なくなり、焦りから防御をとって受け止める体勢に移行する。
「は!」
私は立花さんに一刀入魂叩きこむ。金属同士がぶち当たり甲高い音と共に七色の火花が散る。
「ぐっ……!」
その表情を見れば分かる。今の一撃は、立花さんにそれだけの負荷を与えたのだ。
日々の鍛錬によって筋力が向上したことで、壁を蹴り出す脚力も、刀を振るう腕力も、以前とは比べものにならないほど強くなっている。
その積み重ねが、今の一撃に確かな重みを与えていた。
「はあああああ!」
立花さんは気合の雄叫びとともに刀を強引に振り払い、私ごと押し退ける。
私はその勢いに逆らわず冷静に身体を捻って着地を決めると、鬼の形相で接近し、刀を振り上げる立花さんの姿を視界に入れる。
冷静に立花さんの軌道を見極め、受け流しの構えをとる。しかし、立花さんは表情とは裏腹に頭は冷静で、暴力的に攻撃を仕掛けず、軌道を変えて、私のがら空きの右腰辺りを狙い撃つ。
これまでの戦いを顧みれば、ここで回避を選択すれば、その瞬間に立花さんの追撃を許してしまう。かといって、防御に回れば、圧倒的な力で押し切られるのは目に見えている。
私は立花さんの横からの刃に対して、防御姿勢をとる。私だけならこのまま力に負けて、吹き飛ばされるのは目に見えている。だから、私は己の力ではなく、別の力を借りることにする。
「なっ!」
かーん!
甲高い音がグラウンドを響き渡らせた。
立花さんの驚愕する瞳の先、私の刀に阻まれていた。しかし、それは私が刀を握って防御してるわけでなく、杭のようにグラウンドに刺さった刀により阻まれていた。
――そう。
私は刀を地面へ思い切り突き立て、その刀身を支柱として立花さんの一撃を受け止めたのだ。
いくら立花さんといえど、地面に深く食い込んだ刀まで振り払うことはできない。
その悶着の際に私は、お返しと言わんばかりに腰を捻り、捻転力を生かした回し蹴りを立花さんの右腰にお見舞いする。
決して洗練された蹴りではない。稚拙で荒削りな一撃だ。それでもまともに当たれば痛みは伴うだけの威力はある。
立花さんはその回し蹴りに反応するも、先程の予想外の防御に意識が一瞬だけ奪われたせいで、ほんの僅かに反応が遅れ、
「が!?」
もろに私の回し蹴りを受けてしまう。
身体はよろめき、そのまま正座のような格好で地面に倒れ込む立花さん。蹴られた箇所が痛むのか、右手で右腰辺りを抑えたまま、ぴたりと動かなくなってしまった。
私はその隙に差し込んでいた刀を手に持つと、立花さんの脳天目掛けて一刀両断。
立花さんは肩を小刻みに動かすだけで、動く気配はない。 避ける気配もなければ、防御する素振りすらない。
あまりにも無抵抗なその姿に、逆に私の胸の奥へと不安が募っていく。しかし私は、その不安を無理やり嚥下して、千載一遇のチャンスを逃さんばかりに、一心に立花さんに刃を振り下ろし――。
「!?」
立花さんの前髪の隙間から覗く、赤い瞳と目が合った。途端に急速に身体の熱を奪われたような錯覚に陥る。反対に立花さんの瞳はまるで私の体内にある熱を吸収したかの如く、鮮烈に燃え盛っている。
立花さんは刀を頭上に持ち上げ、刀身を少しだけ斜めに倒す。その構えは私が今まで幾度となく立花さんへ仕掛けてきた、受け流しの構え。それを立花さんは、まるで私の動きをなぞるかのように、寸分違わぬ形で再現してみせた。
このまま振りかぶるのはやばいと頭の中で警鐘を鳴らす私。だが、もう遅かった。勢いの乗った私の刃は、途中で止めることも、軌道を変えることもできずに、立花さんの刀にぶち当たる。
「うわ!?」
刃が触れた瞬間、私の刀は立花さんの刀身に沿って滑る。その勢いに引っ張られ、身体まで大きく前へと持っていかれた。
私がバランスを崩す間、手首を滑らかに返し、立花さんの白刃が空に残滓を引きながら弧を描く。
狙いは、私の左脇腹。
受け流しから攻撃へと移る一連の動作が、あまりにも淀みなく、あまりにも鮮やかだった。
横合いから迫りくる刃を前に、私は焦りから咄嗟に防御へと切り替える。
――それが、仇となった。
私が防御の構えを取った瞬間、立花さんは刀の軌道を急激に変えたのだ。左脇腹へ向かっていた刃が、一瞬で別の方向へと翻る――狙いは私の右肩。
「があああああああ!!!」
私は右肩に迸る猛烈な痛みに吠える。ただ、その叫びは長くは続かなかった。
「があ!?」
理由は私のみぞおちに衝撃が走ったからだ。その衝撃で目ん玉が飛び出そうなほどに瞼をかっぴらいた私の視界には、立花さんの右ひざが抉りこんでいた。
それを見た瞬間に、私の身体は力を失い、膝から崩れ落ち、地面に倒れ伏してしまう。
「ムカつく!」
「あぐっ!」
うつ伏せで倒れる立花さんは怒りを発散させるように、どすどすと私の背中を蹴り始める。
この状況は、初めて立花さんと戦ったときと全く同じ状況である。しかし、今回の立花さんの目的は私に勝つことで、情報を聞き出すことじゃない。だからこそ、すぐに勝負を決めかかると思っていた。
「絶対に許さない! 許さない! 許さない! 決めた。今回もあの時と同様、生かさず殺さずであんたを地獄の底に叩きつける。あたしのプライドを傷つけたことを後悔するといいわああああああ!」
怒髪天に達したかのように、立花さんは怒りのまま咆哮をグラウンド内を轟かせた。




